新・私の本棚 秦 政明「三国志」里程論 「市民の古代」 第15集 2/2 再掲
「三国志」における短里・長里混在の論理性 市民の古代研究会編 新泉社 1993年11月刊
私の見立て ★★★★☆ 古田短里説の限界を示す 2020/02/16 2023/05/09
*「受命改制」の政治思想
ここで、秦氏は、里制は、国家制度の一部であり、「受命改制」の制詔に応じて、自動的に改変されたとしています。しかし、いずれの制詔記事を見ても、里長が(大幅に)改変された記事は見当たりません。
里制は、拠点間道里の単位にとどまらず、土地所有制度で常に参照される面積単位である「畝」に連動していて、里を一/六に短縮すれば、土地台帳の全面書き換えが必要なのです。そして、台帳の一/六換算は、当時の実務上の計算手段では、不可能です。いや、無理して、計算不能を脇に置いても、計算結果に小数端数が必然的に発生し、土地台帳書換は、国家として実施不能、亡国の失政ですが、そのような記録は一切ないのです。仮に、「受命改制」の号令が発せられたとしても、全国各地で、実務を行うためには、具体的な指令が必要であり、それは、そもそも、厖大な字数を費やす上に、全国に布令するためには、多数の地点に発令されねばなりません。つまり、厖大な公文書が発信され、結果として、各地の土地台帳が改訂されるため、それに要する文書は、厖大ですから、何の跡も残さないはずはないのです。
思うに、国家儀礼の変更は、専門家を動員し、国費を費消して実施できても、国家の基盤を成している土地制度改変は、国家制度に危殆を及ぼすこと無くしては不可能です。まして、仮に全国の全土地の台帳記載を書き替えられたとしても、当該農地への課税は変えられないので、農民に対して、税率の説明が付かないのです。
そして、そのような制度改定は、国庫に対して何の恩恵もないのです。
色々不審な点を述べましたが、このように実務を伴う制度改定が、何の形跡も残さなかったと主張するなら、どのようにして、そのような制度改定が為されたか、理路整然と論証する義務が、古田氏に発生していたのです。
*秦制の考察
ここで、秦始皇帝の制詔が例挙されますが、合理的な解釈では、それまで各国で異なっていた諸制度を廃し、秦制度を厳格に敷衍するという宣言であり、貨幣制、度量衡も、秦制の徹底と見るべきです。秦が長年行ってきた諸制度を廃棄し、自身、「法令」を悉く書き替える難題になり不合理なのです。
秦制を他国に敷衍したのであれば、自国内制度は維持するので、官員を割いて諸国に派遣し、厳格に徹底すれば良いのです。
ただし、各国においては、旧来諸制度が撤廃され、官民もろとも多大な努力で秦制に適合する桎梏に喘ぎ、それ故に、二世皇帝の治下、諸国で大規模な反乱が相次いだと見られるのです。確かに、軍縮により多数の常備軍が撤廃されて、厖大な失業軍人を吸収するのに、寿稜造成という名の雇用創出政策しかなかったとしても、思うに、このような大規模な反乱は、土地制度の改変による増税に対する農民層の不満が、初因と思われるのです。
それはさておき、全国的に土地制度改変が、大規模な反乱決起に到るということは、後代の諸統治者に知られていましたから、そのような「改制」は、なかったと見るべきです。
〇総評
秦氏が多大な労力を投じた史料考察は、空を切っています。『「三国志」における短里・長里混在の論理性』は、早合点の誤解です。
本来、「地域短里」は、全国里制、普通里がいかなるものか、一切主張していないのを見逃しているのです。「地域短里」は、『「魏志」の特定部位で限定的に有効』という意味での「地域」であり、地理的な概念を指しているのではないのです。そして、「倭人伝」道里の解明と言う「地域」内の議論に有効との端的な主張だけであり、これを論破することに、史学論としての意義はないのです。
〇まとめ
以上、秦氏の論考が、古田氏の論説の短所を補強しようとしたため、大変無理なこじつけを行っていることの指摘です。
本記事公刊以来、長い年月が経過していますが、「魏晋朝短里」説、と言うか、「三国志統一里制」説が収束/終焉していないのは誠に残念です。今や、氏は、「いまだに地域短里を一切認めない守旧派の専門家」とされているのではないかと危惧するのです。
以上
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