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2021年12月24日 (金)

新・私の本棚 小澤 毅 季刊「邪馬台国」第139号 『魏志』が語る邪馬台国の位置 改 2/2

 梓書院 2020年12月刊 
私の見立て ★★★☆☆ 堅実 不偏不党、但し、未熟   2021/02/03 補充 2021/12/24

1.1 はじめに
 氏は、倭人伝を「第一級史料」と見つつ「当時の日本列島のようす」を伝えていると評しますが誤解と思われます。冷静に読みなおしていただければわかるように、「ようす」、つまり、風俗や地理が書かれているのは、「従郡至倭」の示すとおり、郡~狗邪~對海~一大~末羅~伊都の行程の通過、経由地であり、特に、狗邪の大海北岸を発して以後の行程です。
 つまり、日本列島どころか、行程上の数カ国のようすに過ぎないのですが、それが『倭』の枢要部なのです。

 「倭人」伝は「倭人」領域に限られますから、郡と狗邪のようすは書いていないのです。
 かたや、奴國、不彌國、投馬國は、「倭人」領域であっても、行程道里主要国ではないので、「略記」にとどまっているのです。
 なお、伊都国、女王国は、行程の目的地なので、詳細後記として、ここには詳しく書いていないのです。

 以上は、倭人伝を虚心に読めば、自然に読み取れるはずです。

 世上、このような当然、自明の議論を封じるために、「文法」論などの口説が動員されますが、目前の史書記事を無視/軽視するのはいかがなものでしょうか。以上の素人考えは、別に、中国人学者に頼まなくても普通に読み取れるはずです。倭人伝は、中国古代人の教養と理解力に合わせて書かれていて、現代中国人にとっても理解困難な高度な古文史料ですから、よくよく、その理解力を測ってから、ご意見を拝聴するのであり、無批判な追従は、禁物です。

  そのような自然な読みをどう理解されたのか、余り通用していないと思われる古代史用語である「日本列島」、つまり、九州北部から東方までの領域の「ようす」が書かれていると、一種の思い込みで断じるのは、氏の信条を外しているように感じます。倭人伝を基礎資料として解読するなら、外部資料は後回しにすべきと感じる次第です。

 また、邪馬台(やまと)の書き方は、同様に、不本意というか、不手際です。仮に、倭人伝に書かれていない「邪馬臺」を原表記と仮定しても、「やまと」と発音したことを裏付ける一級史料は絶無です。倭人伝執筆時点で、影も形も無かった世界の「ようす」が、倭人伝に影響するはずもなく、時代倒錯と見えます。

 氏に、初学者に向かって言うように言い立てるのもどうかと思いますが、「臺」は「台」とは、根っから別の字であり、発音も意味も別物なのです。大事な点をすっ飛ばしては、不都合です。

*中国史書視点の見当違い
 冷静に考えればおわかりいただけると思いますが、魏志編者は、天下国家の正史を志したのであり、いかに魏志全三十巻の掉尾を飾る勲功としても、あらたに参詣した東夷伝の小伝である「倭人伝」を諸史料から結集するに際して、東夷の国内の小国の配置に、特別の関心を持ったわけではなく、また、各国の里程方位を題材に、読者に対して、高度な読解と解答を要求する「問題」を工夫したとも思えないのです。

 氏の言い分は、国内史料から築き上げた蒼々たる国内歴史解釈に従うように、氏の専門とされる考古学成果を積み上げたのに続いて、中国史料を読み従えようとしているように見えます。いや、それは、多くの先賢が挑んで、登攀路を見出していない高嶺に、虚心に挑もうとしている氏の所信に反しているように見えるのです。
 かくの如く出発点で誤解した以上、論考の迷走は不可避と見られます。氏が、恐らく承知の上で「定説」に流されるのは、何とも勿体ないところです。
 この後、氏の論理は、信条と定説を交えて大きく動揺します。

