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2024年2月 6日 (火)

新・私の本棚 正木裕 邪馬壹国の歴史学 8「短里」の成立と漢字の起源 2/2 三掲

 ミネルヴァ書房 古田史学の会編 2016年3月刊   記2019/02/17 再掲2020/11/11 2024/02/06
私の見立て ★★★★☆ 重要 

*無意味な例証
 注釈(7)に「九章算術」(勾股)の問題と回答が例示され、これを解くには、丈里換算が必要と書かれていますが、これは氏の誤解です。
 実際は、求める山高(丈)が、近傍の木高(丈)の何倍かを求める計算であり、山・木・人の「離度」は、計算式で相殺され「無次元」になっているので、短里、長里、現代の公里のどの里制でも、丈尺で求める山高計算に一切関係しないのです。
 ここで、現代風に図解すると、直感的に単位混在と見えてしまうのですが、当時、図解の弊風はなく、「丈尺」と「里」は、別ものと知れているので、明快なのです。
 本題で誤解が生じるとすれば、それは、図解された図上の測定単位は同一であるべきだ」という理念によるものであり、古代の当時、そのような図解の弊害は知れていたからなのか、図解は採用されていなくて、解答、解説は、文字のみです。

有山居木西、不知其高。山居木五十三里、木高九丈五尺。人立木東三里、望木末適與山峰斜平。人目高七尺。問山高幾何。
答曰 一百六十四丈九尺六寸、太半寸
術曰 置木高減人目高七尺、餘、以乗五十三里為實。以人居木三里為法。實如法而一、所得、加木高即山高。

 本題は尺里換算など不要な数学演習であり、それで誤解されなかったということは、尺寸と道里の単位系使い分けが厳然と行われていて、混乱がなかったという状況証拠であり、本題に依存する本論の里制変更仮説は根拠を失うのです

*文帝明帝相克~幻想の終焉
 氏は、曹魏第一代皇帝文帝曹丕に「里制変更」帝詔を求めてその形跡を見いだせ、後継した明帝紀の改暦記事/帝詔につけを回そうとしたようですが、記事を拡大解釈するなどの禁じ手を使わないと証拠を言い立てられなかったようです。それは、論証に使えない臆測でしかないのです。

 確かに、明帝曹叡は、武帝曹操、文帝曹丕がなし得なかった「新たな創業」を歴史に刻もうと、三国鼎立の戦時に拘わらず、多大な国費を費消して新宮殿を造営していた」ようですが、そのような情勢で、国家の存立を危うくする里制改革など、一切目論んでいなかったと見えます。当時、皇帝は絶対的権威を持っていたものの、気骨のある重臣は、皇帝の暴政に対して、生命を危うくする諫言を上奏していますが、皇帝の里制改革に対して諌止奏上した例はないのです。また、国内各地で発生したであろう反抗も記録されていないのです。
 更に決定的なのは、正史である晋書に、そのような変革が魏朝から継承され、晋朝で廃止されたとの記録も、一切ないのです。
 特に、晋書「地理志」は、周代以来の諸制度変遷を通観、回顧していますが、魏朝に於いて、全国里制が改革されたとの記事はないのです。

 氏は、『明帝時に里制変更があったという記事が無くても「なかった」と言い切れない』と強弁していますが、里制変更記事が、魏晋代正史になかったとしても、実際に「なかった」と「絶対に断定できない」』となれば、もはや、それは史学ではないのです。

*最後の最後

 正木氏は、本論に不退転の意気で取り組んでいるらしく、記録のある「三百歩一里制」が、周朝以降長く実施されたと云いつつ、殷代記録がないのを良いことに、それ以前は、別の里制が敷かれていたと無法に主張するのです。
 殷代半ばになると、突然、文字史料が発見されていますから、それ以降の国家制度については、推察することができますが、それ以前の制度「殷制」(商制)は、何も史料がないので、そもそも、制度が実在、実施行されていたかどうか不明なのです。殷は、武力平定主義と見えますから、実力行使したものの、殷制の普及、文字、計数の教育浸透など、未開諸国の教育馴化に取り組んだとは見えないのです。

 考えるに、周は、文明未開、無文の種族が、何れかの時点で、殷の臣下となって、開明し、ついに「西伯」と呼ばれる高官の地位に就いたから、国内制度は殷制に従っていたと考えるべきです。また、殷の文字を授かった以上、殷暦と殷制を遵守するように強いられていたはずです。かってに、里制を定めることなど、許されていなかったはずです。

 殷周革命、克殷というものの「すべて殷制のお下がりであった」はずです。と言うことで、殷周革命の後、里制改廃などなかったと見るべきです。

 氏は、殷代里制なる大胆な仮説は「可能性が高い」無根拠で確信されているようですが、『正史、ないしは、正史に準じる文献資料は、書かれているままに読解く』と云う史学の基本原理を失念されたように見えます。もちろん、可能性は皆無ではないので、それが0.001であろうと、感性で「高い」と見るのは、その人次第であり、余人の口を挟むことではないのは承知していますが、何か、途方もない考え違いをされているとしか見えないのです。

 氏は、最後の最後に捨て台詞を残されていて、未発見の周代物差しなどが発見されたら、確証の不足は解消するとか、果ては、遺物が出れば、いつ「短里」が廃止されたのかまで判明するから、それ以前には短里が敷かれていたと実証できるという、どこかで聞いたような「タラレバ」山師論に堕して見え、痛々しいのです。
 国家制度の施行/改廃に関する公文書史料がないまま、仮想した「周代物差し」や架空の遺物が露呈しても、それは、文字史料に支持されない虚妄に過ぎず、そのような虚妄は、史学に反するので、早々に/あるいは、あらかじめ捨て去るべきでしょう。

                                完

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