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2024年5月 1日 (水)

倭人伝の散歩道 2017 東夷伝 評の読み方 三掲

               2017/09/20 補正2020/12/20 2023/01/15 2024/05/01,05/03
*加筆再掲の弁
 最近、Amazon.com由来のロボットが大量に来訪して、当ブログの記事をランダムに読み囓っているので、旧ログの揚げ足を取られないように、折に触れ加筆再掲していることをお断りします。

◯はじめに
 「評」は、東夷伝「倭人伝」末尾に書かれていて、本来、東夷伝の一部と解すべきなのですが、大抵の「倭人伝」論では、忘却されています。

*評釈
 当方は、四十一字の字数に惑わされず、「評」として書かれた(重たい)意義を伝えたいのです。
 まことに、つたない解釈ですが、以下に私訳/試訳と所感を述べます。

*原文 (句読点等は、中国哲学書電子化計劃による)
 評曰:史、漢著朝鮮、兩越,東京撰錄西羗。魏世匈奴遂衰,更有烏丸、鮮卑,爰及東夷,使譯時通,記述隨事,豈常也哉!

私訳:
 評して言う。司馬遷「史記」と班固「漢書」は、朝鮮と両越を著し、東京(東漢/魏の洛陽)は西羌を撰錄した。魏の世に匈奴は遂に衰え、更わって烏丸、鮮卑があり、加えて東夷が使訳し時に通じたので事に随い変化を記述した。

*所感
 ここに書かれているのは、魏による司馬懿の公孫氏討伐、遼東平定によって拓かれた東夷新知識を記録した「倭人伝」が、中華文明史上に燦然と輝く史書であるとの自信/自負です。「魏志」掉尾の東夷伝は、画期的に意義深いので、冒頭に序文が書かれ、末尾に東夷伝に付された「評」が書かれたと見るべきです。

 念のため言うと、陳寿の時代、范曄「後漢書」は百五十年先ですから、影も形もないので、評価しようがないのですが、「東京撰録西羌」と言及しているということは、公式史書に近い存在として、史記「大宛伝」、漢書「西域伝」、そして、荀悦「漢紀」の西域記事に続く、後漢「西羌伝」が、鴻臚の文書記録から、「撰録」が編纂され、非公式に関係者に回付されていたということです。想うに、限られた分量とは言え、「蔡侯紙」(記録用紙)に恐らく、早書きの略字体で墨書した(簡牘巻物に比べて、圧倒的に細身で軽量の)読み物が存在したと思われます。
 魏の世に匈奴が衰え、代わって烏丸、鮮卑が書かれ、東夷から使者が来ましたが、四夷は早足で推移するから、都度書き留めねばならない、との慨嘆と思えます。

 陳寿の理解では、後漢代、特に、末期には、「東夷交流にさしたる事績の記録はなかった」ということです。(後漢献帝建安年間は、曹操の治世下にあったので、「魏志」の範囲と見なされているのです)また、暗黙の意見として、後漢末期から魏代にかけて、「西域交流にさしたる事績の記録はなかった」と言う事でもあります。

 後漢・魏・西晋の三世紀近い期間の洛陽三代(CE 25-316)を通じて、四夷来貢の度に鴻廬が歓待し礼物を渡し印綬を施した事例は、容易に書き尽くせないほど多かったはずですが、蛮夷応対の実務を担当した鴻臚の文書に、全て記録されていたのですが、史官が「本紀」に加えて、「夷蕃列伝」を著するのは、帝詔公布、使節往来など大事件があったときなのです。このように、陳寿は、慎重に言葉を選んで、寸鉄言としています。

*「三国志」の行程~考察追記 2024/05/04
 荀悦「漢紀」30巻は、後漢献帝(在位 CE 189-220)の諮問による正史に準じる官撰史書であるから、禅譲によって皇帝書庫を継承した魏朝に継承されていたはずであり、これに続く史書として、袁宏「後漢紀」30巻が編纂されたものと見えます。つまり、漢代四百年の「両漢紀」(全60巻)を残したものであり、言わば、漢朝最後の皇帝が、漢朝自叙伝として企劃し後に完成されたものとすれば、同代史の様式が示されているものと見えます。

