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2022年6月25日 (土)

新・私の本棚 長野 正孝 【古代史の謎は「海路」/「鉄」で解ける】総括

 二書通観~乱文乱論の饗宴               2022/06/25

◯はじめに~最初の躓き石
 長野氏には俗説に右顧左眄しない卓見も散見されるが、尊大断言しても「数打ちゃ当たる」では、信用は戻らない。要は、氏の史料考察は、地べたで史料を嘗めているものには、「飛行機雲」である。
 私見では、二千年前の文書を読解できないのは、言葉が通じず世界像が霞んでいるからで、数百㍍先の光景と同様、想像するのでなく、現物、現場に肉薄して、健全な理性で理解するしかない。それが、Historical Scienceの宿命であると信ずる。

*幻の学芸員発言
 「鉄」132ページの五.六の論理は氏自身の調査でなく、『別人が三丸「学芸員」から得た伝聞で、本来証拠にならない』。「学芸員」ご当人には迷惑だろうが、氏が論拠としたのでやり玉に上げた。ご不満は長野氏にお願いしたい。
 長野氏の古代史知識で古代文書が理解できないのはしかたないが、まずは、専門家たるべき「学芸員」の考え違いは、もったいないと言わざるを得ない。
 一方、氏は「学芸員 」の発言を「誰か」(人名は書かれているが)人づてに聞いて、つまり、伝聞の風聞で納得しているのだが、それでは、伝えた「誰か」の意見に基づいて判断しているのであり、史学の原則に外れた邪道と言わざるを得ない。いわば、上空から見おろして、低空の報告者の意見を、途中の中継者の意見として聞いているのだが、それぞれ、空中を気ままに浮遊しているだけで、肝心の地上の実相は、まるで伝わっていないのである。
 これは、個別の意見がどうこう言う問題ではない。史実認識の問題でも無い。氏は、「空論」を弄んでいるだけなのに、もっともらしく学問めかして売り出して、読者の資金を貪っているのである。

 話を元に戻すと、「学芸員」は、当該遺跡に関して、当然、世界最高の学識を有するが、古文書門外漢、素人である。当該遺跡に存在しない古文書に関して、「わからない」と言わずに、錯誤を語るのは誤解拡大である。匿名だし、何しろ、あやふやな伝聞なので、ご当人に告発の手が及ぶことはないだろうが、何とか、再発防止して欲しいものである。

 正論に戻ると、古代中国で「生口」は「奴婢」と異なった環境・事物に使用され、どちらかというと、特殊な用語なので、一定の意味で使用されていない可能性が高い。一方、「奴隷」は、ありふれた、日常的な事柄であり、これらを同列に扱うのは、無学・無謀である。
 言葉が違うのは意味が違うからで、断じて同義語ではない。不勉強そのものである。

*誤謬の発生~「奴隷」史観の病根
 長野氏の誤謬は、「生口」、「奴婢」なる古代語を、現代語めいた「奴隷」と同義と断言していることである。不勉強というしかない。
 当方は素人で一般論しか申し上げられないが、ここで言う「奴隷」は、恐らく、文明開化以後に、本来、中東以西の世界の社会制度で馴染まれていた到来「外来語」が、古代中国の「奴隷」を上塗りしたと見え、これでは、到底、三世紀倭人伝の社会制度に適用できないと見る。良く言う、時代錯誤である。
 三世紀依然から中国に奴隷制度は普通であったが、倭人伝では、「生口」と「奴婢」は、「奴隷」と同義語扱いはされていない。長野氏は、忌避しているようだが、古代史解釈で不可欠な正史解釈には、精緻な論理が求められる。

 そもそも、「奴婢」は、身分の低い雑用係であって、「奴隷」ではないのが常識と思われる。倭人伝が説明しないのは、当時通り相場だったからに違いない。
 氏が一顧だにしない、同時代、ないしは、前代の史書によれば、「奴」「婢」は、それぞれ、男女使用人と見えるが、ここでは、それ以上追求しない。

 是正しなければならないのは、氏の思考を曇らせる「奴隷」史観であるが、その根底は、史実追求の際に、二千年以前の史実に直裁に迫るのでなく、遥か後世から「高みの見物」、「飛行機雲」の時代錯誤を決め込んだことにある。

*最終判断~治癒されない誤謬
 長野氏の誤解の起源は、歴史科学の原則を無視し我流を進むことにある。
 但し、「学芸員」事件でわかるように、そのような誤解は、多くの論者、諸兄姉に共有され、それぞれ確信して論じているから、素人の差し出口で動じまい。

*率直な結論
 長野氏が、かくのごとく不適正な世界観、歴史観を抱いていることは、氏の著作の批判で明らかと思うが、氏自身は、その史観を正当と見て、現代所感を貫くので、氏の著作は、首尾一貫して誤謬の森を進み、所論は根拠を持てず、必然的に信用できないことになる。
 これが最終判断である。

 もちろん、各読者諸兄姉が、氏の著書を全て確認した上で、氏の所論を全面的に支持するとしても、それは、本論と別の話である。

                                                      以上

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