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2023年4月21日 (金)

新・私の本棚 古田武彦 「倭人伝を徹底して読む」 里程・戸数論 3/5 追補改訂

大塚書籍 1987年11月 ミネルヴァ書房 2010年12月 2020/10/30 追補改訂 2023/04/21
 私の見立て ★★★★★ 必読書 批判するなら、まず読むべし

〇「誤差」の意義
 氏の慎重な対応にあっても、素性が不確かな数値に不確かな計算を施した結果は「誤差」では論じられないのです。世間には、こうした不確かな計算結果を、多桁表示する豪傑も、結構多数いますから、氏は、むしろ、妥当な対応を心がけているのですが、それでも、感心しない言い回しが見られます。

 六倍に隔絶した「里」を問う際に誤差論は、実は、些末/無意味です。

〇図上推計の不合理
 近来、氏の考察と同様に壱岐島の現代地図から、方四百里に基づく推定を行った論者は、一里五十五㍍と見ています。先哲の手法を無断模倣した提言を新説と説くのは、非科学的、無礼ですが、かくなる暴論が世に出るのは、氏の壱岐島考証が、学術的に不安定だった事を物語っているのです。

〇「方里」解釈
 それはさておき、根本的で「深い」のは、韓地、壱岐島「方里」解釈です。
 氏は、まず、韓地「方里」を正方形図形を示すものと解し、後に、四辺形と訂正しましたが、これは、氏の早計です。
 「方里」に関する誤解は、誤解した解釈の方が、すらすら分かるような気がするので、誰も陥る陥穽です。とは言え、それに、ご自身が気がつかないとしても、身辺に数字に明るい人がいさえすれば、助言が得られたはずですが、助言が得られなかったのか、得られても、自説に反するものは耳に入らなかったのか、他人には分からないことです。
 いや、そうした話は、ざらにあるので、古田氏が特にどうこう言うべきものではないのです。

〇面積表記の「方田」
 漢代算術教科書「九章算術」に従えば、「方」は、「面積」表現です。まずは、正方形に始まり、長方形、台形、果ては、円形などの耕地の各部寸法を測量して面積を計算する計算手順、面積公式を示しています。例えば、台形であれば、周知の通り、長辺と短辺を足して二で割り高さをかけるのです。このような面積公式は、精緻なものと見えますが、実は、実務上の運用では、融通無碍であり、要は、四辺形に見立てた田地の縦方向(従)と横方向(廣)の長さの「平均」を求めて、積算すれば良いのです。いや、「平均」と見ると、何カ所か実測して、平均計算するように思いがちですが、要するに、田地の中央部を平均的と見て、そこで、従廣を測れば一度ですむのです。実際の田地の形状に多少の個性はあっても、多少の見立て違いは、数が増えれば相殺されるので、概して、そのような測量方法で、用が足りるのです。

 但し、個別の耕地の面積計算は、「歩」に基づくので、「方歩」で記帳されたものと思われ、面積単位体系では、「畝」、「頃」に換算されるものとも見えますが。ここでは、飛ばすことにします。
 そのように計測された個別の田地の面積を、韓地なり、一支国全体で積算すれば、それぞれの耕作地面積が得られるのです。積算の途中で「方歩」から「方里」に、「方里」のなかでも、「方十里」、「方百里」、「方千里」の桁での計算が行われるはずですが、ここでは省略します。

 少し復習すると、現実世界では、農地が幾何学的に厳密な図形であることはなく、また、面積測量に、さほどの精度は必要ない、と言うか、別に大まかでも良いので、四辺形らしい形状の農地であれば、中心部基準で縦横の概寸を測量して、「縦」(従)掛ける「横」(廣)で「面積」計算すれば、十分だったのです。むしろ、精度の高い測量をしようにも、全国各地に多桁計算を理解している、数字に強い村役人は揃わなかったのです。

 因みに、「九章算術」は、円形、扇型などの形状を例題で述べていますが、それは、例外的に現れるだけで、大半の農地は、方形で開発されていたので、すらすらと測量、記帳、面積計算できたのです。

