« 新・私の本棚 関川 尚功「考古学から見た邪馬台国大和説」 補 3/3 | トップページ | 新・私の本棚 関川 尚功「考古学から見た邪馬台国大和説」 補 1/3 »

2022年3月13日 (日)

新・私の本棚 関川 尚功「考古学から見た邪馬台国大和説」 補 2/3

 「畿内ではありえぬ邪馬台国」 梓書房 2020年9月刊
私の見立て ★★★★☆ 自明事項の再確認 2021/10/06 補充 2022/03/13

*鍋釜論の低迷
 関連して、「鍋釜論」が解明されていません。纏向に全国各地の土器が集積していますが、各地からの移住者が持参したに違いないという決め込みです。私見では、「纏向」が、削り込み技法を売り物に、各方面に交易品として送り出したのに対して、現地土器が環流したと見ます。
 個人的に好む表現として、好まれる「物」は足が生えていて、一人歩きすると見ています。つまり、各地の市で物々交換をくり返しながら、順送りで遠距離まで届けられと見えるのです。月日がかかるにしても、別に納期が限られているわけではないし、賞味期限があるわけでもありません。それこそ、何年かけても「ダンナイ」、全く問題ないのです。

*無理な持参仮説
 いや、橿考研定説では、纏向出土の各地土器は、纏向に参上した各地行人が長い道中を持参したと見ていて、主従交流の証拠とみているようですが、これほど大柄で重く、また、纏向特産の薄肉土器と比べて、格別の特色もない各地土器が、いわば、海山越えて将来されたとは、信じがたいのです。また、身軽であることを信条とする行商人が、土器を担いで、海山越えて旅する図は戯画にもなりませんが、遠国からの旅人が、鍋釜を担いでやってくる戯画とどっこいどっこいです。

*時代錯誤の風潮
 後年、遠隔地から白布や干しアワビが税納されたようですが、それは、古代街道整備で道中安寧が保証されてのことで、各地に大和への供物が徹底して地方官人が務めとして送り出す制度が完備してのことです。
 律令国家が成立した時代は、一片の木簡を荷札として隠岐のアワビが税衲されたと知られていますが、四百年の過去、文書も、律令法制もなく、古代街道もない時代、有力者が出向かないと献納を指示できなかった時代に、どのようなカラクリで土器収集ができたか、重大な謎ではないでしょうか。
 これもまた、遺物自体については異論はありません。考察があれこれ曲がるのは、一も二もなく(仮想)「古代国家」に、こじつけるからです。

 筋の通った「reasonable」な仮説として、各地特産物の上納の初期の例として、纏向制薄肉土器の交換として、各地土器に特産物を詰めて還送したと見えるのですが、どうでしょうか。いずれの「物々交換」でも、対面取引で互いに等価だと合意して、初めて、交換が行われたはずです。何もないのに、各地産物が一人歩きしてくるとみるより「reasonable」でしょう。

*庄内式土器私論
 以下、本書で提言されている庄内式土器の年代記を見ると、同形式の特徴である内面研ぎ上げによる薄壁、丸底の薄肉土器は、奈良盆地内で創出されたものではないようです。西方、恐らく吉備圏から到来した土器技術者が、まず、河内湾岸から南河内丘陵部で窯元となって、薄肉土器を周辺に送り出して、その特性によって、天下[当時で言うと、精々、吉備、河内、中和(大和中部)程度]銘品との定評を勝ちえたようです。
 その後、有力な技術者が分家して奈良盆地内に移住し、そこで、盆地内の諸集落に薄肉土器を送り出したが、初期は、周辺地域に限られ、長年を経て、何かの契機で、奈良盆地を要とした東の伊勢方面、西の河内平野、そして北の淀川水系への送り出しが増加したと見えます。何しろ、クチコミしかないのですから、売り込みできる範囲は、大変限定されていたのです。

 特に、当初、纏向を発した「もの」は、盆地北部から木津水系を経て淀川の河川運送に届かなかったため、盆地壺中天に囚われたと見えます。

*年代鑑定「お手盛り」疑惑
 因みに、庄内式土器の年代比定は、かの「田中」氏の本業であるから、本来は、正当な学問の成果と思いますが、以後の「橿考研」年代解釈が大分撓んでいるので、起点部分にまで疑いの目を向けたくなるのです。
                                未完

« 新・私の本棚 関川 尚功「考古学から見た邪馬台国大和説」 補 3/3 | トップページ | 新・私の本棚 関川 尚功「考古学から見た邪馬台国大和説」 補 1/3 »

倭人伝随想」カテゴリの記事

新・私の本棚」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 新・私の本棚 関川 尚功「考古学から見た邪馬台国大和説」 補 3/3 | トップページ | 新・私の本棚 関川 尚功「考古学から見た邪馬台国大和説」 補 1/3 »

お気に入ったらブログランキングに投票してください


2024年2月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29    

カテゴリー

無料ブログはココログ