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2024年2月 8日 (木)

新・私の本棚 番外 「古賀達也の洛中洛外日記」 第3217話

 「東西・南北」正方位遺構の年代観 (3) 2024/02/05
                                                                                        2024/02/08 公開

*はじめに~おことわり
 当「日記」には、古代史を巡る話題に対して、従横を極める精力的な執筆に、愛読者として毎回感服しているのですが、今回は、お話の滑り出しで「すべって」いて、首を傾げました。

 記事引用:東西方向については春分・秋分の日の、日の出と日の入りの方向を結ぶことで東西方向を確定できます。この観測により、古代人は東西方向(緯線)を求めたと思われます。南北方向(経線・子午線)はこの東西線に直角に交差した直線であり、北方向は北極星により定めたと思われます。

 コメント:
 同様な「誤解」が、結構蔓延しているので、題材にさせていただきました。

 ある地点で、簡単に東西南北を求める手順は、以下の通りです。

 まず、広場に1㍍程度の棒を立てます。言うならば、日時計です。

 晴天日に、棒の影の頂点を描いていくと、影が一番短くなる点が、南中点です。棒の根元と結べば、南北線、子午線が求められます。

 南北線決定は、晴天日で良く、春秋分を待つ必要はなく、北極星確認も必要ないのです。ちなみに、春秋分を知るのは、高級課題でしょう。

 棒の根元で南北線に直交する垂線を立てれば、東西線です。縄の両端に棒をくくってコンパス代わりにする東西線作図は初級課題です。

 地形の事情で日の出入方向が不明でも、東西南北が決定できます。

 例えば、著名な纏向では、生駒の山嶺で日の入り方向がハッキリせず、そもそも、三輪山が聳えていて、日の出の方向は、一段とはっきりしません。

 よろしくご一考いただければ幸いです。

                                以上

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