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2022年11月24日 (木)

今日の躓き石 社会人野球復活「エース」の恥さらし~毎日新聞スポーツ面報道の病根か

                          2022/11/24

 今回の題材は、毎日新聞大阪14版スポーツ面の1/2に詰まった本日の「朝刊野球記事」の大半を占める、本来立派な記事である。だから、こんなコメントは付けたくないのだが、ほっておけば、お手本として永久保存されそうなので、釘を刺さざるを得ないのである。

 「骨が折れていても 雪辱か手術か」との見出しであるが、どうも、二年前に、社会人野球界で人も知る剛腕の右腕投手が、練習試合で左足に骨折を生じたということである。よく知らないが、ままあることと見るしかないが、以後の展開が信じがたい。
 素人考えで申し訳ないが、野球選手のこのような骨折は、治療だけで手術もせずに、言わば、ほっておいてくっつくのを待つようなものかと思う。その結果、このケガを抱えて「投手陣の柱」として戦い続けた挙げ句、骨折に靱帯損傷まで重なった患部に、一年たって、ようやく外科手術を行ったというのは驚きである。骨折自体は、カルシウム分が成長して繋がるかも知れないとしても、靱帯は、成り行き任せで、自然に損傷部が繋がるものだろうか。ちゃんとした医師の見解を聞きたいものである。
 それを「自己犠牲」と言いたいらしいが、どんな「神様」に生け贄を献げて何を誓ったのだろうか。
 それにしても、チームの責任者や医師が、なぜ止めなかったか不可解である。

 それはそれとして、辛うじて、見るに見かねたトレーナーが、出場継続は「ダメ」と断言したものの、監督は、本人の判断に任せるとし、結局、不承不承手術に踏み切ったという、素人目には非常識な推移だったと思うが、担当記者は、何も評していない。
 むしろ、当人の「問題発言」をそのまま流して、ことは、当人のわがままによるものとして、当人を世間の晒し者にしている。
 記者は、これを「美談」として報道し、全国の若者が、自分のケガや病気を二の次に、チームに尽くすべきだと教訓を垂れているのだろうか。

 この態度は、全国紙の署名記者として、大変疑問に思える。記者には、報道の者として大事な務めがあるような気がする。

 その勢いが、当人に、これが「リベンジ」だと言わせたことにしている。
 一体、誰を恨んでの復讐談なのか、記事からは一切読み取れない。
 記者は、何を納得したのだろうか。このような血なまぐさい言葉を世間に広める責任は感じていないのだろうか。記者には、報道の者として大事な務めがあるような気がする。
 記者は、どんな辞書を引いたのか、「リベンジ」を「雪辱」と解したようだが、スポーツ選手がケガをしたら、それは、「誰のせいで、誰を恨み、誰に仕返しを企てるのか」全国紙の読者が快く察してくれると思い込んでいるのだろうか。誠に奇特な話である。

 結局、ケガを抱えた自分自身の身体の悲鳴を騙し騙し一年間投げ続けた挙げ句、(恐らく、親身になって気遣ってくれた身辺の人々の説得を受け入れて)手術の恐怖をようやく乗り越えて、苛酷な外科手術を受け、苦しい長期のリハビリを経て、ようやく復活したから、要するに、弱気に負けてチームに迷惑をかけたのである。記者の書きぶりでは、選手は、周囲に見放されて、誰も、当人の心得違いを癒やすことができなかったような書きぶりであるが、毎日新聞報道を真に受けるとすると、世も末である。

 そして、選手は、公の場で罰当たりな「リベンジ」を口にしてまで、外科手術を先延ばしにし、遂に、大変な苦痛を受け入れた対価は得られたのだろうか。「リベンジ」は、血しぶきを上げて達成されたのだろうか。記者は、何も語っていないのである。

*別人糾弾
 概して言うと、野球界は、高校野球からNPBまで、テロリスト紛いの「リベンジ」の血なまぐさい魔力を借りないと、困難に立ち向かえない風潮があるようだ。
 毎日新聞でも、野球担当からフットボール担当に転入した記者が、早速口癖の「リベンジ」を吐き出して、世間に恥をさらしていたのは、ごく最近のことである。野球界は、野蛮な新大陸文化の世界であるから、不信心な暴言が出回っているとしても、イングランドには、高貴な倫理が生きているように思うのである。まして、大陸諸国は、英語圏ではないから「リベンジ」など、無意味である。いや、これは、別人に対する苦言であった。何かの折に、「忠告的指導」をしてあげて欲しいものである。

*まとめ
 国紙の署名記者は、平成の怪物がまき散らし、令和の野球界にはびこる罰当たりな「遺産」発言、「ダイスケリベンジ」が、これ以上広がらないように、未来を担う若者達に「負の遺産」を残さないように、真っ当な報道に挑むべきでは無いかと思われる。

 事実の報道は、ゴミためやドブに落ちている「事実」を、そのまま読者の食卓に投げ出すものではない
と思うのである。

 そう、当記事が不適切なのは、担当記者の怠慢から来ているのである。一読者として、大変不満なのである。

以上

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