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2021年12月 9日 (木)

新・私の本棚 川谷 真 季刊 「邪馬台国」 第35号 「里程の謎」 再 11 1/1

11 「末羅国放射式」批判           川谷真
  私の見立て ☆☆☆☆☆ 未完成、不完全           2019/01/31 2019/02/08 追記 2020/10/07 補充 2021/12/09

*序論
 論者は高校一年生。見聞が熟していないまま、軽率な屈託を進めています。

 書き出しで、謝銘仁氏と張明澄氏が、ともに中国人ながら解釈が一致していないとしていて、「中国人」は、同一の古文解釈力を有すると大々的に誤解しています。留学生や観光客に聞けば誤解とわかります。
 中国人にも広大な個性があり、特に、張氏は「普通」でないので、謝氏と同列評価できないのです。

 張明澄氏は、日本統治下の台湾で生まれ、12歳まで戦前の日本式教育、つまり、日本語教育を受けています。それ以降、中華民国の教育を受け、社会主義政権下の中国本土の中国人とは、言語教養が大きく異なります。そして、古文解釈能力は、個人の資質、教育、教養に帰すべきものであり、一括りに論じるのは余りに乱暴です。

 因みに、中国本土の中国人は、現代の日本を侵略国家として敵愾心を抱く教育を受けているので、古代史料である倭人伝などの冷静な考察が困難という事も無視してはなりません。
 いや、中国古典の教育は、反社会主義的な保守思想なので、そのような「文化」を棄却して、新時代の「文化」を採用せよという「文化大革命」の嵐が吹き荒れた時代、古典書の学習は反社会的とされたのです。ここに名の出たお二人は、「文化大革命」の濁流に呑まれなかったと思いますが、中国古典書の解釈に「中国人」が最適という保証はないのです。

 現代日本人にとって、解釈は「語学」問題、つまり、正答の用意された試験問題などではなく、歴史文献の解釈という実戦の世界ですが、国内史料に基づく頑固な意見(思い込み、ないしは、勘違い)が災いして中国史料解釈の方途を見失っている方が大変多く、多年に亘り混乱を極めている影響で、提示される論議は、堂々たる論理を失ったもので、発言者当人の感性、知性次第であり、まことに個性的です。後世の方は、真似しないでほしいものです。

 「語学的に決着がつけにくい」と言いますが、論者が「語学」に何を求めているのか不明であり、案ずるに、議論の出発点が全く間違っていますから、いくら考えても、「語学」から適確な回答は得られないものと思います。見当違いもいいところです。

*批判の提示
 続いて、批判と言えない誤解満載の(若者に似合わない)「グチ」が述べられています。

「遠い国を先に書くのは普通ではない」と断定しますが、「普通」の意味が不明です。同様に「道理はない」も意味の無い断言です。倭人伝の時代の史官にとって、何が「普通」、「道理」か、現代、蛮夷の素人論者が知るはずはないのです。

奴国記事が「簡単」で「差別」』とは、ものを知らない論者の偏見です。
    倭人伝に、奴国の詳細記事のない理由は不明で「差別」非難は不都合です。直線式なら奴国を「差別」しても良いとする意味が不明です。
 要するに、「従郡至倭」と書き下した倭人伝道里行程記事に、行程順路を外れた奴国の紹介は、必要ないのです。このあたり、相談する相手を後岸手、迷路にはまっている感じで、勿体ないところです。

奴国が博多付近との「通説」は「漢文に弱い」日本人の勝手な解釈であり、加えて、国名と後世国内史料を安直に結びつけるのは不都合です。」
 陳寿は、「国内史料」を一切目にしていないし、「日本人」に読みやすいように筆を矯めることはなかったのです。

『太平御覧「魏志」の「又」表現を信用すると放射式には「絶対」読めない』とするのは、史料批判不備の素人判断で「絶対」不都合です。
 「すると」と言うのは、そのように言い立てている人の見識不足の産物、つまり、誤釈であって、大変な誤解の可能性があるのです。
丁寧に分析すると、御覧編者は史家でなく、編纂時に「普通」の古代知識不備で、誤引用史料で魏志を曲解した可能性が無視できず、太平御覧所引魏志は、魏志「邪馬壹国」を「耶馬臺國」と誤記したように誤記多発の可能性があります。(引用する度に誤記、誤写が存在する可能性があることは常識です)信頼できない史料に無批判に寄り添うのは、論理的な自滅行為です。

 三木太郎氏の「倭人伝より古形をとどめたもの」発言が正確な引用とすると、氏は秘法で倭人伝紙背に古形を見出したようであり、不思議な発言です。史学は、神がかりの世界なのでしょうか。

 そのようなことは勿体ぶって発言するような人に、相談するのが間違っていたのです。


*不都合な指導助言

 伊都国放射式について、誰の意見か根拠を示さずに「語学的に無理」と決め込んでいますが、ここでも相談する相手を間違えたようです。

 既に、氏は、「語学的」な判断で正確な解釈ができないと断定しているのですが、この発言は「中学生でもわかる」自己矛盾です。自分で書いたことを忘れるのなら、読み返すか、信頼できる方に読んで貰うか、何れかです。それができないなら、顔を洗って出直すべきです。

 また、当特集で論じられるのは、文献解釈による「里程」論であって、「語学」、つまり、漢文の文法について審議したいのではありません。どうしてもと言う事であれば、意見を公開する前に「語学」的な判断を文献批判して、適確な発言だと確証する必要があります
 不勉強な個人の私見を無造作に持ち込まれても、相手をしていられないのです。

 本論文について誰かの指導、助言を仰いでいるとしたら、それは、相談する相手を間違えたと言うべきで、本誌に寄稿するなら、安易な受け売りや思いつきでなく、自前の判断力と論考力の整備も必要不可欠と思います。

*課題論文の不出来~編集の不備

 結局、当方は、ここでも、論文としての体裁を備えない、論証のない、随想風の選外佳作論文を添削指導させられ、編集姿勢に疑問が募ります。安本氏の示した編集方針は、ご当人の目前で、風化崩壊していたのでしょうか。

 論文の校閲を怠り、不出来な文章を掲載しては、署名した当人の不名誉が、長く保存されるのです。担当編集者の氏名は、誰も伝えないのです。
 
                             この項完

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