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2024年5月 8日 (水)

倭人伝随想 2 倭人暦 社日で刻む「春秋農暦」2/3 再掲

                    2018/07/07  2018/11/24 2024/05/08

*加筆再掲の弁
 最近、Amazon.com由来のロボットが大量に来訪して、当ブログの記事をランダムに読み囓っているので、旧ログの揚げ足を取られないように、折に触れ加筆再掲していることをお断りします。

*社日の決めごと
 村々の指導者は、節気を起点とした段取りを描いた絵を持っていて、そこには、例えば、代掻きの手順は何日後と決めているものです。毎年、通達された太陰暦の月日ごとの手順を決め、手配りを描くのです。
 かくして、稲作指導者は、春秋社日に参集した村々の指導者に田植え、収穫の段取りを徹底し、それが、村の指導者から家々に徹底されるのです。
 つまり、社日の場で、春の農耕の段取り、手配り、ないしは、秋の収穫の段取り、手配りが決まり、それぞれの家は、集団農耕の職能を担ったのです。
 あるいは、集落に掲示板があって、文字はなくとも、木に縄を巻くなどして、月と日を広く知らせていたかも知れません。

 以上、村落で共同作業を行う図式を絵解きしました。

*職能「国家」
 「国家」と書くと物々しいですが、中国古代史では、「国」は、精々一千戸程度の集落であって、文字の描く通り、隔壁で守られているものであり、それが、一つの「家」となっていたという程度でしかありません、現代語の巨大「国家」とは、別次元の概念ですので、よろしく、ご理解頂きたいものです。

 大勢の手配りが必要なのは、田植えと収穫時だけであって、それ以外の時は、それぞれの家で決めて良いから、稲作は年がら年中団体行動というわけでは無いはずです。

 さらには、後世のように、それぞれの家が、農暦と農作の要諦を掌握していれば、自主的に稲作できるでしょうが、それにしても、村落各家に職能を割り振ることによって、村落の一体感を保つ効用が絶大だったのです。

*「春秋農暦」の意義

 かくして、年二回の大行事を定めて農暦画期としましたが、この制を素人なりに「春秋農暦」と呼ぼうとしているのは、学術的な「二倍年暦」という用語が、その由来を語らないからです。

*陳寿の編纂

 三国志編者陳寿は、「蜀漢」成都付近で生まれ育ちましたが、蜀に「春秋農暦」がなかったためか、農暦を知らず、長じて移住した晋都洛陽附近は、ほぼ麦作地帯で稲作風俗がなく、陳寿は、遂に春秋農暦の年二回の社日ごとの加齢を知らなかったので魏略記事の意義が理解できず割愛したようです。あるいは、中原教養人である皇帝以下の読書人に理解されないことを懸念して、割愛したのかも知れません。

*裴松之付注

 陳寿「三国志」に付注した裴松之は、長江下流の建康に退避した南朝「劉宋」の人で、稲作風俗を知っていたので、倭人寿命記事に関する陳寿の見落としに気づきましたが、本文改訂は許されないので、魏略記事を付注し、示唆したのでしょう。

 倭人伝に春秋農暦が明記されていないのは、魏使を務めた帯方郡の士人が「春秋農暦」育ちであったため、当然とみたためであり、魚豢「魏略」も、特記まではできなかったのでしょう。

                             未完

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