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2023年2月19日 (日)

新・私の本棚 番外 ブログ記事 makoto kodama「古代史の散歩道さんへの返信(その二)」1/6

邪馬台国探訪「古代史の散歩道さんへの返信(その二)」 2023-02-18 19:08:37   初稿 2023/02/19

◯回答の弁~長文六ページ御免
 拙記事に関して折角回答頂いたので、ブログ記事の形で回答します。
 但し、拙稿のかなりの部分を削除して、言いやすいところを取り上げるのは、貴ブログ読者に失礼ではないでしょうか。少し難易度を落としました。

*引用とコメント全文
再び、「古代史の散歩道」さんから返信がありました。

*重大な警告
 当方は、「古代氏の散歩道 など」のプログで私見を公開しているのであり、「古代史の散歩道」なる別ブログとは一切関係ありません。
 第三者の誤記について、本来、当方には一切責任はありませんが、知っていて放置すると、同罪になりかねないので、危惧しています。
 少なくとも、これで二回目の警告を発しているので、当方に波及しないものと信じています。
 近来好まれる「誤爆」なので再発防止策としてしつこく指摘しますが、他人からとやかく言われるのがお気に召さないで、今回も無視でしょうか。そうした部分を隠しておいては、貴兄に対する信用が毀損されないでしょうか。

うもありがとうございます。
そこで、礼儀として今回も更に返信したいと思います。
ところで、今回は余計な非難や罵倒に過ぎない部分は無駄と思われるので排除して、純粋に学術的論争のみに書き込みを絞りたいと思います。

*うまく逃げていますが、率直に言って、「今回も」回答できない部分を避ける常套手段と言われかねません。当方は、今回も、自衛策として全文引用します。
 「余計な非難や罵倒に過ぎない部分」に大事な情報が含まれているという「論拠」は、先に述べたとおりです。貴兄が、何を「非難や罵倒」として排除し、何を残したか。貴ブログ読者に示す義務はないのでしょうか。

> 「倭人伝」が、郡から倭までの道里行程を、「万二千余里」と「水行十日、陸行一月」と両様に書いているというのは、「倭人伝」の文書主題に関わるものであり、大変高度な文書解釈ですから、貴兄の読解力が及ばないのであれば、それもまた一説と受け止めて頂きたいと考えるものです。
⇒ 貴殿が「大変高度な文書解釈」と称する部分は、貴殿が「根拠を説明できない」ことを、上手く誤魔化しているだけの言葉です。

 お褒めに預かって恐縮ですが、所詮、貴兄が、倭人伝解釈に不可欠な知識教養に欠けていることを自覚せずに応答に窮して、有る事無い事ぶちまけているのを、言い逃れしているようにも見えます。「根拠が説明できない」と言ったのは、「つけるクスリが無い」とまでは言えなかったと言うだけです。当方は、正直本舗なので、「上手に」ごまかすのは下手くそで、大体は、頭も尻も隠せないのです。

 しかし、私なら、「万二千余里」と「水行十日陸行一月」は全く関係ないことの「根拠」を明確に説明できますよ。
 七世紀に記された『隋書』には「夷人は里數を知らず、但日を以て計る」と記されており、倭人を含む夷人たちは卑弥呼時代から四百年も経過した隋時代になっても、相変わらず日数で距離を数えていたらしいから、卑弥呼時代の倭人は当然日数で距離を伝えていたはずです。つまり、帯方郡使は、不彌国迄、里数を計測しながら辿ったのに対し、日数で記される「南投馬国へ至る水行二十日」と「南邪馬台国へ至る水行十日陸行一月」は帯方郡使が伊都国において、倭人から伝聞した話に他なりません。

追記 書き漏らしたので、慌てて書き足します。
 「隋書」と言うからには、「俀国伝」のことでしょうが、同伝には、「倭人」は登場しません。古田武彦氏は、俗に「九州王朝説」とされる一説を提示していて、要するに、隋書の「俀国」は、「倭人」の後裔だとしました。つまり、卑弥呼~壹与の系統が、「倭の五王」を越えて続いていたと見たものです。貴兄は、一見、「九州王朝説」を支持しているように見えますが、そんなことを言って「大丈夫」ですか。いや古代中国語で「八尺の巨漢ですか」と言っているのではなくて、現代日本語の「それで良いですか」という意味ですが、こっそりとは言え、古田説を支持しても大丈夫ですか。
 それに比べれば、正始魏使が、延々と、道里を測量したとの空想譚は罪がない方です。誰が考えても、狗邪韓国から末羅国までは、測量のしようがないし、奴国、不弥国、投馬國は、魏使が立ち寄っていないので、結局、道里が分かるのは、帯方郡から狗邪韓国までの街道であり、それは、とうの昔に測量されていたから、正始魏使現地測量説は、有名無実の空砲です。
 ついでながら、魏晋と交渉のあった「倭人」は、国名、王名、王城の位置、戸数、道里を公孫氏を介して魏朝に報告することによって、中国王朝の臣下と認められ、魏明帝から「親魏倭王」印綬を受け取っていたので、最早、所在不明の夷人ではなかったのです。
 それにしても、貴兄は、九州王朝説を支持しているのでしょうか。「相変わらず」の一言で、お里が知れるのです。

追記終わり

 

                                未完

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