 班固「漢書」は、高祖劉邦が天子となって以降二百年に及ぶ「歴史」の記録であり、歴代皇帝の伝記である「本紀」12巻に、高官有司の「列伝」70巻を加え、更に、資料集である「表」8巻・「志」10巻を追加して、「歴史記録」100巻の偉業を整えましたが、後漢献帝にして見ると、漢書を意のままに閲覧できるというものの、全巻(大量100巻の巻物)を身辺に置いて随時紐解くことなどできなかったので、座右の書を求めたものと見えるのです。

 陳寿が「三国志」の全容を構想した際に、言わば、漢朝創業者である高祖劉邦が最初に全天下を制覇し、代々伝統した、つまり、子々孫々に継承させた偉業を、最後の献帝劉協が、前後各30巻として構想したのを一つの規範としたと見えるのです。
 して見ると、陳寿は、漢書に続く史書としては、「魏書」30巻(最終的に、「本紀」4巻、「列伝」26巻)が構想の原点であったと見えるのです。以後、「列伝」に蛮夷伝をどれ程書き加えるかと模索した結果、「魏書」「西夷伝」は割愛し、「東夷伝」は、魏書の担当すべき、後漢献帝期以降、曹魏終焉に至る期間に、「評」が示唆しているように、画期的な事象が、雒陽に収蔵された公文書に記録されているので、これを、魏書巻末に「烏丸東夷伝」を設け、就中、魏朝が、東夷の極限の「倭人」を「親魏倭王」として中国の周縁に属させたという功績を明記したと見えるのです。
 ただし、魏朝「曹魏」は、遂に、天下を全て服させることができなかったことから、晋朝(西晋)に降服した東呉が公式史書として献上した韋昭「呉書」を、天子の承認を得た公文書として扱うことにより、蜀漢公式史書「蜀書」を受忍する先例を設け、最終的に、「魏志(魏書)」30巻、「蜀志(蜀書)」15巻、「呉志(呉書)」20巻の計65巻から成る「三国志」の体裁を整えたものと見えます。

 以上、あくまで、一介の素人の個人的な意見にすぎませんが、当人としては、陳寿の推敲の曲折を辿ったものと感じています。

*追記
 因みに、世の中には、この「評」が、「倭人伝」の不出来さを自認している』と解し、是を根拠として、『「魏志倭人伝」が、史書として拙劣である』と論じ立てている人がいるようですが、それは物知らずの勝手読みです。早々に、退場頂きたいものです。
 陳寿は、太古以来の史官の系譜を嗣いで「魏志」を書いた「自負心」/「使命感」を持ち、つまらない「評」を載せるはずがないのです。当世良く見られる個人的「レポート」の締めではないのです。

 史料は、先ずは、史料自身の文脈で読むべきです。二千年後生の無教養な東夷が、溢れるばかりの「無知、無教養」から廉恥心に欠ける視点で解釈するのは、論外です。

 因みに、当記事は、神の目で見て「評」が適切な評価であると言うのではありません。陳寿が、どういう趣旨で、何を書いたかと言っているのです。
 もちろん、個人の意見は、当人に固有なので、以上の趣旨に同意できないとして、それは当人の勝手です。