*二級史料の暴走
 定番とは言え、後世史書、類書、雑書を無批判で満載で、「相互の比較をつうじて、現行刊本の『魏志』の文字を校訂する」と述べます。遺稿上申とはいえ、晋帝嘉納以来、二千年近く継承された「一級史料」(依拠刊本不明)を、後世、速成抄写を重ねた「二級史料」で否定するのは見当外れです。

 後手で「二級史料」と査定し、史料として格段に低い位置付けを施すのは、逆順でちぐはぐです。それなら、前段で、倭人伝を改竄した「一刀両断」を正当化できないのです。自己矛盾が露呈していて、不思議な眺めです。
 大学教授の玉稿は、編集部査読外なのでしょうが、共々、不手際露呈で随分損をしています。

1.2 邪馬台国の位置
位置推定の材料  『魏志』に登場する国々の所在を推定するうえで最大の指標となるのは、里程記事である。当然、地理や現地の地形との対比も必要となるが、それにくわえて、地名も重要な手がかりを与えてくれる。

 ここで、二級史料はまだしも、東夷の国で、数百年語り継がれたあげくの「地名」国内史料を「重要な手がかり」と採用するのは、同意しがたいのです。
 また、事のついでのように書かれる「考古学成果」は、重要な手がかりなので、無文字の限界を明記した上で、この場で要点を紹介すべきと思われます。
 一級史料の記事を改竄するなら、ご自身の著作物として公表すべきであり、原典と異なる「史料」について論じるのは「贋作」行為です。

 ついでに言うと、俗に言う渡海の「実距離」は一切測定不可能で、誇張の基準にならないから、「水増し」は理屈の通らない単なる言いがかりなのです。どなたの口ぶりかわかりませんが、子供じみた口まねは、感心しません。
 また、数学用語が誤用された「実数」の不意打ちは、不当でしょう。まあ、合わせて、先人の科(とが)でしょうが、無批判追従は氏の沽券に関わるのではないでしょうか。

 このように念押しするのは、氏の論旨展開が、氏の信条に反して、先例の多い「推定、憶測により断定を押しつける」粗雑な暴論に陥っているからです。とかく定説に多い錯覚に染まっているのではないかと懸念しています。

 「普通」に考えれば、日数は、日常往来から検証できるので、架空のものではなく、十分信を置けます。氏の割り切りは、先賢が大きく躓いた「名所」を忠実に辿るようで、考察に掘り下げを欠き、考えの浅い見当違いとみえてしまいます。

1.3 「卑弥呼」と「卑弥弓呼」
 「邪馬台国の所在」と掲題の「位置」を外して論じていますが、「所在」は「不在」を含む主旨なのでしょうか。論考では、一語一義としたいものです。これは、編集後世段階で、真っ先に検出すべき瑕瑾です。

 いずれにしろ、本稿は、掲題にない余談には関与しません。

〇まとめ
 結局、氏の本記事は、一級史料そのものでなく、「国内史料に基づき一新された倭人伝」に基づくものであり、正直にそう書かれた方が良いのです。折角、実直な所信を打ち出しても、史料自身の考察より失敗事例の追従を優先するのは、不徹底と見えます。恐らく、先賢や助言者の提言を排除すると、無礼だと非難を浴びるので、色々忖度したのでしょうが、勿体ないことです。「木は、芽ぐむ土地を選べないが、鳥は、宿る木を選ぶ」というのが、古来の箴言です。

 率直なところ、倭人伝に関する史論は倭人伝記事に基づき展開するとの抱負から、まずは、初心者の目で史料自身の考察に取り組むべきだと思うのです。確実な一歩を踏み出すことが必要と感じます。
 「後生」の務めは、「先生」の至言と言えども、糺すべき過ちは糺し、質すべきは質し、その精髄を継ぐべきと思うのです。

〇謝辞

 以上、氏の宣言につけ込んで、無遠慮に素人扱いした無礼をお詫びします。なお、安本美典氏が本誌編集長就任時に、論文審査を編集の基幹とする旨宣言されたのと同じ方針によって、勝手に論文審査したものとご理解いただきたいものです。
                                以上

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