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2024年4月10日 (水)

新・私の本棚 瀧音 能之 邪馬台国論争の現在地 歴史人10 1/3 再掲

OCT 2023  「日本の古代史が変わる!?」 ABC アーク
私の見立て★★☆☆☆ ひび割れた骨董品 学問劣化に警鐘か 2023/09/25 2024/04/10

*加筆再掲の弁
 最近、Amazon.com由来のロボットが大量に来訪して、当ブログの記事をランダムに読み囓っているので、旧ログの揚げ足を取られないように、折に触れ加筆再掲していることをお断りします。

〇はじめに
 速攻すると、瀧音能之氏は、本誌が委嘱する以上、「殿堂」物の権威ある古代史論者だろうが、「日本の古代史が変わる」雑誌で今どきの熱々の学説を語るのはお門違いではないだろうか。文字史料解釈に疎いのは困る。つまり、専門外の史料解釈をどなたから聞いて受け売りしているのか分からないが、ちゃんと裏付けを取る義務があると思うのである。

▢邪馬台国論争の現在地
 冒頭で「骨董品」と絶賛し、ヒビを埋め戻しているが、当評言は、ピアノ界不世出の巨匠ウラジミール・ホロヴィッツ最晩年の来日公演に呈された苦言であり、趣旨を酌み取って欲しいものである。

*数値化無き図形化の怪
 今回創出かどうかは分からないが、編集部制作年表は、研究史を縦書き表であり、表全体が右から左に流れるのは、現代風に見ると、奇観というか、むしろ、古文書の流れに即していて適切か。
 さらに奇観は、「畿内vs九州勢力グラフ」なる波打つ色分けが、どんな統計数値からグラフ化したか不明である。中央線の位置付けも神がかり、鬼道か。なぜ、こんなものに金を払わないといけないのかいや、「歴史人」誌は、世評の信頼の篤い媒体なので、編集部の手際に対して採点が辛いのである。他意はない。

 それにしても、段末の「近年は畿内説の支持が多い」とは、誠にいい加減である。「近年」とは、いつ頃からのことなのか、「支持」とは、支持者の頭数か、質量か、筋力か。「多い」とは単純多数か、何と比較したか。非論理的非科学的である。まして、「畿内説が優勢」とは、誰が誰に「惑わ」されたのか。全国各地で「街角千人インタビュー」でもしたのだろうか。
 
▢所在地論争の元凶!? 曖昧な記述も多い1級史料を読み解く
中国史書が描く「邪馬台国はこんな国」
[最新の定説はこれだ!]
*戦国時代だった倭国大乱の後30の国が集まる邪馬台国連合に
 氏は、班固「漢書」地理志から始めて、笵曄「後漢書」東夷伝の後漢初期記事に続いて「倭国大乱」の文字を取り出し「列島戦国」時代としている。
 当時、列島全体が、戦国時代の群雄割拠という記事は、後漢書にも「魏志倭人伝」にもない。単に、57,107年に代表者が遣使したのに、以後、百年にわたり定期的参上を怠ったのは、王(主)が無かったからである。笵曄は、美文愛好誇張趣味で、同時代人には読みやすいが、それを額面通り受け止めるのは「楽天的」に過ぎる。
 そのあとに、初めて格上の一級史料「魏志倭人伝」紹介で、「倭が互いに争い数千人が殺されたとある」とは、史料に根拠が無く、世間の野次馬から、錯乱されたのかと批判を招くように見える。

 関連記事は、以下二件であり、氏の根拠は不明である。氏自身が自覚しているように、「倭人伝」なる高度な教養を要求される文書に対して、氏の古代中国語文書理解力が「妖しい」のに「曖昧な記述も多い」とは困ったものである。「多い」とは、どの程度の数、分量、位置付けを言うのだろうか。「曖昧」とは、誰の意見なのだろうか。とにかく、「風評」、「臆測」が出回るのは、なぜだろうか。
1 其國本亦以男子爲王、住七八十年、倭國亂、相攻伐歴年、乃共立一女子爲王。名曰卑彌呼。(笵曄[後漢書]倭条:倭國大亂,更相攻伐,歷年無主)
2 卑彌呼以死、大作冢、徑百餘歩、徇葬者奴婢百餘人。更立男王、國中不服、更相誅殺、當時殺千餘人。復立卑彌呼宗女壹與、年十三爲王、國中遂定。
 複数の国主が妥協して卑弥呼を王に立て、国々が収まったのは1の後か。その結果、「邪馬台国連合」ができたとは奇態で、根拠不明である。因みに、当時の中国の辞書に「連合」はないから、定義無しに持ち込んでは、「時代錯誤」と言われかねないのである。
 ちなみに、一度敵対した諸国が「連合」を締盟したと仮定すると、そのためには、「全代表者が集いて血書連判/誓約する必要がある」が、互いに言葉が通じたとしても、互いに通じる文字が無く、互いに通じる共通「法」のない状態で、どのようにして「連合」できたのかねまことに不可解である。
 因みに、主要な国以外は、国に王なる代表者がいない政体であり、国主なる代表者を戴いているだけだから、国主が交替した後、代表者の盟約がどの程度有効なのか不明であるし、当座の代表者が結盟しても、構成国が代替わりした後も締盟が有効かどうか、誰も責任を持てない。そんな約束/盟約など無意味ではないか。余程の確証がない限り、そのような「思いつき」は、学術的に支持されないと見るものである。

 氏は、以上のように、どなたかが後世の歴史資料から拾い集めた概念を捏ね上げて「倭人伝」解釈に塗りたくっているように見受けられるが、どの項目を取っても、何の根拠も示されていないので、これでは、氏の憶測/個人的な感想を書き付けたものとなるのである。

                                未完

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