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2022年6月21日 (火)

新・私の本棚 長野 正孝 古代史の謎は「鉄」で解ける  2/11 改訂版

 『前方後円墳や「倭国大乱」の実像』 PHP新書 2015/10/30
私の見立て ★★☆☆☆ 傷だらけの野心作   2017/12/15 追記公開 2020/07/09 2022/06/21

*時間要素
 時間要素は、当方の推定ですが複雑高度な新技術の定着には、人の育成が必須なので大変な人数、年数がかかると見ます。造船業確立は、多様な材料をどこに求めるかに始まり安全航行までの技術を全て確立し、初めて、帆船艦隊で兵士、馬匹、物資を運搬できるのです。
 端的に言って、氏の提言は、不出来な画餅と思います。そのような画期的事項が、何の記録も遺さずに消え失せるものではないのです。

*武帝の心奥
 この部分で驚くのは、『「武帝は鉄を得るため侵攻した」と司馬遷は書いていない』なる発言です。司馬遷は知っていたが書かなかったとは、とんでもない言いがかりです。書いたことを論評されるのならともかく、武帝の実力行使で、意に反して削除された「武帝紀」を、サカナにこき下ろされては、たまったものではないのです。

*異例の人物描写
 事のついでに、著者の渾身の武帝像が描かれます。武帝は、前に机を置いて、はかりごとを巡らしたと言いますが、戦略参謀はいなかったのでしょうか。架空人格「武帝」の意見や欲望が描かれますが、根拠史料はあるのでしょうか。
 武帝が、「勝っても領土も資源も得られない」匈奴との対決で、北方から西北方に広がる長大な戦線に大兵力と巨額の財を投じたことや匈奴に勝つために西方に駿馬を求めたことは、正史で確認できますが、ここで著者の説くような趣旨で朝鮮侵攻を画策・実行したことは、示唆すらないように思います。まことに乱文の極みです。
 ちなみに、武帝以前、国家は、全国からの税収が巨額で、税として納入された大量の銅銭の保管に苦労していたほどですが、武帝知性の途中でも税収が枯渇し、本来、皇帝の私財であった塩鉄専売の国庫移管などの財政改革を余儀なくされたのです。つまり、匈奴討伐のかなりの部分は、武帝の私財で賄われたと見えます。

*鉄資源の幻想
 著者は、半島鉄資源を絶大と武帝が判断したと見ているようですが、朝鮮産鉄は、小規模にすぎず、武帝の関心外だったのです。実際、朝鮮各地に郡を置いたとの記事を真に受けるとして、各郡は、所領から必要な税収を得ることができず、太守の高額の粟(給与)を賄うのに苦しみ、まして、軍兵を維持することもできず、早々に撤収したのです。
 はるか後世の魏志韓伝は、当時、弁辰で「鉄が取れたので、周辺の民族集団がやって来て、鉄を持ち帰っていた。楽浪、帯方郡にも、鉄は届けられていた」と簡単に書くだけで、そのような物々しい状態は一切窺うことができないのです。つまり、帯方郡の財政を支えるのに、遥かに及ばないものだったの、郡は手を出さなかったのです。
 帯方郡は、当然の貢納として産鉄を受け取っていただけであり、郡の鉱山として管理はしていても、所詮は小事として、各集団の取り分は、放置していたのです。早い話が、所定の産鉄を送り届けていれば、お下がりで、鉄を持ち帰るのは、黙認していたのです。規制しようと思えば、軍兵と官吏を常駐させる必要があり、それは、とても賄いきれなかったのです。言うまでもないのですが、郡は、魏制で銅銭を流通していたので、鉄材を通貨扱いする必要はなかったのです。

*脳内世界の成り行き
 以上、著者の脳内には、物々しい歴史ドラマが創作され、独自の世界が、堅固に構築され、脳内では脳内なりに、主観的に辻褄が合っているのでしょうが、史料にその根拠を求めても無駄でしょう。
 かくて、読者は、著者の口説に翻弄されて、話の筋道を捉えられないまま、物語終章に倒れ込むのです。

                               未完

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