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2024年2月15日 (木)

新・私の本棚 宮﨑 照雄 「邪馬台国の最終定理ー理系学者が読み解く… 2/2

 『魏志』倭人伝と邪馬台国の所在地」(22世紀アート) Kindle版 2022/11
 私の見方 ★☆☆☆☆ 前車の轍にのめり込み、前途遼遠 2024/02/15 

◯駆け足審査~目次に倣うコメント入り
はじめに
第一章 魏の答礼遣使団の来訪
   天子が蛮人に答礼とは、けったいそのものである。
  補考 魏の一里は何メートルか?
   中国史料の解釈を誤っている。
   史料の裏付けの無い「魏の一里」は、不合理であり、棄却すべきである。

第二章 「順次読み」の筆法

   伊都国に終着する道里記事構成を読み取れていない。
   行程は、目的地まで順次読むしかない。圏外/場外は、論外である。

第三章 「南至邪馬壹国女王之所都水行十日陸行一日」

   世上溢れている「誤読」、「誤解」に陥って、袋小路にのめり込んでいる。

第四章 女王の都する所の「邪馬壹(臺)國」を考える

   二重誤釈である。魏志に「邪馬台国」は、存在しない。
   「女王の都する所」も、誤解である。

  (一)「邪馬」を考える(二)「臺」を考える(三)『魏志』倭人伝の「邪馬壹」を考える
   先行文献に基づかない「オリジナル」な主張は、無意味である。

第五章 「邪馬臺國」へのアプローチ

 (一)侏儒国の解明補考 侏儒国と隼人の墓制を考える
    道里記事解釈とは別件である。後日別審議すべき題材である。

 (二)「倭地」「周旋可五千餘里」を解く
    見当違いの誤釈に陥るのは、文意が読めてないからである。

第六章 「邪馬臺國」はここだ!

   魏志に「邪馬台国」は、存在しない。
   道里記事に対し誤釈が続いているから、無意味な議論である。

第七章 黒歯国はどこか?

   道里記事解釈とは別件である。後日別審議すべき題材である。

第八章 「自郡至女王國萬二千餘里」・「計其道里當在會稽東治之東」を読み解く

   「自郡至女王國萬二千餘里」  公孫氏の深意を見誤らないことである。
   「計其道里當在會稽東治之東」 道里記事は、伊都国で完結している。

  補考 「會稽東治」は「会稽郡東冶県」の誤記ではない
   根拠なき史料改竄は、支持できないと言えば、一言で十分である。

第九章 「計其道里當在會稽東治之東」と邪馬台国在畿内説


第十章 「南至投馬國水行二十日」

   道里記事解釈とは別件である。後日別審議すべき題材である。
   「水行」の解釈は、特別な注意が必要である。

第十一章 『魏志』倭人伝の一箇の誤植を了解すれば、邪馬台国に確実に到れる

   一箇所自説に合わせて改竄/創作すれば「オリジナル」な「正解」を得る
   という論法は、「読み解く」ものでなく、はなから「不正解」である。

                                以上

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