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2023年2月23日 (木)

新・私の本棚 鳥越 憲三郎 「中国正史 倭人・倭国伝全釈」肆 3/10

中央公論新社  2004年6月
私の見立て ★★★★☆ 労作 必読 批判部分 ★☆☆☆☆ 2023/02/21 2023/05/27 2024/02/11

*楽浪郡幻想~笵曄の華麗な創作
2.氏は、楽浪郡の「檄」に無頓着ですが、漢武帝時に楽浪郡を創設した時点の長安から洛陽を経た公式道里、「樂浪郡、雒陽東北三千二百六十里」が記録され、郡治移動に関係なく維持されたから、楽浪郡治は、倭道里基準点とはなれないものと見えます。
 そのため、樂浪郡南方の帯方縣治を「檄」としたと見えます。よって倭の万二千里、狗邪韓国の七千里は、魏志を引き写したのです。後漢霊帝期までに、郡から倭に至る道里は知られていなかったので、臆測したのです。

*喪われた帯方郡創設記事
 後漢末各郡地理を記録した司馬彪「続漢書」郡国志に、帯方郡は書かれていません。帯方郡創設は、後漢献帝建安年間で、本来、直ちに所管官庁に報告され、同郡国志に記載されるはずが、実際は欠落していますから、唐代に、同郡国志を収容した笵曄「後漢書」東夷列伝倭伝の倭道里記事の出典/根拠は不明です。もともと、笵曄の東夷列伝「倭伝」情報源は不明ですから、笵曄の創作かと懸念されます。
 要するに、南朝劉宋代に、後漢書東夷列伝/倭伝に利用できる公文書は、魏志倭人伝以外に無かったと見えます。鳥越氏の本意は不明です。
8.「倭奴国奉貢朝賀」記事は、笵曄「後漢書」光武帝本紀の引き写しですが、当然、「倭奴国」なる蕃王が洛陽に参上したと見るべきで、「倭」の一構成国である「奴国」が朝賀することはあり得ないと見えますが、氏は、漢制の厳格さを知らないと見えます。東夷列伝で、「倭国」は、「倭奴国」の略称とみる方が合理的です。

 同時代史書 袁宏「後漢紀」光武皇帝紀によれば、同様に「(中元)二年春正月…丁丑,倭奴國王遣使奉獻」ですが、笵曄「後漢書」東夷伝の独自部は、掲示していませんから、根拠となる史料が存在していたかどうか不明です。
 なお、氏は、「倭の奴国」が、倭国の極南界と解していますが、よりによって、最南端の国が代表し遣使したとは不可解です。まして、其の国が、半島南端、倭国から五千里の彼方の狗邪韓国を併合とは、氏の勘違いでしょう。
 それほど抜群の強国なら、周辺諸国をも統一支配したと見えますが、それなら、「大倭王」「邪馬臺国」とは、何なのでしょうか。

 世上周知のはずの「春秋左氏伝」によれば、「臺」は、最下級の身分であって、手ひどい蔑称ですから、陳寿のような正式の史官は避けるでしょう。
 総じて、辻褄の合わない急普請と見え、氏のために惜しむものです。

陳寿「三国志」「魏志倭人伝」アットランダム
1.國邑
 国郡のことと暢気ですが、中国古代では、「国」も「郡」も、九州島を楽楽収容できる巨大領域です。
 氏の認識では、到底、戸数千戸台の倭人の国邑」、つまり太古周代の様相を適確に理解できるはずはありません。
 陳寿は、同時代読者が誤解しないように、現地の様相を周代初期に例えているのですが、笵曄等、後代論者には理解されなかったと見えます。ただし、但し、周代の「國」邑は、隔壁/城壁で囲まれた聚落であり、「倭人」の「國邑」は、州島、つまり、渡し舟で渡る「中之島」なので、隔壁/城壁がない、いわば、むき身の貝のような存在であると明記しています。

2.虚妄の始まり~無かった砂浜
 鳥越氏が想定する長途の海上航行船舶は、甲板に保護された船倉/船室が不可欠であり、浜に引き摺り上げる小型の船ではありません。
 当時、砂浜は、韓国大河河口に限定と推測します。というものの、海上航行は、当方の知ったことでないので、深入りはご遠慮申し上げます。この無理の是正に厖大な努力が費消されるのは、見たくありません。
 この際、正解に至るのに是正策は不要です。漢代以来、楽浪郡、帯方郡に至る公式街道は、遼東郡から一路南下であり、「倭人伝」行程は、当然、自明、説明するまでも無く「陸上街道」です。

 論外の事項をあえて論じると、当時、山東半島との船舶往来は、遼東半島から渡船で乗り入れるものであり、韓、穢、倭専任である帯方郡の管轄外なのです。また、帯方郡南方の後の「唐津(タンジン)」からも、山東半島行きの渡船が出ていたようですが、海岸沿いの手漕ぎ船による航行は、実際上不可能です。
 いずれにしろ、騎馬疾駆の文書使往来を前提とする官制「公式街道」が、海岸に出て、手漕ぎ船で南下航行することはあり得ないのであり、「倭人伝」は、帯方郡を発した公式街道を書いているので、そのような不法な行程は書かれていないことを念頭に明記すべきです。

                               未完

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