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2024年6月13日 (木)

新・私の本棚 外野 ウィキ「古代史の散歩道」seit2023 5/6 補追

*加筆再掲の弁
 最近、Amazon.com由来のロボットが大量に来訪して、当ブログの記事をランダムに読み囓っているので、旧ログの揚げ足を取られないように、折に触れ加筆再掲したことをお断りします。代わって、正体不明の進入者があり、自衛策がないので、引きつづき更新を積み重ねています。

*ご注意
 ここで批判したウィキは、以下の不法な事態を是正して、ブログ形式に転換し、パクリタイトルを「新古代史の散歩道」に塗り替えているので、参照先は、宙に浮いていると思うものです。(確認する気には、ならない)
 この点、あらかじめ、ご理解頂きたいものです。

ウィキ 「古代史の散歩道」2023/01/28 当記事 2023/01/31

*「延喜式」談義
「道里記事の「水行」、「陸行」の日数、月数を、「延喜式」の旅費規定に示された旅程日数から考察して、九州北部から大和に至る道里として、おおむね妥当としています。論証不備は、素人目にも明らかで、子供じみた書き飛ばしです。」(参考文献6)と万年好奇心少年は書く。鳥越氏は説明に「延喜式」を使っているが、古代の移動のための日数の推定に「延喜式」を使うことは許されると考える(参考文献7,p.93,105)。当時は歩くか、海路を取るしか手段のない時代であるから、交通手段を定めれば、要する移動日数に大きな違いはないと考えることは可能であろう。鳥越氏は「延喜式」は論証のために出したのではなく、疑問点を解釈するために、提示しているのである。万年好奇心少年はそれを曲解して批判している。

 論者は、声高々と指導されるが、当方は素人の「一少年」なので「許す」とか言えるわけがない。「合理的でない」、「論拠にならない」(のではないか)と言うだけである。論者は、鳥越氏共々、軽々に「当時」を論じ「歩くか、海路を取るしか手段」と、時代錯誤の「移動手段」を説くが、三世紀になかった「交通手段」と「延喜式」の依拠するできたての「交通手段」には、相当な違いがあると見るのが「当然」ではないか。「交通手段を定めれば」と言いのがれしているが、ないものをどう定めるのか。「そこから始めるべきだ」というのは、論者を、子供扱いしていることになるのだろうか。当方は、「少年」並の物知らずと自称しているのに、なぜ、どんな自信があって、居丈高にもたれかかるのだろうか。

 論者は「大きな違いはないと考えることは可能」と巣穴に逃げるが、三世紀に筑紫と纏向を繋ぐ公的「交通手段」は存在しなかったと「考える」のが合理的と思われるから、まずは、「存在した」ことを証するのに続いて、日数道里を、具体的に証した上で、そのような仮定を適用するべきかと思われる。早い話が、歩いて長距離を移動して目的地に生きてたどり着けるのは、途中に食料と水を提供し、寝床を提供する「宿駅」が、設置されているからである。つまり、食料と水が用意されている必要がある。七百年を経た十世紀には、街道があって旅人が往来していたろうが、七百年前の三世紀に、そのような制度があったかどうか、途轍もなく不確かなのである。
 恐らく、「倭人伝」で行程が書かれている伊都国から狗邪韓国に以北一路逆行する「周旋(往途)五千里」の四ヵ国は、道里が短く、所要日数も、せいぜい数日程度であったろうから、宿舎は置けたろうが、「倭人伝」に明記されていると称されていない(言わば)「仮想」纏向までの「仮想」行程を、実体のある宿舎で埋め尽くすことは「想定」できなかったと見える。そうで無いなら、何年頃に、宿舎が整ったと書かれているべきである。論者は、高度な「曲解」をお家芸としているようだが、素人には無縁である。

 繰り返して明言するが、当方は、一介の素人論者であるから、「許す」だのどうの処断する立場にない。ただ、「そのような大雑把な論義は、不適当/不合理でないか」と素人考えを述べているだけである。また、素人であるから、「学術的」に適法か不法かと詰問しているのではない。素人が、どうすればうまくできるか、「ずぶの素人にもわかるように教えていただきたい」と言うことだけである。これで、お耳に入っただろうか。

