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2024年6月11日 (火)

新・私の本棚 番外 伊藤 雅文 ブログ 「邪馬台国と日本書紀の界隈」補追 1/5

「倭人伝をざっくり読んでもやっぱり邪馬台国は熊本!?」 2021/06/25
私の見立て ★☆☆☆☆ 論旨瞑々、覚醒期待  初回2021/07/15 再掲 2024/06/11

*加筆再掲の弁
 最近、Amazon.com由来のロボットが大量に来訪して、当ブログの記事をランダムに読み囓っているので、旧ログの揚げ足を取られないように、折に触れ加筆再掲したことをお断りします。代わって、正体不明の進入者があり、自衛策がないので、引きつづき更新を積み重ねています。

個人ブログ批判の弁
 個人ブログの批判は、事実誤認の指摘と建設的な意見を除き、遠慮するようにしていますが、氏の場合は、単なる素人論客ではなく、既に、商用出版物*を刊行していて、いわば、業として収益を得ているので、著作に対して責任があり、読者側からの率直な批判を拒否できないと思量します。
 ちなみに、当ブログの方針は、論者の所在地比定に、一切干渉しないものなので、無理に保身しなくても問題ないのです。

 *「邪馬台国は熊本にあった!」!~「魏志倭人伝」後世改ざん説で見える邪馬台国~ (扶桑社BOOKS新書) 当ブログにて批判済み

◯ 過去多難、前途多難
 私の邪馬台国熊本説の根幹をなすのは「魏志倭人伝後世書き換え説」です。
 『邪馬台国は熊本にあった!』を書いた時には「魏志倭人伝後世改ざん説」という名称にしていましたが、どうも「改ざん」という言葉が悪意のあるものというイメージが強く、説の内容にそぐわないものに思えてきました。

 何を言っているのか、一向に意味が通じないのですが、同時代に「正史」の記事を改竄、別に変造~改作、すり替え、偽作と、どう言っても同じですが、要は皇帝蔵書を破壊するのは、極刑ものの大罪(一族皆殺しもの)であったから「犯意」は否定できない、と言うか、しても仕方ない、誰も弁護しないので、それで断罪のすべてです。「悪意」は、人によって解釈が、大きく分かれるので、避けた方が無難です。

 氏ほど堂々の確信者が、自説の「根幹」をはぐらかすのは、それ自体不誠実です。また、史学論争の基本ルールとして、「イメージ」と称して、個人的な「印象」を読者に押しつけるのはご勘弁いただきたい。氏が、陳寿の深意を解した上で築いた世界観なら、一見、一読の価値がありますが、自家製の妄想の「自分褒め」は、無意味です。論考は、認知された語彙で、論理的組み立てて、要するに「言葉」で展開いただきたい。

 そこで、YouTube動画を作成したのを機に、「書き換え説」に改めました。
 「魏志倭人伝後世書き換え説」はこのようなものです。
 不彌国から投馬国経由で邪馬台国に至る行程が、陳寿が280年代に撰述した『三国志』魏志倭人伝では具体的な里数で書かれていた。
 しかし、宋の時代、430年代に『後漢書』が登場すると、後漢書の誤認によって邪馬台国の観念的な位置が大きく南へ移動してしまった。
 そこで、その後の『三国志』写本の際に、両者の整合性をとるために、具体的な里数が抽象的な日数に書き換えられてしまった。
 その詳細な経緯は、以前に本ブログでも説明しました。

 氏自身の「根幹」表明なので、真剣な批判に値するものとして、以下、できるだけ丁寧に論じます。因みに、ご自身の主張の「根幹」を「ようなものと」は、何とも、けったいな物言いで、氏の本質的な弱点を「自画自賛」(現代用語として使いました)しているもののように見えます。

*取り敢えずの疑問点~つっこみ
1.「不彌国から投馬国経由で邪馬台国に至る行程」が書かれていたと断定するのは、あくまで、氏の創作であり、論拠が不明なので論議の対象外です。
  また、「倭人伝」記事の「本来の内容」は、誰も知らない氏の空想の産物であり、論議の第一段階として不適切極まりないのです。

2.「観念的な位置」の意味が意味不明です。笵曄「後漢書」は、史書であるから人格を持たず、従って、「誤認」、すなわち、ものごとを理解も誤解もする能力はないのです。論考を書くときには、場違いな比喩や擬人化は控えるものです。
 また、厳密に言うと、「邪馬台国」は、笵曄「後漢書」に登場するだけで、笵曄「後漢書(編者?)の創作」であるから、どこに位置させようと編者笵曄の勝手です。
 史料の時系列から言うと、笵曄「後漢書」が、先行史料を踏まえて、「其大倭王居邪馬臺國」「樂浪郡徼,去其國萬二千里」、即ち「楽浪郡の檄は、其の国、つまり、大倭王の居処である邪馬臺国を去ること万二千里」と特定したのが最初であり、陳寿「三国志」「魏志」「倭人伝」で「自郡至女王國萬二千餘里」と書いたのですから、「後漢書」から「魏志」まで、観念的には何も変わっていないのです。このあたり、もう少し、丁寧に説明する必要があるでしょう。

                                未完

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