« 新・私の本棚 渡邊 徹 「邪馬台国への道 ~熊本・宮地台地…」 14/14 三掲 | トップページ | 新・私の本棚 渡邊 徹 「邪馬台国への道 ~熊本・宮地台地…」 12/14 三掲 »

2023年9月 2日 (土)

新・私の本棚 渡邊 徹 「邪馬台国への道 ~熊本・宮地台地…」 13/14 三掲

邪馬台国への道 ~熊本・宮地台地に眠る失われた弥生の都~ Kindle書籍 (Wiz Publishing. Kindle版)(アマゾン)
私の見立て ★★★★☆ 力作 ただし勉強不足歴然 2019/03/30 追記 2020/05/19,2021/03/27,2022/01/17,2023/09/02,2024/07/03

*加筆再掲の弁
 最近、Amazon.com由来のロボットが大量に来訪して、当ブログの記事をランダムに読み囓っているので、旧ログの揚げ足を取られないように、折に触れ加筆再掲したことをお断りします。代わって、正体不明の進入者があり、自衛策がないので、引きつづき更新を積み重ねています。

*魏使のおもてなし 承前
 続けて、離船上陸時に、「貴人」を歩かせたと決め込んでいますが、乗り物、車にも輿にも駕籠にも橇にも乗せず、膝栗毛させたと断定する根拠が不明です。中国で、貴人は自分の脚を地面に下ろさないのが当然としたら、倭地でも同様だったから何も書いていないと見るべきでしょう。

 中国には、太古殷代から戦車があり、周代には公道を走る四頭立て馬車があったのに、「倭人」に車がなかったと決めつけるのは理解できません。「牛馬なし」と言っても、一切飼育されていなかったと断言すべきものではなく、大人が馬車を活用しなかったとは早計のようです。
 例えば、魏使到着に合わせて、半島から馬車を送り込むことも可能だった筈です。超超重要人物なら、その程度の「最大限のおもてなし」も「おかしくない」はずです。いや、別に大受けして笑えと言っているのではないのですが。

これはもう魏という国に対する屈辱ととられても仕方がない行為です。

 重大発言ですが、賓客を歩かせても「屈辱」などではなく、馬代わりに踏みつけられた時にでも「屈辱」を感じたら良いのです。
 古代士人にとって、恥辱は命を顧みずに晴らすべきものでしたから、その時は、殿中で勅使に切りつけるのか、接待指南役に切りつけるのか、いずれにしても、逆上して仕損じず「必殺」してほしいものです。
 もっとも、魏の側では、現地で死ぬことまで想定して、帯方郡官人を魏使として送り込んでいるのです。漢代以来、西域に送り込まれた、各百人規模の使節団ですが、派遣先で、いきなり使節の首を斬った国もあるのです。それも、一度に限らずです。その地では、敵対の可能性のある使節は、まず、使節を斬首するものだったようです。そのような惨事を起こさないために、軍を通じて身元調査し、伊都国に精鋭の先遣隊を送って魏使の安全を確保したでしょうが、それにしても、数万戸の戸数がある、つまり、数万人の動員力の有る蕃夷ですから、百人を送り込んでも、安全の保証にならないのです。

対馬國や一大國でも同様なことは行われていました。(中略)そんないつ沈んでもおかしくないものに生活を依存するのは間違いなく危険でした。
 船がいつ沈んでもおかしくないと杞憂に耽ると、海峡渡海も南北市糴も成り立たず、半島沿岸長途航行は論の外の極みです。何かの「間違い」でしょう。
 因みに、運搬や移動に船を利用できないとしたら、島人は皆餓死してしまうのです。無責任な放言です。多少、分別を働かせていただきたいものです。例えば、年間、多数の死傷者が出ている「自動車」ですが、「いつ死者が出るか知れない」としても、万人の生活はそのような移動手段に依存しているのです。ものごとは、白黒両断でなく、価値評価して採否を決めるべきです。


 それにしても、「半島沿岸長途航行」を絶対否定するのにここまで待っていたとすると、氏は、中々食わせ物ということになります。二枚舌が史官の基本とすると、氏は、「史官」の鑑かも知れません。

*独り合点の記
すなわち一律数値誇張仮説が正しければ、邪馬壹國は熊本市南部地域であるということが事実をもって示されたのです。
ところが実際には一〇倍といういかにも不自然な倍率のときにかぎり、たった一つだけ矛盾のない経路が存在していたのです。

 仮定は仮定、結果は結果、どこに論理がつながるのか示すべきです。
 「実際」「事実」は、氏の意見であり、史書に一切示されていない
ので、何が自然で何が「不自然」か、読者には理解できません。
 善良な読者には、矛も盾も見えていません。多分、氏の脳内世界の備品なのでしょう。
 別に述べたように、当時の算数能力では、十倍以外のかけ算は大変むつかしく、十以外の割り算はとてつもなくむつかしいのです。十だけは、単位の付け替えだけで計算が要らないので「自然」なのです。


もし(中略)サイコロを振って(中略)たまたま上手くいく場合があったにしても、それがこんなにぴったりした倍率になるなど確率的にあり得ません。
すなわち―――魏志倭人伝の距離が一〇倍に誇張されていたというのはほぼ一〇〇パーセント確実なのです。

