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2021年12月23日 (木)

私の本棚 3 岡本 健一 「邪馬台国論争」 改頁版 1/8

 講談社選書メチエ 1995年7月刊
私の見立て★☆☆☆☆ 見当違いの強弁が空転 2014/05/17 補追 2021/12/23

〇総論~「窮鼠」徘徊
 本書は、一応、公平な見地から取り纏めた「邪馬台国論争」全集版との執筆姿勢であり、出版社を含め、本書を企画したと言うことは、乱世に統一をもたらす道標を築き上げるという絶大な責務を課せられたと感じたはずです。
 と言いつつ、著者は、不退転、と言うか、退路を断った背水の陣の畿内説陣営の走狗、つまり、窮鼠であり、至る所にその分厚い先入観が露呈していて、執筆の際にそのような高邁な責務は念頭から去っていたように思われます。

〇書誌論の沈没~意図不明な紹興本高揚
 取っつきとして、刊本書誌を論じていて、著者は、世評の高い紹熙本だけでなく、紹興本も咸平本に基づく刊本と主張しています。その意見に反論している内に、以下のように長い道草になりましたが、場の勢いで刊本論を続けます。

 紹興本は、本来、紹熙本と同じ字面のはずですが、両者は、あちこちで異なっているのです。一番目立つのは、紹熙本が東夷傳の各小伝に「傳」と小見出しを付しているのに対して、紹興本では、これが削られていることです。
 これは、小伝小見出しが、陳壽原本に記載されていたと言うほどのものではなく、おそらく、歴代写本では、上部欄外に手書きで注記されていたものが、咸平本刊行の際に、労を厭わぬ官製刊本の特例として、本文に取り入れられたと思われます。
 何しろ、小見出しの数文字で一行を費やし、これを繰り返していくと、いずれはページ送りになりかねないので、このようなレイアウトを採用するのは、大変な贅沢なのです。(木簡、竹簡などの簡牘本では、あり得ないことであり、蔡侯紙の巻紙などの紙媒体ならではのものです)
 もちろん、万事推測ですが、紹興本は、咸平本刊本を原本として南宋初期に刊行されたものではなく、少なくとも一度は、咸平本から写本して通用していた刊本「写本」をもとにした刊行と思われます。もちろん、紹熙本も同様です。
 刊本は、すべて同一内容ですから、咸平本そのものが完全に継承されていたら、何の論議も必要なかったのです。

*北宋刊本の興亡
 咸平本が木版出版されても、部数は少なく、高官に限定されていたと思われます。そこから、通用する写本が分岐したと思われます。
 何しろ、北宋期は、中国史上、それまで王侯貴族や(旧)軍閥に集中していた文化経済活動が広く民間に拡大された革新的な時代であり、「清明上河図」に見られるように市民階級の経済力が興隆し、且つ、宋王朝は、政府機能を複数の陪都に分散していたので、自宅に書庫を備え、その書庫に正史写本を備えたいとする蔵書需要が、各地で高まったと思えるのです。あるいは、呉、蜀の旧地の蔵書家が、財貨を傾けて、魏志、呉志の最善写本の収集にあたったとも見えます。紙製本時代になって、正史全巻の輸送も、汗牛充棟の大事業ではなくなっていたのです。

 北宋が、徽宗の代に、討滅を企てた北方異民族の侵入で突然崩壊し、逃避した皇族が江南の地で国家再建を図ったとき、四書五経に始まる国書群の回復の一環として、咸平刊本を三国志翻刻の基礎とすべく探したものの、遂に入手できなかったので、最善の写本を翻刻して紹興本が刊行されたものと思われます。
 「最善の写本」というものの、厳格に管理された正規の写本工程で作成したものではなく、そのために誤写が散在していたのでしょう。その兆しが、小伝の小見出し省略/維持の不統一に現れているように思われます。民間の手になるものであれば、伝統的に必須でない小伝小見出しは、省力化の対象となったのでしょう。

*紹熙本の由来推定
 紹凞本刊行の背景として、紹興本の刊行後、数十年して、忽然と咸平本写本の善本が得られたことによると見たのですが、どうでしょうか。
 紹興本が最善であれば、紹熙本の出る幕は無かったのです。恐らく、紹興本の編纂にあたった学者達が、紹熙本に不満を抱いていたが、その時点で最善だったので、妥協したものが、紹熙本原本が発見されて、「最善」の称号が移転したのでしょう。

 当然、紹興本刊行の費用と労力を無にする、不遜な重複と誹られたでしょうが、刑死の危険も厭わぬ決意を以て推進して、万難を排して刊本として翻刻し、更に咸平本帳票復刻を添付したのは、念願の善本を入手した関係者の無上の喜びの表現であったのでしょう。
 

                               未完

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