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2023年2月 1日 (水)

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ウィキ 「古代史の散歩道」2023/01/28 当記事 2023/01/31

*批判の根幹
 白石氏講演に対する批判の根幹は、当該記事の冒頭で明言しているように、氏の権威を援用した考古学成果の操作による文献解釈の圧迫であり、白石氏が、考古学分野の頭領であるとしても、その権威でもって文献解釈を「指導」するのが合理的かどうかは、所詮、見解の相違と言わざるを得ない。
 勿論、白石氏ご自身に代表される、に師事する実務研究者ご一統の発掘研究成果を難詰しているのではない。

 「大型前方後円墳の出現年代が3世紀中葉に遡るというのは、現代の考古学研究者の過半に及ぶ共通認識となっている。したがって、白石氏の説明は誤りとは言えない。」と、論者が、気色ばんで弁護せざるを得ないように、この意見は、素人目にも首尾転倒して、お手盛りである。
 近年、白石氏が強引に主張し「現代の考古学研究者の過半」が、相対的弱者として追従したかと懐疑するのであり、挙手で過半数としても、「主張」が学術的に正当と言えない。学問は、多数決ではない。鉄則は自明である。

 考古学の定則で遺物(遺跡)に紀年がない限り、考古学は絶対年代を確定できない」のも鉄則であり、「三世紀中葉」に「遡らせた」という発言は、自慢話の「軍功」自慢であって、学問的な主張とは思えないのではないか。
 要するに、本稿は、白石氏の頭領、研究組織の指導者としての器量と采配を批判しているのであり、そのような権威主義的な学問研究のあり方は、公共研究機関として、納税者の負託を裏切っているというものである。

 顕著なのは、白石氏が、我流の「倭人伝」の文献解釈を造作するとともに、造作された文献解釈を、さらに我流に引き寄せていることであり、それは、考古学界の泰斗として、遺物考古学の本分を逸脱しているという、大変高度な批判である。

 これは、批判の対象と何の所縁もないと見える無名の「歴史マニア」、現代風に尊称すると「マキムクオタク」略して「マキオタ」のやじうまが、横合いから小賢しく口を挟むことではない。素人の出過ぎた発言は、当方のブログだけで十分ではないか。

*批判の由来
 因みに、白石氏の旧著に対する批判を先だって公開していて、当方は、白石氏の業績や権威は承知の上で、偶々、当時は無償で参照できた講義公開を批判したのは、片言を捉えた、うろ覚えの聞きかじりによるものではない。
 白石氏に向かって、いまさら当たり前のことを言うのも何だが、本講演は、主催者の請託に全力で答えたものであり、氏が、見識を傾けた最善の内容と感じたのである。九州説牙城で九州説賛同者が大勢を占めると予想される講演で、一段と、説得力をこめたと見るから、真剣な批判に値するのである。いわば、NPB日本シリーズでの監督采配批判である。然るべき尊敬は、言わずとも当然である。

 とは言え、素人目にも、言外紙背も含め、一部行きすぎが見えたので、書き上げたのである。

                               以上

新・私の本棚 白石太一郎 「考古学と古代史の間」再掲 1/2

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