 いや、当方は、「倭人伝」道里行程主幹部は九州島内北部という前提であり、徒歩でも往来できたろうというのである。渡し舟も在ったのである。だから、「倭人伝」に道里行程の記事が続いているのである。難儀な強弁は必要ないので、無理なことは無理なこと。例えば、筑紫から纏向らしい地区までの東西交通は、六世紀あたりまで、明らかに街道未開通だったから、別にどうでも良いが、誠意を持って批判したのである。
 誤解があるといけないので補足すると、「倭人伝」には、『狗邪韓国から南下した渡船行程が末盧国で上陸し、当然の陸路で伊都国、そして近場の「邪馬壹国」に着く』と書いているだけで、伊都国から、奴国、不弥国、投馬国を経由するとは書いていない』のである。
 むしろ、陳寿は、誤解を避けるために、連絡の取れていない、脇道の余計な国と明記しているのである。いや、明記されていると認めると、九州で話が付いてしまうので、わやわやと誤解を書き立てているが、普通に考えれば「七百年後にならないと交通手段が整わない纏向に、三世紀に何の説明も無しに行く」というのが、途方も無い無理なのである。
 それはそれとして、今挙げたような「普通」の解釈を排除するために、とにかく、論者は、三世紀の東西交通手段を、まずは立証する義務があると自覚頂きたいのである。ホラ話を大声で怒鳴られても、同意はしないのである。因みに、隣近所の村と往き来して、物の売り買いをしていたのまで「なかった」というのではない。日帰り程度であれば、大層な宿場は要らないのである。そのような小規模な商いでも、順次くり返せば、いい「もの」は地の果てまでとどくのである。
 そう、わざわざ云うのも鬱陶しいのだが、「延喜式」に当然のこととしてご提案の規定が載せられたのは、各地に街道と宿場ができて、規定するだけで用が足りたからである。それ以前に、くわしい手引きが出回っていたと思うのだが、それは、三世紀、ないしは直後のことではなく、要するに、数百年をかけて徐々に整備されたのであろう。異国の諺であるが、「ローマは一日にして成らず」。

*「延喜式」の超時代効力談義
 論者の論法は、諸処に疑問が生じる。
 本件で、鳥越氏は97ページで、「三国志」に見る水行・陸行の記事は、役所の公的な旅費規程に基づくものであったとわかる。と、途方も無い断言を行っている。「三國志」で、並行陸行街道が存在しない水行旅程が登場するのは「倭人伝」の渡海船だけである。それとも、鳥越氏は、何か別の「三国志」を見たのであろうか。
 丁寧に言うと、上記引用を文字通り普通に解すると、鳥越氏は、三世紀の編纂者陳寿が、遙か後世の日本の「延喜式」の「役所」旅費規程に依拠して、折しも編纂していた「三国志」原本を較正したと主張していることになる。誤解/曲解の余地は、全くない。
 因みに、「延喜式」は、(恐らく唐代に、遣唐使、留学生によって)中国から盗用した古代国家制度「律令」の細則として、十世紀に策定、公布されたのであり、Wikipediaによれば、「『延喜式』原本は現存せず、室町・戦国期の古写本もほとんど散逸した。」とあり、国家要件時代は兎も角、武家政権時代に正しく書写継承されたと見えず、遡って、三世紀に伝来した証拠も全く無い。論者は、原本が存在しない史料は、一切信用しない方針かと愚考するが、賢人は豹変、つまり、その場その場で意見が変わるのだろうか。

*不明瞭表現の指摘
 当方は、鳥越氏にそのような手ひどい非難を浴びせる趣旨ではなく、全体的な読書感想として、鳥越氏が「倭人伝」の道里行程記事は、「延喜式」の旅費規程に依拠解釈すべきだと主張されたのに対した批判である。引用が不正確としても、鳥越氏の唱えている「倭人伝」考察の要点に疑問があると言っている。なにしろ、「多い」「大きい」「重い」の表現を極力避けたのである。当方の趣旨を理解頂ければ良いので、別にご意見を変えて欲しいというものでも無い。
 当方の内心を「曲解」と断定されている点だが、どうして、論者は、当方の内心を読み取れるのだろうか」古典的な反論を想定すると、「どうして、当ブログ筆者は、論者が当ブログ筆者の内心を読み取れないとわかるのだろうか」となる。これは、いくらでも反論を応酬し続けられるのだが、ここでは割愛する。因みに、「曲解」は、本来「知的な曲芸解釈」の妙技である。「カーテンコール」にこたえて再言した。拍手。

                                未完

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