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2021年12月11日 (土)

新・私の本棚 塩田 泰弘 季刊 「邪馬台国」第131号 「魏志が辿った..」改2 5/5

「魏志が辿った邪馬台国への径と国々」 2016/12刊行
私の見立て ★★★★☆ 不毛の道里論の適確な回顧 2020/04/08 改訂 ★☆☆☆☆ 無責任な投馬国道里 2020/09/03 2021/12/11, 19

*「異論」の究明
 あわてて取り上げたのは、ある程度通じた作業仮説なのでしょうが、提言された「郡~投馬」行程の後半は傍路であり、傍路諸国は不詳といいながら、わざわざこう書いたと見る理由が不可解です。陳寿は、確固たる編纂方針を貫けない、魯鈍なのでしょうか。ことは、倭人伝の冒頭、せいぜい五百字程度なのです。

 内容を見ると、郡からの「七千里」沿岸航行に続き三度の渡海、計「三千里」で「計一万里」となり、郡から末羅までの途方もなく遠大な行程を「水行一日千里」で「十日」行程とした上で、残る末羅から陸行(二千里)一ヵ月(一日七十里で三十日)で、王の居処に着くものと見ていますが、それ自体は明快です。

 ただし、投馬行程に明記された水行「二十日」は、郡から末羅国に至る水行「一万里」、「十日」に対して、残る「十日」の行程が続いているとの解釈は、氏の所説としての筋が通らず、持って回ったこじつけで、根拠不明です。
 仕方が無いので、一読者として検算します。

〇万里の彼方の投馬国
 すると、郡~末羅の水行十日は、万里十日、一日千里の速度となり、一里90㍍なら一日90㌔㍍ です。中原官道では、騎馬も想定した上で一日25㌔㍍ 程度と設定されていますが、これはその四倍近い快速であり、とんでもない齟齬です。
 一方、末羅から陸上移動一ヵ月は、一日10㌔㍍程度と見ても、行程道里が300㌔㍍になんなんとして九州に収まらず、別の齟齬です。

 また、投馬国への残りの水行十日は、道里として一万里となってしまいます。要は、氏の言い分では、半島を通過した上に海峡を渡るのに匹敵する「水行」が必要という事です。どこまで行きたいのでしょうか。

 当論文には、こうした初歩的な検算すら書いていないのです。

〇もう一つの異論
 当方は、郡~狗邪の半島内行程は、「当然、自明」の「陸行」と見ます。古来、公式道里、行程は、陸上の街道行程であり、従って、殊更、「陸行」とは書いてはならないのです。何しろ、行程の出発点は、帯方郡の郡治、つまり、内陸の一点であり、当然、陸上を行くのです。具体的には、東に進んで北漢江の流域に下り、以下、流路沿いに南下すれば、確実に、南漢江との合流点に到着し、そこから、さらに流路沿いに南下すれば、順調に、小白山地の麓に到着するのです。
 既に、百年以上運用され、弁辰鉄山の産鉄が両郡に納入された公道でもあります。

 記事で直後の「循海岸水行」は、後出の渡海を「水行」と呼ぶと予告するものであって、世上誤解されているように、行程の成り行きを書いたものではありません。
 郡から「東南」方の倭に向かうのに、いきなり、大きな迂回となる海岸に向かうはずはなく、街道は半島内を「南下」するのですが、「当然、自明」なので書いていないのです。倭人伝の道里行程記事の意味を理解すれば、「道里」の測れない、日程の確定できない不規則な移動が予定されていると想定するのは、大間違いとわかるはずです。

 倭人伝独自で官制に無い新規の「水行」十日は、狗邪~末羅間の三度の渡海、計三千里に限定であり、一日三百里、25㌔㍍と見ます。海上に「道」は無く、また、行程の途上で船中泊するものでもないので、一日三百里と称するのは無意味なのですが、「水行」「陸行」と並記するので、一日あたりの行程を計算してしまうのです。

 「陸行」の大半七千里は郡街道であり、一日三百里で二十日強と見て、残る末羅から十日行程は道路事情不明ですが、そこそこの市糴道と推定しますが、未開地なので、実情はわかりません。陸行一月で「確定申告」しているので、多少の支障・遅延は、想定済みというものでしょう。

 以上、文献上の論拠は乏しいものの「論」の筋は通ると見るのです。

〇論文審査の不備
 当論文で、この点のダメ出しがされてないから、本誌は、論文査読で簡単な検算をしないのかと見るのです。これは、文系、理系の問題ではありません。新米社員でもできる、単純な検算です。率直に言うと、怠慢です。

 生身の人間には、時に勘違いはありますが、最後に控えた編集部査読は、いわばサッカーのゴールキーパーであり、取りこぼしは即失点です。おかげで、氏は、簡単な検算もできない欠陥論者として記録に残るのです。

〇是正~ダブルチェック
 やるべきことは簡単です。暗算とは言わないまでも、筆算ででも検算するのです。検算は、一回でなく、縦横を変えて二回行うのです。そして、計算が合わなければ、入れた数字が間違っているか、計算が間違っているかです。是正とは、誤りを見つけて適確に正すことです。それが、実務の形です。

 今回の事例で言うと、投馬道里が帯方郡基点との見方も、郡~狗邪を海上七千里との解釈も、揃って間違い」であり、とすれば、堂々と再考できます。お手数ではありますが、そのような面倒な検算で間違いを発見した後、誤入力、誤算を是正すれば、順当な正解に至るのです。結果だけ見れば、すらすらと行ったように見えるかも知れませんが、そのように見せるためには、検算、推敲が欠かせないのです。

 具体的に言うと、投馬国行程を郡起点から外し、狗邪までを「水行」から外せば、「水行、陸行」は、明解です。
 この場合、大局を正せば細部は付いてきます。大事な所論の足場は、灼いて槌打ちし水中に投じて鋭鋒とすべきです。不愉快でも、論文は火と水の試錬で確立するのです。時には自分自身でです。

〇まとめ
 当方は、善良な読者ですから、季刊「邪馬台国誌」の課題論文優秀賞作の書評に取り組みました。冒頭提言での落胆に続く、締めくくり部の落とし穴に憤慨したのですが、今さら棄却できないので公開しています。

 いくら新鮮な取り組みの意気込みは壮と見えても、論文の本分である正確な考察と闊達な論考が、提示から結論に至るまで、適確な手順で展開、論述されていなければ、冷静な読者の信を得て、動かすことはないのです。

                               以上

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