新・私の本棚 邪馬台国の会 第381回講演「邪馬台国」論争 三 7/10
安本 美典 記2019/09/17 追記2020/10/06
私の見立て ★★★☆☆ 古典的卓見の現状確認
〇日本史権威の「素人考え」
案ずるに、日本史の権威である井上光貞氏は国内史書に対する態度として、「史書には必ず複数の有力な異本があるから、特定の現存版本に決め込まず、諸本を照合して本来の形態を見出すべきである」と教え諭されているように見えます。
しかし、国内史書ならぬ、中国正史である「三国志」は、陳寿の没後、西晋朝の命で、遺された確定稿を書き写して官撰史書として上申し、西晋帝室書庫に収納して以来、各王朝が代々国宝に準ずる扱いで厳格管理されたこともあり、二千年近い期間を歴た今日、残存する諸刊本に異本が極めて少ないと思うのです。
恐らく、『どこかの「三国志」異本に「邪馬臺国」とあるだろうから、はなから「邪馬壹国」に決め込まず、どちらが正しいか決めなさい』と言う大人の教えでしょうが、氏の予断に反して「邪馬臺国」と書く「三国志」異本は、一切存在しないので、諸々の異本を糾合して照合校勘しても、結論は変わらないと思います。この程度の素人考えはとうにお見通しで、言い間違えたのでしょうか。
〇佚文(逸文)考
ここで、俗耳に浸透している「佚文」が導入されますが、ここに示された井上光貞氏の慧眼は深遠なものがあります。
後世編纂された「類書」である太平御覧、翰苑などの「所引」魏志は、当時、今日言う厳密な引用を意図したものでなく、不確かな佚文に依拠する不確かなものとの明解な意見と思われます。氏として、格別の意義を表明したものであり、卒読せず、深甚な教訓をかみしめるべきでしょう。
結局、三国志現行刊本に揃って書かれている「邪馬壹国」を「邪馬臺国」の誤写とする論拠は提示できなかったと見えます。
井上光貞氏は、そのような瑣末の論証を史学の本分と見ていなかったと思えるので、引用の談話を不首尾と解するのは、随分失礼かと思います。
〇范曄考批判
井上光貞氏の笵曄「後漢書」論に考察を加えてみると、氏は、南朝劉宋の范曄が、高官在任中に「三国志」善本を実見して忠実に書き取ったとは想定してないようです。高官特権で帝室書庫に入り浸りになっても、書庫に山積の史書経書の中で、ことさら、皇帝蔵書の「三国志」の書写に没頭したと思えないということのようです。
所詮、代理人に史書佚文を求めさせたと思われます。あるいは、後年、配所の閑職にあって、任地に持ち込んだ山なす蔵書から「佚文」を作成させたかと見ます。なお、范曄は「佚文」の不確かさは承知していたはずです。
当時、笵曄が、身命を賭して編纂に没頭した「後漢書」編纂の資料と言えば、地理的に後漢全土、時間的に二世紀にのぼる厖大なもので在野資料も多く、魏朝事象「邪馬臺国」に関し、格別の綿密な原文考証を行ったという証拠は無いと思います。
井上光貞氏の高度な識見は、「大局に酔って具体を忘れるな」との戒めと信じるものです。
〇古田氏の信条の確認
因みに、素人考えでは、古田氏の主張は、「現に目前にある史料、便宜上原文というものを、まずは基本として読むべきだ」という、まことに至当な主張であり、「はなから立証されていない誤記、誤写を書き足した、でっち上げ史料をもとに議論すべきではない」という当然、至極な意見のように思えます。
未完
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