新・私の本棚 鳥越 憲三郎 「中国正史 倭人・倭国伝全釈」肆 4/10
中央公論新社 2004年6月
私の見立て ★★★★☆ 労作 必読 批判部分 ★☆☆☆☆ 2023/02/21 2023/05/27 2024/02/11
*現代人の常識、晋代史官の非常識
以上で先触れしたように、陳寿始め、洛陽史官や同時代読者は、「公式街道が海に出る」など、一切念頭にありませんから、後に、狗邪韓国の海港から南に渡海する事態の予告として、ここで、「渡海」即ち「水行」なる新規概念を史書書法に従って導入したのです。
当たり前のことを言うのも億劫ですが、当伝に至るまで、公式街道の「水行」はなかったので、後段で「水行」を予告なしで持ち出すと、不当書法として排斥される危険、と言うか、確実な事態が想定されました。だから、そのように未曽有の特別事態に適合する特別な書法としたのであり、前例のない事態に、先例などあり得ないのです。
これも、言って聞かせるしかないのですが、異例の「水行」は、後に全行程総括で全工程を「水行」「陸行」と分類・明示するための前提であり、街道「陸行」区間と並行する街道のない「水行」区間を峻別した周到なものなのです。
素人には分かりますまいが、当時の官制は万事命がけだったのです。
*街道維持の責務~帝国の動脈/骨格
「陸行」区間の保全管理による期間厳守は、郡太守の責務であり、失態は更迭の危険をはらんでいますから、厳格な「陸行」区間と天候等不可抗力の遅延が許容される「水行」区間を区分したと見るのが「自然」です。
以上は、後漢瓦解の根源が「規律」、「法と秩序」の崩壊にあったと確信していた魏武曹操の遺令であり、孫の明帝曹叡も厳格に守ったと見るべきです。以上の大人の理屈が理解できないなら、勉学に励んで貰うしか無いのです。
*止まり木を選ぶ
と言うことで、鳥越氏は、ご自身の教養の不足部分を時代考証で補う労苦を厭われて、いずれか、先学の諸兄姉の教示を仰いだようですが、批判精神が行き届かなかったものと見え、不都合な「誤解」を継承しているため、師弟もろともに、「誤解」の泥沼に呻吟していて、誠に、残念です。以下同文は、略します。
因みに、「諸兄姉」と匿名ですが、(順不同で恐縮ですが)『中国太古/古代史分野に於いて学識豊かな白鳥庫吉、内藤湖南、貝塚茂樹、宮崎市定諸師、また、漢字学の権威である白川静師を代表として、中国史料に関して、当然教示を仰ぐべき諸師』は除外されます。もし、鳥越氏が、ご自身の見識の由来を述べることを忌避されたのなら、その理由を明記する義務が有るものと推察します。
*余談~南岸航路の疑問
鳥越氏は、暢気に、韓国西海岸を経て南端の狗邪韓国に至ると「異説」に唱和していて、口ぶりは明快ですが、素人目にも、それでは、西岸の南方、耽羅までの難所が、何かの奇蹟で乗り切れても、南岸は別の難儀であり、理解に苦しみます。
率直なところ、「異説」の仮想船団が、なぜ、当時、往来が活発と推定される對海國を目前に、大きく北方に迂回して、狗邪韓国に入港したのか不可解です。当経路は、当方の想定外で深入りしませんが、途轍もなく不思議です。
いえ、この難点は、「異説」の唯一の難点ではないので、ここを言い抜けするのは、無意味です。もし、「異説」を主張されるのであれば、先に述べた頑固な難点を克服する必要があります。
*隋書「俀国伝」参照
当方の好まない後世文献参照ですが、周知の隋書「俀国伝」によれば、隋使裴世清は大型の帆船で航行し、狗邪韓国故地に立ち寄らず、對海國後裔と知れていた對馬を経てか、一大国後裔の壱岐に乗り入れていますから、操船/操舵困難な外洋航行用帆船を、無理に、狗邪韓国旧地に寄り道する必要は無いのです。手漕ぎ船では、帰途が一段と困難です。安全、確実な陸路を踏破する行程の果てに狗邪韓国に着くから、そこから、対海国、一大国、末羅国と三回に分けて、手漕ぎの渡船の便船で渡る行程道里が書かれているのです。以下、末羅国で上陸して、本道、つまり、陸上行程に戻るのです。
つまり、数世紀先行する、航行能力で未発達な「用船」が、難所に乗り入れて窮する可能性の高い航路を、貴重で、しかも重大な、つまり、目方と嵩の大きい荷物を積んで、未知の難航に挑んだかと、人ごとながら大変不可解です。
余所様の提案のボロ隠しは、ご辞退申し上げます。
未完
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