新・私の本棚 サイト記事批判 探訪する古代史~『魏志倭人伝』を探訪する(3) 再
VERY BOOKS 探訪する古代史 「よっしー」 2022/07/06 タイトル復元 2022/07/07 2022/09/28
〇追加論評の弁
いきなり奈落である。氏が「倭人伝」を「探訪」するはずが、孫宋健(ママ)なるトンデモ論者のトンデモ本追従である。本を買ったのでないから、金は返ってこないが、トンデモ本に追従して、氏の曲筆は、根拠も提言もなく、「探訪」もない「理念」を曝されても困ったものである。
*「トンデモ本」丸呑みの罪
理念であっても実態と違えば嘘である。それでは、『魏志倭人伝』は理念と忖度で嘘にまみれた書なのであろうか?
この後世東夷は、「倭人伝」でなく改竄日本文で論じ、「実態」を一切知らない。氏の理解と違うと嘘なのか、間違いは嘘ではないのか。自大尊大である。
トンデモ論者が、『「書法」と言えば万事免罪』と宣言した後は、全て無茶である。肝心の行程論で諸説を一蹴し、トンデモ「大放射説」の「理念」を陳列するのには、閉口する。特に、帯方郡~「邪馬台国」直行説は、本来、一発廃棄、ゴミ箱入りである。
*読めない倭人伝のトンデモ論
しかしながら、『魏志倭人伝』では、「其の道理(ママ)を計るに、正に会稽・東冶(ママ)の東に在るべし」と奇妙(ママ)な言い回しで断(ママ)じている。
「倭人伝」は、全文中国語であり、不出来な日本語文の「在るべし」なる「言い回し」を「奇妙」と褒め倒して談じても無意味だし、「東冶」とトンデモ記事は書いていない。錯誤連発で、引き続き(ママ)の山である。いくら書き飛ばしのブログでも、いっさい読み返しはしないのだろうか。因みに、古文で「奇妙」は絶賛表現である。
『魏志倭人伝』では対馬国1,000戸(ママ)、一支(ママ)国3,000戸(ママ)、末盧国4,000戸(ママ)、伊都国1,000戸(ママ)、不弥国1,000戸(ママ)、奴国20,000戸(ママ)、投馬国50,000戸(ママ)、邪馬台国70,000戸(ママ)と記載がある。
衆知の如く、「倭人伝」にそんな記載はない。何を見て書いたのか、うろ覚えで書いたのか。
数字は、縦書き漢数字であり、横書き算用数字でない。戸(家)は「有」、投馬国以降は「可」。さらに言うと、「邪馬台(壹)国 可70,000戸」とは書いてない。
記憶の錯綜した私家改竄本を、うろ覚えで論じるのは、何とも見苦しい。
*勝手引用の迷走
(好意的に記されている邪馬台国)なる段落を読みなおすと、氏は、どうも、『「三国志」研究の第一人者の渡邉義浩氏』の著書を、個人的に勝手引用しているようだが、ここまで、独解力どころか、引用力も欠如している氏の紹介では、「第一人者」も褒め言葉に見えない。体力、知力、どのあたりの第一人者なのか、検証されていないから、信用できないのであり、あるいは、氏の「筆法」の発揮された屈折表現かと思うのである。
というのは、「倭人伝」に書かれているのは「好意的」な評価と見えないからである。
倭人は、文字を知らず、従って、先哲の書を読まず、牛馬を用いず、それゆえ、我が身を労して汗と泥にまみれて生き、食に到っては、文明人にあるまじき生食主義で、香辛料、薬味も知らず、礼に到らない。更に、衣服は文明人のものではないから、見るからに蕃風である。そして、王位にありながら政務を執らない「女王」を担いでいるのは、「礼」に反している。
これは、倭人に阿諛追従するものではなく、「率直な」評価であり、「苦言」であると見るべきである。これらの難点を克服すれば、いつの日にか「文明人」の末席に加わるだろうという程度である。
と言うものの、後世東夷は、依然として蛮人と言わざるを得ない。なにしろ、「三国志」の深意どころか、あからさまな文意を読解できていないからである。
「第一人者」は、実際には、何を書いたのだろうか。不可解である。
*恐れるべきは自身の迷走
「恐るべき中国の史家たち」などと言うが、ほら吹きを恐れては、トンデモ論者を勇気づけるだけである。敵は、厳めしい顔で睨んでいても、噛みつかないから、怖がらないことである。それでも、怖かったら、壺に入れて封印し、地下深くに埋めることである。
敵は、手軽にアメをしゃぶりたくて、賢そうに芸/雑技を見せているだけである。よい子は、「畏るべき」と畏怖の念をこめて書くべきである。
*陳寿の曲芸筆~余談
陳寿は、「倭人伝」だけで飯を食っていたわけでは無い。「三國志」全文をまとめるのに苦闘していたのに、東夷伝末尾の「倭人伝」に渾身のわざとばかり、錯綜した書法を費やすのだろうか。
陳寿が深く尊敬していた蜀漢宰相諸葛亮は、北伐軍を率いて前線にありながら、成都から取り寄せた宰相決裁文書をことごとく決裁したという。何しろ、杖刑以上は全て決裁したから、毎回文書が山を成したようで、そのために過労死したかと言われている。陳寿も、「倭人伝」の書法にまで高度な曲芸を物したのであれば、やはり過労死だろうか。うそ寒い話である。
*また一つのゴミ種
俗説は、「邪馬台国」所在地説は、誰が数えて、試食したのか、千に余る誤説の山だという。そのゴミならぬ誤説の山から、組みしやすい一説を取り上げて、一舐め、一囓りして、また一つ誤説を積み上げるのは趣味が悪い。氏には、継承も創造もないのか。
いや、初回を読んで、聞く耳を持っているかも知れないと感じた/期待したのが、勘違いだったようである。
当記事は、氏の無邪気な暴言の数々が、無垢な世人に広がらないように、合理的な苦言をまとめたのである。他意はない。
以上
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