〇国力指標としての「方里」
 と言うことで、伝統的に教育されている「方」は、正方形、四辺形に限定されるものでなく、不規則な外形の領域も、収穫高に関係する「面積」(畝や頃)で表すのです。つまり、肝心なのは耕地面積であり、要は、「方里」は、土地台帳に基づいて、管轄地域の耕地面積を足し合わせたもので、地域の農業生産力、国力を直裁に表現しています。それが、例えば、韓地「方四千里」の意味です。

〇「方里」深読み~不確かな論拠の棄却
 「方里」の精測は、難易度が高く、計数が結果を左右して、大変不安定です。
 壱岐島「方四百里」は、一辺一里の「方里」四百個を縦横二十個並べます。山地、海岸部を除く中核部が五㌔㍍四方なら一辺二十里、一里二百五十㍍となります。
 さて、記事には、島に課税対象「良田」が少ないとあるので、中核部たる領地の十分の一、十㌫を良田として台帳計上すると、耕作地は、千五百㍍四方、一辺二十里となり一里七十五㍍、つまり、倭人伝里に誘導できます。と言うものの、「方里」の原理から、そのようにして得られる「里」は、道里乗りとは無関係なのです。こじつけは、あきらめてください。

 以上の通り、「方里」は、領域見立てが不確かで、更に、道里とは別系統で別種の不確かさを有する資料であり、途中の自乗計算で誤差が大きくなるので、一段と不確かであり、結局、氏の里程論の論拠には、不適切とみます。

 「方里」は、領域外形を示すものではないから、勝手に等辺四角形を想定して幾何学的にその一辺を里数計算に適用するのは本来、不合理なのです。

 「方里」が、農地の面積合計とすれば、根拠は、土地台帳の戸別農地の積算であり、改めて計算しなくても、当然、国王/国主が把握しているものです。そして、あくまで概算ですから、別に、一の桁まで精査しなくても良いのです。

 言い換えると、「方里」は、面積単位であるから、これを、次元の異なる「道のり」の「里」、「道里」に起用するのは誤りです。いや、史学会なべて同様なのですが、そもそも、陳寿は、面積「方里」を、道里の「里」と混同されないように、記法を変えているのですから、その真意に従うべきなのです。

*方里の確認
 因みに、韓地諸国は、概算とは言え戸数が示されていますから、既に戸籍が導入されていて、各韓国から帯方郡に「方里」が報告され、郡が、韓地方里を合算したものと見ます。韓地の外形を推定するには、耕作地占有率を想定することになり、その際、別系列の戸籍の数字を利用するので、いくら工夫しても、漠たる想定にしかならないのです。

 強大な高句麗が「方二千里」と韓地の半分に過ぎないのは、所領が高山深谷が多く、農業不適地が大半と書かれているためであり、強力な騎馬軍団を擁した高句麗には、広大な牧草地や馬場があり、その実質的な領域は、韓地に劣らなかったと見ますが、農地で国力を評価する中原政権には、そのような耕作不適な土地は、価値のある土地でなく、一切国力に貢献しないと見ていたのです。

 いや、古来日本列島は、全体として、耕作可能な平地が三割程度に過ぎないので、平地の多い中原の基準を適用して、諸島の外形面積から農地面積を推計するのは、過大評価に結びつき、不適当とされていたものです。つまり、中原の黄土平原は、耕作可能地が多いので、領域面積から「方里」を推定できたと思われます。もちろん、中原領域では、克明な戸籍、土地台帳が普及していたので、東夷のように、臆測を重ねる必要は無かったのですが、史料の表面だけ追いかけていると、ついつい、機械的な基準適用で、判断を誤ってしまうのです。ご自愛ください。

 この点、陳寿は、東夷伝諸國の領域面積から、農地面積を推定するのは、誤解に陥るものと見て、東夷伝に、「方里」を多用したものと見えます。つまり、東夷の領域は、農地に基づいて課税しても大した税収はないので、帯方郡、楽浪郡は、別の基準で収入を得る必要があると述べていることになるのです。

                                未完

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