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2024年4月20日 (土)

私の本棚 大庭 脩 「親魏倭王」 三掲 6/12

 学生社 2001年9月 増訂初版 (初版 1971年)
 私の見立て ★★★★☆ 豊かな見識を湛えた好著 2018/05/26 補充 2020/06/24 2022/12/13 2024/04/20
 最初に見立てを入れるのは、以下を非難と取られたら困るからである。

*加筆再掲の弁
 最近、Amazon.com由来のロボットが大量に来訪して、当ブログの記事をランダムに読み囓っているので、旧ログの揚げ足を取られないように、折に触れ加筆再掲していることをお断りします。

*古田氏の後漢書論
 古田氏は、「現存史料を最も尊重すべき」との原則であるから、『後漢書に「邪馬臺国」と書かれていることを、論考無しに否定することはできない』のである。いわんや、誤記/誤写論を自制している。それが、手際が悪いと見える「後漢書」史料批判になっているから、大庭氏の意見は妥当と思える。
 つまり、古田氏の『「邪馬台国」はなかった』論が、『「倭人伝」に「邪馬台国」はなかった』とするにとどまっている最大の論敵は、古田氏自身なのである。もちろん、古田氏の諸般の提言が、すべて正鵠を得ているわけではない。

*景初三年論義~私見
 続いて、著者が力説の『「景初三年」が「倭人伝」に「景初二年」と書かれている』問題に挑んでいるが、ご自身が最大の論敵のようである。

*順当に解釈した両郡回復
 氏は、陳寿「三国史」東夷伝韓伝の「景初中、明帝密かに....二郡を定めしむ」「密かに」を適確解釈し、東夷伝の「淵を殺す。又、....楽浪、帯方の郡を収め、....」の「又」を、「その後」と解さず景初二年と解することができると適正に紹介する。
 文意の解釈は、まずは文脈、次いで、文献自体から、深意を解するのが理性的な判断であり、辞書解釈の蹉跌に囚われるのは、愚策という教えである。

*「遅れた下賜物発送問題」の解を求める
 著者は、景初二年説不採用の理由として、制詔は二年十二月なのに皇帝のお土産が正始元年に発送されたのは一年後で遅れていることを挙げる。「景初二年」派は、それは、大量のお土産の品揃えが、前皇帝明帝の服喪によって、大きく手間取ったとしていると見ているが、氏は不同意である。

*順当な読み解き~エレガントな解
 私見では、大量の土産の送達途次の確認に、多大な月日がかかったと見る。何しろ、伊都国に到る行程の輸送への動員指示に対して確約が揃うのを待ったと見える。文献記録はないが、実務として当然の手順と思う。
 洛陽の指示により郡が行程諸国の確認を得るのに一年ないしはそれ以上かかるのは、むしろ当然と言える。郡文書の受領、復唱の期間は、道里記事の「都(都合)水行十日、陸行三十日」基準でも、数か月を要しても無理ないように思える。前例のない大規模な輸送/移動、宿泊、饗応であり、施設の整備、人員、資材準備に、近隣で口答指示が可能とは言え、労力を費やしたはずである。
 一説に従い、遠隔架空で文書連絡がない奈良(纏向)王城に指示確認を仰ぐなら、途上各地の手配確認の交信に要する日数は見当がつかない。神懸かった快挙と主張するなら根拠を示していただきたいものである。
 大庭氏の「景初二年」説難詰は紙上武断であり、決定的でないように思われる。

*景初三年説死守の起源~私見
 奈良(纏向)王城を根拠とする遠隔国家運営、長途隔絶では、そもそも、景初二年六月に郡に参上は、到底不可能であるため、せめてもとばかり、明帝没後の景初三年を死守していると見える。まして、途方もない長距離移動/輸送が、所望の期間に確約できたとは思えない。できれば、景初四年と言いたいのであろうが、景初は三年で打ち止めなのである。本当に、派遣可能と信じているのだろうか。

                                未完

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