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2021年12月 9日 (木)

新・私の本棚 米田 実 季刊 「邪馬台国」 第35号 「里程の謎」 6 改訂 1/1

 6 「方」について    米田実        
私の見立て ★☆☆☆☆ 根拠無き憶測    2019/01/29 改訂 2021/01/21 補充 2021/12/09

*序論
 論者米田氏が、正史といえども、個別の史書特有の言葉遣いがあるとの前提の元に論考している点は支持します。

*「方里」四倍誇張説~根拠の無い思い付き
 提示されているのは、倭人伝に登場する海国「方四百里」、一大国「方三百里」が、方形一辺でなく周回里数「周方里」との「思い付き」であり、これを採用すれば、一里百㍍程度の「短里」でなく一里四百㍍程度の魏晋里「長里」(普通里)でも、面積が四分の一なので辻褄が合うというものです。
 これは、古田武彦氏が、第一書『「邪馬台国」はなかった』で提示し、広く支持を得た「短里」説への「異議」ですが、その論証は空を切っています。

*ダメ出し~「周方里」はなかった
 「思い付き」を作業仮説とするには、要件が欠落しています。つまり、「周方里」記法の「典拠」がないことから、ご都合主義のこじつけと見られるのです。史官が、古典書ないしは周知の文書に典拠のない表記を採用することは、あり得ません。無法な表記に対して、高官の非難を浴びて職を失うからです。

 はなから不適格と判断される「思い付き」の具体的な内容批判は、言いがかりを買う可能性が高いので禁物ですが、ここでは、素人なりにダメ出ししてみます。

 当時、大海中の未踏の海島の外形を知るのは不可能です。また、大海、一大両国には、そのような不可能任務を果たす義務はないのです。

 氏の言う「周方里」は、全て、後世人の夢想、憶測であって、一切実在せず、古代史学を議論する場に取り上げるべきではないのです。

*散漫な考察~徒労の蓄積
 氏は、「史記」、「後漢書」、「魏書」(北魏「後魏書」)に考察を広げますが、全て地上でありながら、地名比定等が憶測で一向に定まらず、更に、「方里」の意味は、時代、地域によって不確定と見られますから、さながら、底なしの泥沼に岩盤基礎を求めるようなものです。
 確たる論拠は、一件で足るのですが、憶測を無数に積み上げ、紙数、字数を費やしても論拠にはならないので、持論弁護の議論は収束しません。
 ということで、この部分は、いくら身を入れようとしても、つかみ所がなく意図不明です。

 比較的評判の良い三国志等の孫氏記事「江東方数千里」ですが、長江下流域らしい「江東」が定まらない上に「方数千里」が具体的にどんな数値なのか、皆目不明ですから、何の支えにもならないのです。単なる風評の類いですから、「数千里」という慣用表現を、無理矢理概数表現に落とし込むという誤解の是正にまで、当方の筆が及ばないのです。「つけるクスリがない」というわけではないのですが、同意も助言もできないのです。

*結論~また一つの甲斐なき労苦
 と言うことで、丁寧に読ましていただきましたが、氏の「思い付き」論証は全面的に無効です。当分野で大変ありふれた「泥こね」による理論構築ですが、不在の方を名指しで批判することもできないので、ここは、目前の方を批判するしかないです。

*方里の目的~私見
 倭人伝に関する論証では、当の「倭人伝」を優先精査すべきです。文献考察では、まず、文献に明記されていることと示唆されていることを確定してから、先に進むべきです。

 別記事のように、遅くとも漢代以来官人教養とされた「九章算術」が明記した通り「方里」の「里」は、道里の「里」と異なり、面積単位です。集計された農地は、面積こそ確たるものですが、その存在する場所は不確かであり、散在しているので、寄せ集めた形などわかるはずがありません。

 一大国記事の「方可三百里」は、漠たる推定と明記した上での一大国総農地面積表記であり、明示されている三百「平方里」は、十七普通里(8㌔㍍)角ですから、三千許家でも農地が閑散なのは、記事と符合します。對海国も大差なく、記事は、両島の貧困を明記しているのです。
 東夷列伝で、「方二千里」などと書かれた諸国で、比較的近隣の高句麗、韓国などの蕃国の領地外形には、全く意味が無いので、誤解してはならないのです。また、当然、對海国、一大国を含めた各国に於いて、精密な実測(実地測量)が行われたはずもなく、元々存在しなかった実測値を憶測するのは、重ねて無意味です。

倭人伝抜粋
始度一海千餘里至對海國。其大官曰卑狗副曰卑奴母離。所居絕㠀方可四百餘里、土地山險多深林道路如禽鹿徑。有千餘戶無良田食海物自活乖船南北巿糴。
又南渡一海千餘里名曰瀚海至一大國。官亦曰卑狗副曰卑奴母離。方可三百里、多竹木叢林。有三千許家差有田地耕田猶不足食亦南北巿糴。
                               以上

                              この項完
追記 2020/10/07
〇常識と非常識 
 氏の論考は、「九章算術」に示されている古代中国の幾何学教程に気づいていないので、『倭人伝に登場する対海国「方四百里」、一大国「方三百里」の形容が、方形一辺でなく方形周回の里数か』二者択一の作業仮説を提示していますが、残念ながら、肝心の「時代常識」を取りこぼしていています。
 肝心の、正当な仮説が選択肢から漏れている二者択一では、いくら熱を入れても、論議が空転します。何か大事なことを忘れていませんか、というところです。
 いや、当ブログ筆者も「九章算術」「方田」「里田」の深意をある程度察することができたのは最近なので、氏共々、中国史料解釈の落第生ということになります。

以上

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