 時には、自明のことを明言したいのです。

                               以上

*再追記 2024/05/02
 恐らく、読者諸兄姉は了解されていると思うのですが、上記「追記」の動機は、『この「評」が、倭人伝の不出来さを自認していると解する人』と限定しているように、「何が何でも陳寿が大変不出来な文筆家だったと言い立てる」「野次馬」の「売り言葉」に対する「買い言葉」であり、当ブログ筆者が、ついつい、尊大な「陳寿像」を立ててしまったことは、コメント子の苦言を待つまでもなく、言いすぎであることは承知しています。ただし、陳寿は、当然、三国志の編纂という大事業について、「自信」というか「自負心」を抱いていたのであり、この点は、私見とは言え、別に誇張では無いと思います。
 また、コメント子が「自画自賛」の本来の意義を介しておられるかどうか不明なので、くどくど弁明すると、当ブログは「古代史」語法に還っているので、念のため説明する異にします。
 つまり、古来、「画工」は一種の職人であり、「文化」の下位に属するものなので、「画工」が、現代の観点で絶世の芸術家であっても、「画」は、経書でも、漢詩でもなければ、詩経でもなく、「文」として認められるためには、「讃」が伴わなければ、と言うか、「讃」を主役として、一歩引かなければ、世評を得られなかったという事態を、「自画自賛」に擬(なぞらえ)たものなのです。
 つまり、史書は、あくまで、記録文書の集約であり、史官は、文筆家としてでなく、文書職人としてしか評価されないので、「評」の形式で、感慨を述べたと見るのです。
 コメント子が、小文の文脈展開を軽視して、文章断片をかじりとって批評する「読みかじり」の風潮に染まっていなければ、さいわいです。

 

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コメント

早速の回答に感謝します。
 当方は、素人の後進者として、古田氏の思考方法に傾倒していますが、それというのも、何か、個人的に転がしていた議論が、実は、随分以前に古田氏から発表されている、と言う経験をしたからです。後追いばかりで、「負けました」と言うことです。
 今回の曹丕長大論批判は、卑弥呼の年齢推定が、氏の古代史大系の基礎と見えるが、当方としては、文献批判の段階で「間違っている」と思って、ここに発表しているのです。いわば、遅くなった「恩返し」です。
以上


 当方は、古田武彦氏に関しては、あなた様と同じように尊敬はしているが、問題もある点は
 指摘すべきと言う立場です。ハイ。

またまたのコメントありがとうございます。
 今回は、物わかりの悪い小生のために、丁寧に説き起こして頂き感謝します。
 まことにお説の通りであり、頭を垂れて、感謝致します。
 ついでながら、伺った内容は、ほぼ、古田武彦氏の著作で読んだ趣旨と相通じるものであり、その意味で、極めて高度なレベルにあるものと拝察します。
以上
 

 東夷伝が序文と評を備えた存在であることは、東夷伝が陳寿にとっては思い入れのある史書で
 魏志の中でも重要と考えていたことや多くの文人に読んでもらいたいと思っていたことを物語る。

 そのため、東夷伝序文と言うのは、
 陳寿の思い入れや社会や王朝について憂慮している内容、史書編纂で重要と考えていることを述べており、かなり私論が入り、鳥丸鮮卑東夷伝序文は北方や東方の民族に注意しないと中華文明が危険にさらされることに対する陳寿の警告が読み取れる。
 ですから、この序文から、陳寿は晋王朝以後の五胡十六国時代を予見していたとも言える。

評と言うのは、過去の王朝の評価や人物の評価を陳寿がして述べたものというのが主、
そして、それら王朝や人物、過去の史書に足りないものを述べている。ですから、東夷伝の評は史記や漢書に延べられなかった、無いものを記述すると述べている。

コメントありがとうごさいます。
ご意見はご意見として拝聴しました。
ご指摘の点は、勇み足でしょうが、「肯定的」な評であるといいたかっただけです。
東夷伝が序文と評を備えた存在だという見方については、同お考えなのでしょうか。
以上


  「豈常也哉」は「画期的なことである」などと言う陳寿の自負や自画自賛ではない。

 この文は「東方などの情勢が)どうして常なる(変化もしない)ことがあろうか!」 ほどの
意味で、「時代時代に即して史実を書く必要がある」と述べている。

 陳寿は、評で自画自賛や自負は、語りません。

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