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2024年4月17日 (水)

毎日新聞 歴史の鍵穴 地図幻想批判 4 1/3

 私の見立て☆☆☆☆☆                       2016/02/17 再掲 2024/04/17
 =専門編集委員・佐々木泰造

*加筆再掲の弁
 最近、Amazon.com由来のロボットが大量に来訪して、当ブログの記事をランダムに読み囓っているので、旧ログの揚げ足を取られないように、折に触れ加筆再掲していることをお断りします。

◯はじめに
                       斉明西征の意味
                       国生み神話に共通点     

 当記事は、毎日新聞夕刊の月一連載囲み記事であるが、当ブログでの批判記事は初出ではなく、これまでは、月一連載が出る度に「合わない鍵穴」と題して突っ込みを入れていたのだが、どうも、筆者のお耳に入っていないようなので、座り直して、書評を上げることにした。

 今回も、特にあたらしい突っ込みはないのだが、お浚いをかねて、批判させていただく。 

日本書紀崇拝
 まず、素人ながら気になるのは、当記事筆者は、「日本書紀」記事を「真に受けて」いることである。
 往年の大学者のように、日本書紀は全て事実の裏付けのない創作とまでは言わないが、こうして、論考をまとめる際には、どの程度信用すべきかの史料批判、内容確認はすべきと思う。当人一人の勘違いが、百万読者に、権威ある定説として伝わるのである。

女帝西征夢想
 今回の一連の記事は、斉明女帝の博多入り行程を取り上げているが、これほどの国家上げての大事業でありながら、ちゃんとした記録が書かれていないのには驚く。
 いや、当ブログ筆者は、守備範囲を離れて、日本書紀の原文を取り出して、記事の裏を取るような労力は取りたくないので、記事に書かれた内容を批判するのである。
 要約すると、当記事には、断片的な出発、到着の記事はあるが、女帝以外に誰が同行し、全体として、どのような陣容、人数が随行したのか、途中寄港地はどこだったのか、記事の要件が脱落した、断片的なゴミとみた。

 日本書紀編纂の際にも、編纂者は、当時存在していた資料を捨てて、あえて断片的な記事にしたとも思えないので、何らかの事情で、記録に不備があったとみるのである。それでも、記事として残さざるをえないのであり合わせの断片を継ぎ合わせたのだろう。当然、継ぎ合わせた元の史料が正確だったという保証はない極めて、疑わしい記事とみるのが、科学的な見方ではないだろうか。
 そうした断片的な記事の欠落部分を、後世のものが想像をたくましくして埋めるのは、科学的なものではない

 日本書紀編者に言わせたら、わからない、責任を持てない部分は飛ばして書いたのに、「書いていないところを勝手に推定して、書紀記事を非難するのは、お門違いだ」とでも言うだろう。

 ここまでの連載記事で言えば、当記事筆者は、斉明女帝が松山市付近に二ヵ月滞在したとしているのである。ここで「松山市付近」と「二ヵ月滞在」の二点は、それぞれ、いずれも根拠の乏しい憶測でしかない。それぞれ、史料での裏付けがあるわけではないとみた。
 それを、確実な事項のように考察の基礎に据えて展開されているのが、一連の記事であるから、きれいに言うと砂上の楼閣である。とても、科学的な論考ではない

 当記事の著者は、「二ヵ月滞在」したのは、「戦勝祈願」、「潮待ち、風待ち」、「日時待ち」などの理由があったのではないかと言うが、推定の事項に現代人の推定を重ねたのでは、もはや、憶測の極みとしか言えない。それは、科学的な論考ではない。

 素人考えながら、かりに業界の定説となっているとしても、「松山滞在」は、確実な史実とは思えない。確実に検証されない限り、不確かな推測である。

 専門に調べたわけでもないので深入りしないが、知る限り、現地に地名は残らず、海岸沿いに古代良港の遺跡が見当たらないことから、どこか、別の場所と取り違えた可能性が高いとみている。先だって触れたように、斉明女帝の行幸先にふさわしい「行在所」(仮御所)らしき遺跡も見当たらないようだ。

反乱の的
 ここで、「行在所」というのは、最高権力者の滞在場所には、厳戒態勢が必要であるということである。つまり、「反乱」の可能性も踏まえてのことである。少なくとも、斉明帝の軍事関係者は、このような手薄な地点でに長逗留して合流部隊を待つことの恐ろしさを感じていたはずである。

 当時、まだ、誅滅された物部氏や蘇我氏といえども、各地の一族が健在だったはずだから、警備手薄とみて、来襲する可能性がある。

 また、大軍だったと思われる北部九州で待機している遠征部隊の動向も気がかりである。こうした臨戦態勢の部隊の反乱の恐ろしさは、周知の通りである。

 何しろ、国内的に反乱と言っても、半島を支配している「大唐」「新羅」に迎合して投降すれば、身分は安泰なのだから、この状況での反乱は、かなり成算の高いものと見えたはずである。
 こういう状態だから、斉明女帝がだらだらと長逗留すれば、旗下の諸隊の不信を招くだけでなく、帰順した輩まで寝返りを思いかねない。

 端的に言うと、そのような長逗留はなかったものと考えるのが順当な考証というものである。

未完

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