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2023年2月 7日 (火)

新・私の本棚 番外 ブログ記事 sinfu「卑弥呼はすでにお婆ちゃん?」

卑弥呼はすでにお婆ちゃん? 「中国語学習と邪馬台国研究と家電修理等」 2022-08-28
私の見立て ★★★☆☆ 丁寧な労作 ただし前途遼遠      2023/02/07

◯はじめに
 別記事の総まとめの補習授業です。改行削減御免。
*補足(2023/02/09)言い忘れの追記です。
 「お婆ちゃん」は、大変な、重大な勘違いです。生涯不婚の巫女(みこ)には、「お婆ちゃん」と親しんでくれる孫は、「一人もいない」のです。もっと、丁寧に書くことをお勧めします。

*引用とコメント
(卑弥呼)年已長大
広く一般に解釈されている説は もうすでに年老いてる、すでに年寄りだ、すでに年取ってる、のように解釈されていて 私も、 テレビ·雑誌·書籍等で多くはそのように説明されていたので いままで卑弥呼の年齢はすでに高齢だと思っていました。

*「広く一般に」と国民大勢めかしていますが、卑弥呼論義は、「極めて限定」されているでしょう。それとも、数で数えるのでなく、目方で量るのでしょうか。大勢の人の「解釈」が、なぜわかるのでしょうか。いい加減なことを行って風評を掻き立てている人の口まねは、感心しないのです。

しかし 中国人にこの箇所を確認したら すでに年老いてる、すでに年寄りだ、すでに年取ってる、すでに高齢 の意味にはならないという

*どんな中国人に聞いたか不明です。意味を知りたかったら、辞典で「長大」を引くものでしょう。

素直に解釈すれば すでに大きくなっている、すでに成人してるのイメージだという

「イメージ」は、インチキカタカナ語ですが何の意味でしょうか。中国人も同病なのか。「大丈夫」ですか?「もう子供じゃない」が普通の表現です。中国人が『素直』とは、初耳です。

すでに年取ってるなら(卑弥呼)年已長老と 老の単語を使うとどの中国人も教えてくれます

*どんな「中国人」ですか。十億(十万万)人の意見は、聞けるはずがないでしょう。日本語側で言うと、『すでに年取っている』との日本語表現はありません。

年已長大は、その人がイメージしているより大人になってる場合、たとえば幼い時を知ってるがその後久しぶりに会って、成長して大きくなった姿を見れば長大を使うし、ただ単に長大をつかえば成人しているイメージの様です

一つ目の「イメージしている」は、「想像している」なのでしょうが、二つ目は「絵姿」のようです。英語で、「image」は、主の御子の姿のことです。それにしても、『その人』とは、どの人でしょうか。

この箇所、年已長大のこの後に,無夫婿、夫(婿)は、いないという言葉があり、
子供じゃなく卑弥呼はもうすでに成人した女性だが結婚はまだしてない(旦那はまだいない)ということを伝えたかったのだと思います

古代上流社会で、女性は早婚であり、成人となっていても、配偶者がいなくて実家の親元にいるというのは、未婚(まだ)ではなく、(当然)不婚の意味と解されます。勿論、嫁ぎ先で、旦那をなくした後家さん、つまり、婚家を継いで、残された子供を後見しているという意味は、全くありません。

確かに『卑弥呼は歳をとってお婆ちゃんだが、夫はいない』とは一般的には言わないし、書かない。その様な訳では文章的に意味がおかしいので、やはり 『卑弥呼はすでに適齢期を迎えていたが夫はまだいない』という風に解釈したほうがいいかもしれません。

すでに適齢期」と「文章的に意味がどうこう」は、日本語として理解困難です。それ以前に、『國』を代表する女王に対して『歳をとってお婆ちゃんだが、夫はいない』の侮辱発言は、親魏倭王に列されている高貴な女性に対して、『根本的にあり得ない」のです。タレントのゴシップをSNSに曝しているのではないので、失礼にならないようにご注意下さい。

私が不思議に思うのはなぜ「卑弥呼はすでに成長(成人)している」と解釈した人が居たと思いますが、その人達の説はキャンセルされて、「卑弥呼はすでに高齢である」と解釈をした人達の説が何故まかり通ったかということです。

東夷の一部で文章理解に関係ない「卑弥呼」像が「相伝」されています。「長大」は、「成人する」(最近成人した)「動詞」で、已に/早々に誤解です。それにしても、勝手な「キャンセル」で、損料は発生しなかったのでしょうか。意図/意味不明です。
 まかり通ったと見えるのは、「人達」が、公道(Highway)の真ん中でのさばっているからであり、別に「まかり通って」いるのではありません。まかり通っているのなら、とうにどこかに着いているはずですが、どんより居座っているだけなので、何も変わらないのです。

今ネット上でもこの件とは関係なく、いろいろ情報が有りすぎてどれが本当で、どれがフェイクなのか 問題になっていますが

*「ネット」は「全く」無関係です。すべて真偽の判断が必要です。それにしても「有りすぎ」は賞賛か。困った風潮です。

ネットのない時代に (卑弥呼)年已長大→(卑弥呼)すでに年老いてる。のような間違った情報(解釈)がどうして拡散してしまったのか(まかり通ってしまったのか)? 私にはとても気になる疑問の一つです。

*疑問を持っていただけのはずが、いつの間にか、「間違っている」と一刀両断していて、奇怪です
 推定できるように、信念の人は「間違っている」と自省しないので、延々と俗耳、つまり、批判力のない一般の方に刷り込んで相伝しているからです。貴兄は、そのような祖師体制と縁が薄いと見えるので、ここでえらそうに「指導」しています。

 卑弥呼若年説は、とりあえずは、古田武彦氏の提言で有名であり、無断引用は失礼です。勿論、賛同している方は、一人や二人ではありませんが、何人いるか知らないし、身体検査もしていないので、数的にも量的にも、そして、一番肝心な質的にも、評価しようがありませんので、同説の評価に繋がる表現は控えます。

 以上の「先生」は、現代の日本語でも中国語でもなく、本来の意味である「先に生まれた年上の人」、「年長者」というだけです。古代中国語で、「老」は、豊かな知識をもち尊敬を集めている年長者という意味で大変な尊称です。

                                以上

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