毎日新聞 歴史の鍵穴 地図幻想批判 6 日吉大社の悲劇 2/2
天智の宮と聖武の宮 日吉大社とつながる
=専門編集委員・佐々木泰造
私の見立て☆☆☆☆☆☆ 「無法な」ホラ話 2016/10/19 再掲 2024/04/17
*加筆再掲の弁
最近、Amazon.com由来のロボットが大量に来訪して、当ブログの記事をランダムに読み囓っているので、旧ログの揚げ足を取られないように、折に触れ加筆再掲していることをお断りします。
*8世紀の技術考証
話を元に戻すと、当時、方位の決定方法として、太陽の南中をもって真南-真北とし、その線に垂線を立てることによって、東西の線を得ることは特に困難ではなかったと思う。(小難しく見えても、要は、真っ直ぐな木の棒を立てる際に、天辺から錘付きの糸を垂らして、それに合わせて棒を立てると言うだけのことである。ちょっとした大工仕事で必ず柱の垂直なのを確かめているから、家が傾いて立つことはないのである。基本の基本である。)
つまり、季節に関係なく、その土地の東西南北を正確に知ることができる。
四分割した方位を二分割して八分割にすることは容易であり、更に二分割して、十六分割にすることも、さほど困難ではない(子供でも理解できる手順である )から、8分方位や16分方位は、お説の8世紀でも利用できたと思われる。(未開だった3世紀でもできたと思われる)
また、このような方位決定に必要なのは、太陽の南中方位だけであるから、水平線への日の出、日の入りを観測できない場所でも問題なく可能である。季節も、全く関係しない。(子供でも理解できる手順である)
言うまでもないが、そのような方位の求め方は、地上や紙上での作図によるものだから、せいぜい数㌫の精度である。
また、大変重大なことなのだが、そのような方位は、作図したその場で決定されるだけであって、全周360度とした0.01度単位どころか、1度単位でも、別のどこかでその方位をそのまま利用することは、ほぼ不可能であったと思われる。
だから、ある地点で、精密な方位角を求めても、無意味なのである。
ついでながら、そのような方位線を得たとして、例えば、日吉大社から見通しのできない伊勢神宮内宮の方角が、360度のどの方角にあるか知ることはできないのである。
*8世紀の測量考証
いや、ここまで、記事筆者が高精度の方位線に固執しているから、このように徹底的な掃討戦になるのであって、8世紀においても、地点間の方位の「概要」を知ることは不可能ではなかったと考えられる。
8分割で「北」とか「東南」とか言う程度の方位感であれば、方位図とその地点の南中線を重ねれば、その地点の方位は知ることができるのである。(子供でも理解できる手順である)
例えば、日吉大社から伊勢神宮に至る街道が曲がりくねったものであっても、見通しの利く範囲に区切って、その都度行程距離と方位を記録して丹念に補正を繰り返せば、誤差が積み重ならない測量も、大変な労苦ではあるものの、不可能ではなく、二地点間の大まかな方位関係は得られるはずである。
簡単に言えば、大津宮が恭仁京のほぼ北にあることは、当然知られていたはずである。
と言うものの、「日吉大社の西本宮と伊勢の外宮を結ぶ線が紫香楽宮の中心建物の約2㌔㍍南にある甲賀寺跡を通る」など、当時の誰も知らない/知り得ないことである。知らない/知り得ないことに依拠して、何かの位置を決めることはあり得ない。
*測量技術の時代限界
測量は、誤差とのつきあいが不可欠であり、8世紀には8世紀の、18世紀には18世紀の測量が行われたはずである。そうした理解無しに、結果だけを捉えて、0.01度の精度で論ずるのは、子供だましの言い草であり、はなから非科学的と言わねばならない。
記事筆者の大いなる誤解は、「そこで高精度を言い立てるのは、不可能事項を可能だと力説している」のであり、記事の信頼性を地に落としていると言うことである。地図も、8世紀の知識では、このように精密に描けるものではないのである。精密に描き、その根拠を現代に求めると言うことも、また、天下の公器、毎日新聞の記事の信頼性を地に落としていると言うことである。恐らく、原稿無審査で掲載できる特権の持ち主なのだろうが、それなら、それに値する自己審査を怠ってはならないのである。
あるいは、奈良盆地の山中、つまり、水平線の見えない場所での日没の方位を高精度で論ずるのは、科学的思考を知る誰が見ても、非科学的と言わねばならない。
非科学的な論法を、科学的な装いで粉飾して一般読者に押しつけるのは、早急に止めるべきである。
と言うことで、今回も、ため息をついて、当記事は非科学的なものであり、ダメだと言わざるを得ないのである。折角のご託宣が、もったいない話である。
以上
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