私の感想 毎日新聞 囲碁 UP TO DATE 「AIとの付き合い、手探り」
AIとの付き合い、手探り 佐田七段「ワンパターンは危険」 2023/07/20
*始めに
本日朝刊の「囲碁AI」談義は、専門課が、担当記者の問いかけに適確に応じた興味深い掘り下げが聞けて、秀逸であった。引き合いに出すのも何だが、小生の同窓生である老論客(単なる「ド素人」)は、軽率にも、将棋が勝負の争いで明確なのに対して、囲碁は数の争いで、肝心の臨界値が時代に流された「コミ」で変動しているから、勝敗の敷居があやふやだと勝手に評していて、認識不足は正したものの、これが世間の見る眼かとあきらめたものである。
素人目には、将棋では、「リスク意識の無いAI」にとって、勝敗は一手の差であるから、当然「先手有利」との「定理」しか無いが、最終盤に至る「読み」では、自分の迷いやすい手筋、相手の間違いやすい手筋が入り交じって、一手、一手の手の「色合い」、質が違うので、安直な数値化を超えていると思う。
おかげで、名手・達人の争いは、最終盤に大差と評価されても逆転の道が至る所に潜んでいる。時には、まだ先が長いと見えても、回復の余地も可能性もないと見えて、淡白に幕を閉じているように見える。
素人考えで恐縮だが、AIが、偽物でない本物の「知性」を言うのであれば、(人の)知性を真似るべきでは無いかと思われる。古人に従うなら、指してだけ見て、人の考えか、そうでないか「区別」が付かなくなって、始めて、「知性」と認知されるものである。
*「コスパ」で幻滅
当記事は、専門記者が、専門家に念入りに相談して、丁寧に書き上げた力作であり、味わい深いものであったが、締めの部分で、当の専門家が、「コスパ」なるインチキカタカナ語を持ち込んで、結末が尻すぼみと見えた。
その道の専門家が言うのだから、分母に来るべき「コスト」は、使用料などでは無く注ぎ込む思考努力だろうが、個人差が厖大なのにどうやって数値化するのだろうか。例えば、当方は、囲碁に関しては、ド素人である。
また、分子に来るべき「パフォーマンス」は、何を数値化するのだろうか。獲得賞金額なのだろうか。いかにも、即物的で興ざめである。
対局中に、囲碁AIを援用することはできないから、専門家の内部にある「棋力」に貢献する事だろうか。それをどのように数値化するのだろうか。あるいは、複数の囲碁AIを比較して品定めしたのだろうか、不思議である。
分母も分子も不明では、囲碁AIの「コスパ」の科学的評価は不可能と見える。専門家の数値化明細を知りたいものである。
*「囲碁AI論」待望
冒頭にあるように、世間には、囲碁の勝負は数値で示される成果が「コミ」で調整されるから、確固たる勝敗判断が存在しないと感じている素人野次馬を見受ける。将来、AIによって整理された挙げ句に、先手勝率が高いことになりコミを変えるとなると、議論の芯がずれてしまうように思う。
将棋界では、羽生善治永世七冠が、かねてより、人工知能が将棋界に及ぼす影響に至言を示しているが、囲碁界は、まだ、人と人が対局する舞台が、AIによってどのように影響されるかについて、定見が出せていないように見える。もっとも、将棋観戦記では「ソフト」評価値など、前世紀の概念が目だつから、将棋界の技術評論の大勢は、まだ、AIに対応できていないとも見える。
*締めくくり
いや、当記事は、全体として、囲碁界が、AI論に於いて着実に歩んでいるようにも見えるが、タイトルで自認されているように、結末がもう一つである。
全国紙の専門記者には、今後とも、深く切り込んだ考察を求めたいものである。
以上
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