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2022年10月12日 (水)

私の意見 英雄たちの選択 ニッポン 古代人のこころと文明に迫る 再掲 14/17

ザ・プレミアム 英雄たちの選択新春SP▽ニッポン 古代人のこころと文明に迫る [BSプレミアム]
私の見立て★★☆☆☆  2018/1/3   2018/02/03記 復元再掲 2021/07/19 補充 2022/10/11

※広域連合の虚妄

 「交通手段が未開通で、しかも、文書通信の存在しない、できない時代、九州北部の筑紫と中和(中部大和)の纏向を結びつけた広域連合が成立していた」というほら話に従うと、事ごとに不審感がやってくる。
 例えば、伊都での一人の人物、一女子(卑弥呼)の擁立について、中和(大和中部)の地方政権であり、倭人伝に名の出ていない纏向政権がどうやって知り得たのだろうか。
 一ヵ月どころではない行程を駆けつけた伝令による召集を受けて、一か月どころではない行程を歴て、遠隔地の連合総会に出席するのだろうか。とても、国の体制を維持できないと思う。

※音信不通
 広域連合だと、立候補者に賛成するには、その場で投票するしか手段がないし、連合総会の決議に不満を抱いて脱退しても武力制裁のしようがない。諸国一体化どころか、けんかもできない遠隔交際である、と愚考する。世上の各兄姉は、当時、中和纏向から九州北部に届く広域政権が成立していて、一貫交通ができていたと、はなから決めてかかっていて、論点は、広域政権所在地だけのようになっている。しかし、三世紀前半、東西の果ての相互間の連係に関して、何らかの物資の流通があったということを示すとされる貴重な出土遺物以外に、何を巨大政権説の根拠にしているのだろうか。

*近隣交易の連なり
 それにしても、多少の産品であれば、交易の鎖を辿って、数百㌖を、数か月、数年を経て移動できるが、一気に持参などできないのである。嵩張って、重みのある壊れ物の土鍋については、ますます、鍋釜担いで参上とは行かなかったと思うのである。まして、遠隔地にも、鍋釜はあるから、担いで行く理由がないのである。

 近隣取引であれば、買い手の求めに応じて提供するだろうし、都度、取引の一環として交換を重ねていけば、誰も急かさないので、始発点から終点まで、数年かかっても問題なく届こうというものである。太古以来、ものが「豊かなところ」とものが「乏しいところ」を仲立ちするのが、近隣交易の走りだったのである。近隣交易であれば、掠奪も詐取も、ほとんど心配なかったのであるし、途上で、遭難、徒死することも、ほとんどなかったので、大した利益がなくても、言うならば、近現代に到るまで、細く長く続いたのである。

※狹域連合の勧め
 結局、三世紀の社会に見合うものは、広域ならぬ狹域連合でしかない。と愚考する。新王擁立の諸国総会は、諸国が出席に数日を要する範囲に限れば、なんとか想定できるのである。もちろん、それはそれとしても、通常の手順としては、月に一度、国王臨席の朝会に参集できるかどうかである。
 文書通信のない時代、報告、連絡、指示、通達は、面談するか、伝令の伝言しかないのである。相互に、報告、連絡、指示、通達がなければ、統治-被統治の関係が維持できないのである。つまり、「列島制覇」などと言わずに、ほぼ筑紫内の狹域連合であれば、各国から盟主に税務、労役、軍務の義務が果たせるのである。

*名のみの連盟
 連合の中核を成す、言わば正会員の列国、例えば、対海、一大、末羅、伊都の「倭人伝」道里記事上の四大国は、密接に連携していたとしても、残る名のみの諸国は、別に、連合の運営に参画しなくても良いから、正会員でなくて良いのである。北九州一円、と言っても、実は、「筑紫」界隈であれば、遠隔地と言っても知れているのである。(目立つ例外の「奴」、「不彌」、「投馬」の除外は、話せば長くなるので、ここでは脇に置く)
 まして、一部の論者がこだわるように三世紀に中和政権による広域支配を想定したとき、筑紫から中和まで大量の食糧貢納は不可能であるし、人員の労役、軍務派遣も同様に不可能である。何をもって支配というのか疑問が絶えない。あり得ないという方が、随分簡単で、明快である。

*なかった諸国盟約
 諸国盟約の証しとして、人質でも取ったのだろうか。中国古代の周王は、封建の際に、盟約の証しとして金石文を刻んで渡したとされているが、三世紀当時の東夷では、文字を読めない国主が大半であったろうし、どのみち、王位とともに盟約が継承される国王ではないので、代替わりすれば作り直しであり、とても、やっていられなかったはずである。近所づきあいの取り決めであれば、別に、金石文で誓約する必要はないのである。
 色々、時代、地域相応に世界像を考え直していただいた方が良いようである。
 そうそう、これは、遠隔諸国まで総出で総選挙して、女王を共立したという年代物の戯画は、ヒビの入った骨董品の博物館遺物(レジェンド)にして、退席いただいた方が良いとする俗説批判でもある。

                     未完

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