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2024年4月 1日 (月)

新・私の本棚 坂本 光久 「新邪馬台国の研究… 1/4

…魏志倭人伝の漢字を読み解く」Kindle版 2024/03/13
 私の見方 ★★★★☆ 面目一新、されど前途遼遠  2024/04/01 

◯はじめに
 本書のダメ出しが大変むつかしいのは、論者が未熟で筆が泳いでいるから、的が定まらないのです。氏のブログ(中国語学習と邪馬台国研究と家電修理等)記事は、ブログで常の都度出しで、前後の「流れ」が読み取り困難で苦労しましたが、本書で面目一新しています。

 ただし端的に言うと、氏の用語表現の動揺と史料吟味の不首尾で疲れます。氏の初心が丁寧に説明されているのは貴重ですが、取り付きが妥当でも早々に混沌を呼び込んでいます。それは氏が提示した「倭人伝」回帰が、屡々、足を踏み外しているためです。史料所引が不安定で、原書に無い「邪馬台国」の是認は参照史料不明で困惑します。悪い子の真似はしないものです。
 出版社扱いであれば編集部でダメ出しされるので信用されるのです。

*混迷のはしり
 以下の展開も、学問的に基礎の確保されている/出版社編集の恩恵を受けている諸著作と世上にざわついている無検査/無保証のボウフラのような「バチもの」が同列視されていて、氏が、それらを一緒くたの泥沼に放り込んで、ネット上の風評ものを浚えて「世論調査」したのは愚行です。
 「世論調査」なら、サンプル設定と結果の評価、単純多数決か、個々の意見に重みを付けるか、つまり、数か、目方か、決める必要があります。

 以前、そのような背景で、某先人の意見に対して、数でないなら目方かと軽く揶揄したところ、通りがかりの外野、野次馬が、聞きかじりで「馬鹿」扱いして呆れました。「倭人伝」文章解釈は、古代中国史官言葉解釈が課題ですが、同時代日本人の文章を読み解けずに、よく口を挟むと呆れたものです。

 氏は、文意を前後関係も含めて解釈する主義と思うので、野次馬的な意見は控えられた方が良いのです。いや、日本史学界では、権威者まで野次馬発言乱発で真似させられても、好んで野次馬に同調する事はないと思います。

*「玉石混淆」の泥沼を行く
 氏も認識しているように、大抵のネット記事は、根拠不明、無根拠の風評推しで「絶対」相手をすべきではありませんが、本書では「一般的」「普通」の根拠であり、泥沼にもう一つ泥団子を持ち込むとの開き直りと見えます。
 ネット上の風評を十把一絡げして、泥の中に真珠が泳ぐのでしょうか。

 中国語で「玉石混淆」は、至高の「玉」と、それに続く貴石、宝石、準宝石とが入り交じる豊饒ですが、ネット上の混迷は、ドブドロに真珠が混じっています。バケツで悉皆せず、ざるで、泥水を棄て真珠を掬うべきです。
 氏の信条で世の資料/史料を悉皆するなら、よく味見してください。

*泥沼を脱する
 ということで、折角、氏が、正当な主張を論理的に展開しても、無意識に取り込む世上のゴミと道連れなのが残念で、勿体なくて、丁寧に論評したのです。別に、当方の「比定」を押しつけるのが目的でないのは自明です。
 要するにマラソンの給水ポイントに当たる確認点を設けて、依拠資料/著作を列挙し、読者を追随させて欲しいのです。
 時には、誤謬を指摘し転針を求めるコメントもあるかも知れませんが、それは、氏も歓迎していると思うので学術書定跡に立ち返って欲しいものです。

                                未完

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