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2023年4月29日 (土)

新・私の本棚 松尾 光 「現代語訳 魏志倭人伝」 弐 陳寿論 1/2 再掲

 新人物文庫 .KADOKAWA/中経出版 Kindle版
 私の見立て ★☆☆☆☆ 史料批判なき風聞憶測 2020/08/02 2023/04/29

〇はじめに
 当記事は、本書に追記された「陳寿論」に関する批判である。
【Q】『魏志倭人伝』の著者・陳寿とは何者か
【A】『魏志倭人伝』の著者である陳寿については、『晋書』巻八十二にその伝記が載せられている。このほかには格別の資料もないので、筆者の解説をまじえて、『晋書』の陳寿伝の語るところを紹介しよう。

〇史料批判なき筆者解説
 一見客観的な書き出しから流れ出す評言の大半は、俗説流布の根拠不明の誹謗中傷であるが、著者は、俗説風聞の史料批判を行わず、無造作に風評に追随し、最後に、個人的信条に筆を撓(たわ)めて敷衍し、結局、世上の誹謗中傷を正当化して結んでいると見えるのである。勿体ないことである。

〇蜀漢誤伝
 蜀の建国の意が示されていないのは、不用意である。蜀漢の視点から言うと、「漢高祖以来の伝統を継承していた漢朝が、逆臣曹氏に滅ぼされたので、蜀の地で漢の正統を保った」のであり、単に三国鼎立の最弱国ではない。建国以来、漢と自称していたのを、敵は「蜀」と呼び、創業皇帝劉備を先主、継嗣劉禅を後主と、皇帝から地方領主に格下げしたのは、魏晋朝の正統宣言による。

 陳寿は蜀漢の士人、史官として育成され、亡国の後、司馬氏の晋に仕官したが、蜀こそ正統の意識は保っていたのである。従って、陳寿編纂による「三国志」の「蜀国志」である蜀書は、蜀漢史官の視点で書かれているのである。また、呉書は、東呉孫氏政権の史官の呉書稿を、基本資料として採用している。

〇蜀漢亡国事情
 蜀は、皇帝劉禅が晋軍魏軍の前に開城降伏したため、臣下官人は、多くが身分、職を保つことができた。勿論、皇帝の代わりに魏の任じた太守が君臨し、旧蜀漢高官は職を免じられたが処刑されたわけではない。当然、旧来蜀官人は、新来魏官人の下につくが、亡国でその程度で済んだのはむしろ幸運である。

 因みに、諸葛亮の後継として蜀軍の北伐を指揮した姜維は、後主劉禅の指示に従い侵攻軍に降伏した後、敵の指揮官鐘会の戦後処理の補佐を務め、魏軍の内紛によって戦死したが、敗軍の将として刑死したわけではない。

 著者の余談に悪乗りしたが、蜀人の資質を論じたかったのである。

〇千石の米、一膳の飯
 千石事件については、古田武彦氏が冷静な解釈を発表している。千石の米とは、後世、室町時代や江戸時代に、沿岸航路で大量千石の米を大型帆船で運んだように、とんでもない大量の米である。一方、千斛(石)の米の価値は、言うまでもなく莫大である。無理に例えるなら、数千万円の価値である。

 金に飽かせて、功名のない父親の伝を正史に立てさせるというのが、どれほどの罪悪か思い知らせたのであり、賄賂で動かないと公表したのに等しい。当の兄弟も、大金を惜しんで無理押ししなかったし、この相場では、以後、持ちかける相手は出なかっただろう。一罰百戒である。

〇冤罪と誤断
 著者は、現代風経済観念から、莫大な賄賂なら陳寿も動いたろうとの評価のようだが、憶測による冤罪も良いところである。
 陳寿誹謗の記事にすら書かれていない「史実」を独自創作して、史論にあるまじき筆踊りである。ことは、筆曲がり、筆撓めを越えている。

 春秋時代以来、司馬遷を代表として、時には、皇帝の指示に刃向かって、文字通り馘首も怖れないという、伝統的な史官の根性を見くびったものである。

                                未完

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