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2024年4月15日 (月)

新・私の本棚 番外 邪馬台国ブームに火をつけた男の情熱 1/2 再掲

 推定地今や50超.. 編集委員・宮代栄一 朝日新聞デジタル 2020年5月14日
私の見立て ★★★★★ 適確な紹介と論評     2020/05/27 2024/04/15

*加筆再掲の弁
 最近、Amazon.com由来のロボットが大量に来訪して、当ブログの記事をランダムに読み囓っているので、旧ログの揚げ足を取られないように、折に触れ加筆再掲していることをお断りします。

〇はじめに
 当方は、朝日新聞の購読者ではないので、掲載当時は気づかなかったのですが、十日ほど経って「邪馬台国の会」サイトの紹介で気づき、朝日新聞デジタルの会員記事を確認したのです。
 記事全体は、簡潔にして丁寧な構成であり、「まぼろしの邪馬台国」なるベストセラー書を世に送った宮崎康平氏の功績に、ふさわしい脚光をあてていて、当今のジャーナリズムには珍しく冷静な記事です。

*躓きの滑り出し
 但し、導入部の部分に、次のように、当節定番と言える誤解を振りまいて感心しません。
 日本古代史最大の謎といわれる邪馬台国。3世紀に編纂(へんさん)された中国の歴史書「三国志」の「魏志倭人伝」に登場し、当時の日本列島の国々の盟主的存在だった同国の女王・卑弥呼は、239年に魏へ使者を送り、金印や銅鏡を下賜(かし)されたと伝えられる。だが、その国のあった場所は、いまだにわかっていない。

 「魏志倭人伝」が三世紀に編纂されたとぼかしていますが、「倭人伝」の主要部分は、遅くとも260年頃までには書かれていたはずです。つまり、ほとんど同時代の記録だったから、本来「謎」などはなかったのです。当然、女王の居処は、知られていたのであり、当然、倭人伝に明記されているのであるから、「その国のあった場所は、いまだにわかっていない」などと泣き言を言うのでなく、「まだ読み解けていない」とでも正直に書くべきでしょう。
 「当時の日本列島の国々の盟主的存在」は筆が踊っています。「当時の日本」でないのはさすがですが、古代史用語「日本列島」は誤解を招きやすいので、丁寧に列島西部と言うものでしょう。当時「畿内」も吉備も盟主に仰いでいなかったと見ます。厳しく言うと「国々」も誤解を誘い不用意です。要するに、卑弥呼は、臣従している人々を支配していたのであり、「当時の日本列島の国々」などとは、書かれていないのです。
 「倭人伝」に従っていく以上、魏への遣使は、238年というものでしょう。不用意です。もちろん、「邪馬台国」も論外です。
 金印は、仮授されたもので、代替わりの際には、変換すべきものですから、預かり物だったのですが、銅鏡百枚は、確かに下賜されたものですから、違いがあるのです。
 
 いや、当節定番というように、記事を起こすほどの大問題ではないのです。

*解けない疑問
 最後が、大事な疑問です。本当に、「当時の日本列島の国々の盟主的存在」であったのなら、それにふさわしい栄誉で、「日本」の記録に末永く後継されたはずであり、その国のあった場所は不明の筈がありません。女王居処の場所が知れていないというのでしょうか。確かに、飛鳥時代の王居処は、知れていないことがありますが、少なくとも、飛鳥地域の内部と知れているのです。ここに説かれているのは、国内史料に一切登場しない「まぼろし」です。

 こう書かないと、記事が成り立ちませんが、一般読者に、日本列島には脈々たる系譜が刻まれているという誤解を植え付けるのは、大新聞の取るべき姿勢でないように思います。

〇 隠れた本題
 言い忘れていたようですが、記事本体部分には、特に文句はありません。
 そして、以下の論議は、記事自体に基づく批判ではありません。記事が引用する談話に触発された、重大な問題提起です。

▢無免許論議は禁止か
 末尾で鈴木靖民国学院大学名誉教授は、「アマチュア研究者が中国の文献である魏志倭人伝をきちんと史料批判するのはなかなか難しい」と論じます。
 まず、氏の世代が「なかなか難しい」と言う時は「事実上不可能」の趣旨の全否定、断言と酌み取るべきです。日本語といえども注釈が必要です。

 言うならば、無免許の素人は、公道を走るなと言うお叱りです。

*もう一つの無免許暴走
 しかし、冷静に眺めると、「アマチュア」研究者を倭人伝論議から排除すると言っても、当分野には、別の種類の無免許運転が横行しているのです。

*異分野での新境地順応
 国内古代史の研究者は、いかに権威でも、中国文献に関して適切な専門的知識がなければアマチュアであり、適確な史料批判は「大変難しい」のです。でありながら、一人ならず、尊大な態度で、頭ごなしに、中国史料の罵倒を繰り広げるから、「きちんと史料批判」などはなから無視していると見えます。
 要は、国内史料で形成した所説に反していると見てとって、山ほど「塩を撒いて」いるのですが、それは、権威者の保身であって、新参者の取る態度ではありません。
 これを、無免許運転と言わずにどうしましょうか。

 高名な歴史家である岡田英弘氏は、『三国史を編纂した陳寿は、同時代最高の教養を備え、古典書の語法に通暁した「史官」であり、そのような卓越した「史官」が身命を賭して編纂した正史を「二千年後生の無教養な東夷」である現代人が、安易な思い込みで「罵倒」するのは許されない』と解される警句を発しています。

 国内古代史の分野の碩学であっても、中国史書の解釈に不可欠な教養に欠けるのであれば、それは、異分野/異国における初心者/異邦人であり、それこそ、小学校に入り直す謙虚な姿勢が必要と思われます。

                                未完

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