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2023年1月16日 (月)

新・私の本棚 番外 NHK BSP「邪馬台国サミット2021」新総集・再 2/3

[BSプレミアム]2021年1月1日 午後7:00, 【再放送】 5月30日 午後0:00,12月27日 午前9:14
 私の見立て ★★★☆☆ 諸行無常~百年河清を待つ     2021/05/24 補充 2021/12/27 2023/01/16

*「自虐論」始末記
 ここで言う自虐」論は、纏向論者が、纏向絶倫と認めない九州論者に浴びせた罵倒、自爆です。というものの、勝てない論争で不敗の戦略として通用している挑発して相手の感情を刺激し、泥仕合の罵り合いに持ち込む子供の口喧嘩戦法」に、大人は乗らないのです。
 「自爆」は、論議に窮した焦りを暴露するのです。箴言をもじると「暴言は無能な論者の最後の隠れ家」。自滅の手前と言えます。
 視聴者が、このような乱暴な決めつけに賛成すると見くびっているのでしょうか。

*文学表現の曲解
 続いて提出された、乱暴でくたびれた俗説「白髪三千里」は、無風流な浅知恵です。

 李白は、漢詩三千年の史上最高の詩人であり、気宇壮大な比喩は、現実を大きく離れ感動を誘うのです。白髪三丈などと、陳腐な戯言と次元が違うのです。それとも、評者は、李白の上を行く芸術家でしょうか。奇特です。
 普通、そのような芸術性を「誇張」と感じるのは、「感性の貧困」です。李白と現代の俗物の背比べなど、見たくもありません。

 いや、どんな俗物でも、この表現は明らかに詩的比喩であり史学的発言でない」位は。それなりに理解できるはずです。とことん場違いでしょう。古代史学の先賢が、中国文化蔑視のために、無理矢理理屈を捻り出した言い出したことで、いくら師匠直伝の伝家の宝刀でも、無批判に追従しない方が良いでしょう。先賢の恥を蒸し返すのは、恥の上塗りで引き倒しているのであり、勿体ないと見えます。

*軍人功名談の愚例
 「戦果十倍誇張」は史書表現ですが、史書では、論外の愚行としてあげられていて、参考にも何にもなりません。これは、皇帝の警鐘であって、「軍人の手柄話では騙されないぞ」と釘を刺しているのです。

 軍功はクビの数ですから、十倍誇張で十倍の褒賞が帰ってきますが、新来蛮夷に関して、道里、戸数を誇張して、何の報いがあるのでしょうか。直にばれるウソなど、悪くすると、虚言の廉で(本当に)「首が飛ぶ」のです。軍人は、多くの試練を経て将たる地位を得るから安直な誇張はしないのです。まして、魏使は戦果を求められていないから、この手の誇張はあり得ないのです。

 特に、曹丕、曹叡は、曹操の布いた厳格な軍規を継いでいて、なまくらな皇帝ではありませんから、薄汚い功名稼ぎのおおぼらは通用しないのです。あるいは、論者は、遼東公孫氏を郡高官もろとも殺戮した司馬懿に筆誅を加えているつもりかも知れませんが、司馬懿は、現地に、遼東郡の死者の「京観」を築いて軍功を公開したのですから、方向違いと言うべきでしょう。

*くたびれた「定番」の去るべき時
 この二件は、纏向説論者の好む、「定番」の古典的罵倒表現でしょうが、外界で通用するものではないので、何れかの世代で棄却すべき負の遺産でしょう。同学の先師の旧説の中で、安直な比喩(大抵は誤解)余談は、学問の世界では進歩に取り残された遺物、「レジェンド」となりかねないので更新されるべきです。

 子供に言い聞かせるようで恐縮なのですが、倭人に至る道里と倭人の戸数は、景初倭使を帯方郡に呼びつけ、洛陽に参上せよと指示する前提として、洛陽鴻臚寺が、時の皇帝曹叡に報告したものであり、正始魏使の帰国報告など無関係です。また、司馬懿は帯方郡の回収、皇帝直属配置に関与しなかったので、これまた無関係です。まして、西晋の陳寿の知るところでもありません。
 纏向関係者は、文献解釈、魏志文献読解に、とことん疎いので、改竄し放題なのでしょうが、NHK関係者が気づかないでいるために、事ごとに「定番」として蒸し返しされるのは、何とも情けないところです。

 と言うことで、当番組では、新証拠が展開されると期待したのですが、使い古した年代物の詭弁連発でした。今回の纏向論は、先進の気概の乏しい人材編成で随分損をした感じです。こうした前世紀定番の蒸し直ししか出せないのであれば、番組の時間浪費と思うのです。NHKが「とどめ」を刺してあげるのが、武士の情けというものでしょう。
 早急に「纏向邪馬台国」の存亡をかけて、世に問うべき「新説」を創出すべきではないでしょうか。それが、「纏向邪馬台国」の晩節を飾るものと思います。定番抗弁が「絶滅危惧種」に名を連ねないうちに、潔くすべきです。

 因みに、当ブログ筆者は、倭人伝が正確無比な記録文書だと言っているのではないのです。むしろ、入念極まる推敲を重ねた高度な「創作」文書であると信じています。

 この点は、登場した渡邉氏の表現が正鵠を得ています。陳寿は、読者たる西晋皇帝などの当代知識人に理解できる用語、表現を凝らして「倭人」伝を書き上げたのであり、そのために現代人には理解できない婉曲な表現になっても、それは「倭人伝」の本質なので、現代人が文句を言っても仕方ないのです。陳寿の綴った「設問」の真意を理解できない「落第者」が、門前山を成しているようですが、このように簡単に「降参」して、二千年を経た「問題集」を「落第者」流に書き換えるのは、視聴者に醜態をさらしていることになるのです。
 何とか、「思い込み」を棄て虚心で「倭人伝」世界に入門してほしいものです。

*闇談合露呈
 まして、収録終了後「オフレコで言いたい放題言い合おう」などとは、闇談合で抱き込もうとの、さもしい根性でもないのでしょうが、歴史を夜作る」のは、良い加減にしてもらいたいものです。視聴者が見ているのです。

 それにしても、「爆問」が最後に小声で漏らした総括は「史料の原文に戻って、最初から丁寧に考えなおした方が良い」という趣旨のようで、冷静で控え目でした。それが、入門を目指す「倭人伝素人」の採るべき(唯一の)道なのです。

 纏向論者は、抜群の知性と豊富な学識を正しい方向に駆使して、陳寿が「倭人伝」で描いた「倭人」世界像の理解に勉めるのが本務であり、視聴者、納税者に対する義務のように思うのです。

                              未完

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