« 新・私の本棚 張 明澄 季刊「邪馬台国」第12号 道里行程論 新解 4/9 | トップページ | 新・私の本棚 張 明澄 季刊「邪馬台国」第12号 道里行程論 新解 2/9 »

2023年6月26日 (月)

新・私の本棚 張 明澄 季刊「邪馬台国」第12号 道里行程論 新解 3/9

「一中国人の見た邪馬台国論争」 好評連載第二回 梓書院 1982年5月刊
 私の見立て ★★★★☆ 泥中の真珠再発見 2022/12/01 部分改訂 2023/01/15 2023/06/07, 12, 19, 21, 23~26

㈠道里記事
▢緒条(書き起こし)
 從郡至倭、…
 其北岸狗邪韓國、七千餘里。

➀對海条
 度一海、 千餘里、至對海國。
  其大官曰卑狗、副曰卑奴母離。
  所居絕㠀、方可四百餘里、… 有千餘戶、… 乖船南北巿糴。
②一大条
 南渡一海、千餘里、名曰瀚海、至一大國。
  官亦曰卑狗、副曰卑奴母離。方可三百里。
 多竹木叢林。 有三千許家。… 亦南北巿糴。
③末羅条
 渡一海、 千餘里、至末盧國。
  有四千餘戶。…

④伊都条
 東南陸行五百里、伊都國。
 官曰爾支、 副曰泄謨觚、柄渠觚。有千餘戶。
  丗有王、皆統、屬女王國、郡使往來常所駐。

 /餘旁國開始/
  ・奴条
    東南至國   百里。   官曰兕馬觚、副曰卑奴母離。有二萬餘戶。
  ・不彌条
    東行不彌國  百里。   官曰多模、副曰卑奴母離。有千餘家。
  ・投馬条
    南 投馬國  水行二十日。官曰彌彌、副曰彌彌那利。可五萬餘戶。
  ・邪馬壹条
    南 邪馬壹國 女王之所。
     *[官有伊支馬、次曰彌馬升、次曰彌馬獲支、次曰奴佳鞮]  ───┐
                                           
 /餘旁國終了/                            

▢結条(まとめ)
 都水行十日陸行一月。                                ↑ 
  官有伊支馬、次曰彌馬升、次曰彌馬獲支、次曰奴佳鞮)     ───┘

 可七萬餘戶
 自女王國以北、其戶數道里可得略載、其餘旁國遠絕、不可得詳。 
  次有……、此女王境界所盡。
 *[自郡至女王國萬二千餘里]    ───┐
                               ↑   
㈡風俗記事
狗奴条
 其南有狗奴國。……                ↑
   (自郡至女王國萬二千餘里)  ───┘
 男子無大小皆黥面文身。...... 所有無、與儋耳朱崖同。

倭地条 (倭国総論)
 倭地溫暖、冬夏食生菜、皆徒跣。......
 居處宮室樓觀、城柵嚴設、常有人持兵守衛。

*お断り

 以上の区分、条題、句読、小見出し、用字の大小は、本論限りの便宜的体裁(私見)である。
 また、道里記事結条の輻輳の復元は、当ブログ筆者の私見である。
 風俗記事の「狗奴条」、「倭地条」の区分は、水野祐氏の卓見に従ったものである。
 「東アジアの古代文化」1987秋・53号 『「魏志」倭人伝をめぐって』
 言うまでもなく、版本の選択による国名の異同は、本件論義に影響しない。

                               未完

« 新・私の本棚 張 明澄 季刊「邪馬台国」第12号 道里行程論 新解 4/9 | トップページ | 新・私の本棚 張 明澄 季刊「邪馬台国」第12号 道里行程論 新解 2/9 »

季刊 邪馬台国」カテゴリの記事

新・私の本棚」カテゴリの記事

倭人伝道里行程について」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 新・私の本棚 張 明澄 季刊「邪馬台国」第12号 道里行程論 新解 4/9 | トップページ | 新・私の本棚 張 明澄 季刊「邪馬台国」第12号 道里行程論 新解 2/9 »

お気に入ったらブログランキングに投票してください


2024年2月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29    

カテゴリー

無料ブログはココログ