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2023年6月26日 (月)

新・私の本棚 張 明澄 季刊「邪馬台国」第12号 道里行程論 新解 2/9

「一中国人の見た邪馬台国論争」 好評連載第二回 梓書院 1982年5月刊
 私の見立て ★★★★☆ 泥中の真珠再発見 2022/12/01 部分改訂 2023/01/15 2023/06/07, 12, 19, 21, 23~26

*誤解の起源
 要するに、張氏は、戦前、戦中の日本時代の台北で「皇民教育」を受けたはずであり、英語は敵性、使用禁止とした「日本語教育」で育ったのであるから、カタカナ語は習ったものではなく、恐らく、成人となった後の付け焼き刃であろう。戦後の中華民国統治下では、日本語は、旧敵国語であって、むしろ排斥されていたと思えるので、氏が日本語の教養をどのように高めたかは、後世の日本人の理解を絶しているはずである。
 もちろん、氏は、伝統的な旧字旧仮名遣いで育ったのであり、引き合いに出したカタカナ語を日本語として正確に理解し、表現できているとは思えない。
 と言うものの、現代日本人も、中高生時代に、英語を基礎から習ったものの、正確に履修した保証はなく、カタカナ語を見て、原典の英単語を想定して的確に理解できるとも思えない。何しろ、現役高校生あたりでは、就職したときに実生活で必要としない「英語」は、試験に落ちない程度に流すだけだという手合いが結構多いから、そのように世に出ている書き手と張明澄氏が、ともに良い塩梅の理解しかしていない言葉を論理の中核に据えたのでは、何がどう伝わるのか到底確信できないと見るのである。

 張氏は、当記事を思いつきの随想として書いたわけではなく、編集部も、そのような冗句(ジョーク)と解していないはずだから、この下りは、何とも理解に困るのである。

 長々と余談めいたお話が続いて、さぞかし、読者諸兄姉には、退屈であったと思うが、部分的な結論としては、本論の課題は、古代中国語文の解釈であり、そこにうろ覚えのカタカナ語を持ち込むのは、根本的に筋が悪いのである。言ってしまえば、それだけである。

◯倭人伝分析:各国「条」論義 基本的に「紹熙本」に準拠。句読随時。 伊都国以降一部改善 2023/06/19~26
 と言うことで、当ブログ記事では、以下、氏の教示を、大いに参考にしつつ、原文に即した地道な解釈に努めるものである。
 と言うか、本稿は、実は、当家の道里記事論の最新集大成なのである。張氏の掲示に気づいて、書きためていた構想を形にしようとしたものである。張世澄氏が読めば、勝手に、人の発言をこね回すと言うだろうが、当方にしてみれば、氏の見解は、当方の所説の重要な要件であって、総てではないのである。無名の素人が、意見を公開する際の礎石にさせていただいたのであり、決して、尊敬の念を書いていたのではないのである。
 言い訳はさておき、ここに開通した道里論は、張氏を含め、先賢諸兄姉が一顧だにしなかった「径」(みち)を露呈した、いわば、原典回帰の意見なので、この場を借りて、批判を仰いだものである。

 この部分は、ここに置くのが適切かどうかはよくわからないが、ブログ連載記事のページ割の関係で、ここに「空き」が生じたので、急遽書き上げたものである。将来、再編成するときに、生き残るかどうか不明である。

                               未完

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