 結果論に負けは無いとしても、「倭人伝の行程道里が間違っている」という論証はされず、また、史官が信条を放棄し、同僚も併せて家族共々刑死する危険を冒して万事を増倍し、史書稿を改竄した動機は、示されていないのです。まして、史官が、史書を神頼みのサイコロで決めていたとも思えないのです。それとも、筮竹、おみくじの「神頼み」でしょうか。
 原則として、事は、論理で決するべきでは無いでしょうか。

*縁起担ぎ
 松本清張氏を初め、倭人伝に登場する数字が、奇数の大変多い偏ったものになっていることを重大視して、縁起担ぎで、奇数が多い、作った数字に書いたと断じている例がありますが、それは考えが浅いというものです。
 蛮夷の地の道里や戸数のように、憶測でしかない概数を扱う時は、ずらりと敷き詰めた数字を使うのでなく、切り良くするために、一,三,五,七,十、十二と言った具合に、階段のように飛び飛びにして、概数の目を、事態相応に粗くするのも、史料に憶測の介入を防ぐ、大切な行き方なのです。
 史書の僅かな記事から、このような現象を見出す松本清張氏の眼力は尊敬にあたいしますが、僅かな資料から、飛び飛びの数字の背景まで見通せなかったとしても、それは仕方ないことです。

*陳寿擁護
 陳寿は史官であり理知の人ですから、公式史書に、何の方針もなしに実態と関係ない「虚構」を書いたとは思えません。
 書いたとすれば、緻密な「増倍」戦略によって十倍としたはず
で、確率論は意味ないのです。どんな方針があっても、勅命があっても、虚構のための虚構は書かないと信じますが、それはそれとして、無意味な虚構を書くと思えないのです。
 史官の使命感は、後世人の遊び半分の数字遊びには関係ないのです。
 「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」、重責にある者の倫理観を後世の安穏な者が安易に語るべきではないのです。
 しかして、論理にも何にもなっていない、空虚な行が続いています。
                                未完

« 新・私の本棚 渡邊 徹 「邪馬台国への道 ~熊本・宮地台地…」 14/14 三掲 | トップページ | 新・私の本棚 渡邊 徹 「邪馬台国への道 ~熊本・宮地台地…」 12/14 三掲 »

新・私の本棚」カテゴリの記事

倭人伝道里行程について」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 新・私の本棚 渡邊 徹 「邪馬台国への道 ~熊本・宮地台地…」 14/14 三掲 | トップページ | 新・私の本棚 渡邊 徹 「邪馬台国への道 ~熊本・宮地台地…」 12/14 三掲 »

お気に入ったらブログランキングに投票してください


2025年5月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

カテゴリー

  • YouTube賞賛と批判
    いつもお世話になっているYouTubeの馬鹿馬鹿しい、間違った著作権管理に関するものです。
  • ファンタジー
    思いつきの仮説です。いかなる効用を保証するものでもありません。
  • フィクション
    思いつきの創作です。論考ではありませんが、「ウソ」ではありません。
  • 今日の躓き石
    権威あるメディアの不適切な言葉遣いを,きつくたしなめるものです。独善の「リベンジ」断固撲滅運動展開中。
  • 倭人伝の散歩道稿
    「魏志倭人伝」に関する覚え書きです。
  • 倭人伝道里行程について
    「魏志倭人伝」の郡から倭までの道里と行程について考えています
  • 倭人伝随想
    倭人伝に関する随想のまとめ書きです。
  • 動画撮影記
    動画撮影の裏話です。(希少)
  • 卑弥呼の墓
    倭人伝に明記されている「径百歩」に関する論義です
  • 古賀達也の洛中洛外日記
    古田史学の会事務局長古賀達也氏のブログ記事に関する寸評です
  • 名付けの話
    ネーミングに関係する話です。(希少)
  • 囲碁の世界
    囲碁の世界に関わる話題です。(希少)
  • 季刊 邪馬台国
    四十年を越えて着実に刊行を続けている「日本列島」古代史専門の史学誌です。
  • 将棋雑談
    将棋の世界に関わる話題です。
  • 後漢書批判
    不朽の名著 范曄「後漢書」の批判という無謀な試みです。
  • 新・私の本棚
    私の本棚の新展開です。主として、商用出版された『書籍』書評ですが、サイト記事の批評も登場します。
  • 歴博談議
    国立歴史民俗博物館(通称:歴博)は、広大な歴史学・考古学・民俗学研究機関です。「魏志倭人伝」および関連資料限定です。
  • 歴史人物談義
    主として古代史談義です。
  • 毎日新聞 歴史記事批判
    毎日新聞夕刊の歴史記事の不都合を批判したものです。「歴史の鍵穴」「今どきの歴史」の連載が大半
  • 百済祢軍墓誌談義
    百済祢軍墓誌に関する記事です
  • 私の本棚
    主として古代史に関する書籍・雑誌記事・テレビ番組の個人的な読後感想です。
  • 纒向学研究センター
    纒向学研究センターを「推し」ている産経新聞報道が大半です
  • 西域伝の新展開
    正史西域伝解釈での誤解を是正するものです。恐らく、世界初の丁寧な解釈です。
  • 資料倉庫
    主として、古代史関係資料の書庫です。
  • 邪馬台国・奇跡の解法
    サイト記事 『伊作 「邪馬台国・奇跡の解法」』を紹介するものです
  • 隋書俀国伝談義
    隋代の遣使記事について考察します
  • NHK歴史番組批判
    近年、偏向が目だつ「公共放送」古代史番組の論理的な批判です。
無料ブログはココログ