« 倭人伝随想 6 倭人への道はるか 海を行かない話 3/7 改頁 唐書地理志談義 | トップページ | 倭人伝随想 6 倭人への道はるか 海を行かない話 1/7 改頁 唐書地理志談義 »

2022年3月22日 (火)

倭人伝随想 6 倭人への道はるか 海を行かない話 2/7 改頁 唐書地理志談義

2018/12/05 2018/12/07 2019/01/29 追記 2020/11/15 2022/01/16 2022/03/14~17

〇新唐書地理志 入四夷之路(承前)
 四夷に至る路は七路に大分され、東夷は、一「營州入安東道」により往年の遼東郡に近い渤海湾岸営州から安東府を経るか、二「登州海行入高麗渤海道」により山東半島登州から渡海し、渤海(新羅と半島を南北二分)などへの経路を経るかいずれかで、以下に引用しますが、具体的経路と里数です。

*營州入安東道
 營州西北百里曰松陘嶺,其西奚,其東契丹。距營州北四百里至湟水。營州東百八十里至燕郡城。又經汝羅守捉,渡遼水至安東都護府五百里。府,故漢襄平城也。東南至平壤城八百里;西南至都里海口六百里;西至建安城三百里,故中郭縣也;南至鴨淥江北泊汋城七百里,故安平縣也。自都護府東北經古蓋牟、新城,又經渤海長嶺府,千五百里至渤海王城,城臨忽汗海,其西南三十里有古肅慎城,其北經德理鎮,至南黑水靺鞨千里。

*登州海行入高麗渤海道
 登州東北海行,過大謝島、龜歆島、末島、烏湖島三百里。北渡烏湖海,至馬石山東之都里鎮二百里。東傍海壖,過青泥浦、桃花浦、杏花浦、石人汪、橐駝灣、烏骨江八百里。
乃南傍海壖,過烏牧島、浿江口、椒島,得新羅西北之長口鎮。又過秦王石橋、麻田島、古寺島、得物島(。)千里[。]
[自](至)鴨淥江唐恩浦口。乃東南陸行,七百里至新羅王城。
 自鴨淥江口舟行百餘里,乃小舫溯流東北三十里至泊汋口,得渤海之境。又溯流五百里,至丸都縣城,故高麗王都。又東北溯流二百里,至神州。又陸行四百里,至顯州,天寶中王所都。又正北如東六百里,至渤海王城。

 鴨緑江河口部を去る一千里の唐恩浦口(仁川広域市 インチョン 旧京畿道)から新羅王城(慶州 キョンジュ)まで東南陸行七百里は、現代地図で一千公里(㌔㍍)程度と思われます。これは、唐代玄宗期に確定された官路里程です。
 発進地である登州府は、山東半島を管轄した登州の首都で、半島北端に位置しました。西は渤海湾沿岸、北は半島沿岸、東/南は、郎邪から南に江東を経て、広州から南海に至るようです。
 登州から遼東半島への経路は渤海列島に恵まれ、最初、つまり、春秋時代に当時の齊によって確立されたと思われます。後年、南の平壌(ピョンヤン)、漢城(ソウル)付近が良港と評価され、航行が活発になったようですが、半島西南部は見えません。
 山東半島の東の最果ての岬、成山角には、始皇帝や徐福が訪れたという記録が残っています。目前の半島を無視して、どこへ行ったのでしょうか。
 唐書は、「倭人伝」と大巾に時代が違うので、海船による移動は、「海行」と明記し、以下、「過」「大謝島」などと通過地を列記した後「得..長口鎮」などと到着地と里程を記しています。中継地は公式経路の海港と言うことです。河川経路を行く「水行」などはなく、河川航行する場合は、「溯流し至る」などとしています。
 つまり、仁川(インチョン)付近唐恩浦口から新羅王城まで東南陸行八百里とし、世上誤解されているような「沿岸航行」する行程は、存在しなかったのです。

 唐恩浦口から新羅王城まで、帯方郡時代以来の公式街道であり、道里は「道のり」と見て現代地図で推定すると、小白山(ソベクサン)を竹嶺(チュンニョン)で越えても四百公里(㌖)程度と思われます。(訂正 2020/11/15)

 追記:「海行」は、山東半島登州から半島の対岸への「渡船」であって、単に、海を行くとの意味です。街道行程などではありませんが、最終的に三百里と総括されていますから、東大の道里観は、変化していたのでしょう。(2020/11/15)

 追記:「鴨淥江唐恩浦口」は、前後関係から見て「鴨緑江唐恩浦口」の誤写と見えます。登州から渤海王城に至る報告の傍路として挿入されていて、鴨淥江唐恩浦口から新羅慶州まで七百里と解します。(2022/10/02 一部改訂)

                                未完


« 倭人伝随想 6 倭人への道はるか 海を行かない話 3/7 改頁 唐書地理志談義 | トップページ | 倭人伝随想 6 倭人への道はるか 海を行かない話 1/7 改頁 唐書地理志談義 »

倭人伝随想」カテゴリの記事

倭人伝道里行程について」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« 倭人伝随想 6 倭人への道はるか 海を行かない話 3/7 改頁 唐書地理志談義 | トップページ | 倭人伝随想 6 倭人への道はるか 海を行かない話 1/7 改頁 唐書地理志談義 »

お気に入ったらブログランキングに投票してください


2024年4月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

カテゴリー

無料ブログはココログ