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2024年6月13日 (木)

新・私の本棚 外野 ウィキ「古代史の散歩道」seit2023 1/6 補追

ウィキ 「古代史の散歩道」2023/01/28 当記事 2023/01/31 2024/06/13,06/15

*加筆再掲の弁

 最近、Amazon.com由来のロボットが大量に来訪して、当ブログの記事をランダムに読み囓っているので、旧ログの揚げ足を取られないように、折に触れ加筆再掲したことをお断りします。代わって、正体不明の進入者があり、自衛策がないので、引きつづき更新を積み重ねています。

*ご注意
 ここで批判したウィキは、以下の不法な事態を是正して、ブログ形式に転換し、パクリタイトルを「新古代史の散歩道」に塗り替えているので、参照先は、宙に浮いていると思うのです。(確認する気には、ならない)
 この点、あらかじめ、ご理解頂きたいものです。

▢緒論として
2024/06/15
 いや、当方は、ただの素人に過ぎないので、別に大した意見はないのだが、それにしても、当方が提起した争点は、まことに、揚げ足取りに近い些細な点であるが、又又それにしても、鳥越氏の本論の「枕」に過ぎない部分で、鳥越氏が、不出来な総括をしている/誰かに総括させられていると見えると、かなり遠回しに示唆しているのに、通り掛かりの野次馬から憤然たる抗議を頂いたのは、予想外であった。以下の本体部分では、真面目に応対しているが、当事者でない第三者が、当方の些末な批判に対して激高しているのは、奇観と言うべきである。鳥越氏は、明らかに文献史学に於いては、専門外で、素人に近い状態であったから、いずれかの「事情通」に寄りかかったのであろうが、そのために、不出来な解説を受け売りしたと見え、当ブログとしては、「黒子」が舞台に出て来るように水を向けたのである。ということは、以下しゃしゃり出てくる論者は、鳥越氏の陰の声、ゴーストライターなのであろうか。そうでないにしても、鳥越氏には、このような雑ぱくな支持者しかいないのであろうか。氏のために、まことに勿体ないと思うのである。

◯始めに

 本件は、ブログ記事でもなく、衆知を集めるWikiの体裁であるが、実際は、一律seit2023署名であり、古代史ブログとして、論者公開したものとして批判させていただくことにした。
 因みに、本件は、誠に人を食った(パクリ)ブログタイトルであり、古手のブログ主は不満であるが、それはこの際は言わないことにする。また、ブログランキングに、ルールに明記されていて不適当である、なんちゃって「ウィキ」を登録する厚顔無恥も、ここでは言わない。事態が是正された「新古」ブログのタイトルは、誠に人を食ったものであり、まして、Wikiを居食いして、ブログにする手口も、随分すっとぼけたものであるが、ここでは論じない。

*批判と反論
 以下は、掲載記事の引用に当方の批判コメント追加であり、古典的喧嘩論法は極力受け流したが、反発は理解いただけるものと思う。
 因みに、氏は、細かく引用先を明示して公開されているが、特に意義がないと思われるので、批評の目的で引用した。

「鳥越 憲三郎」批判について
『「三国志」観~いびつな裁断』(参考文献2)と題して、「前提不明の断定で、用語不明瞭で学術書として大変不適当」(参考文献2)と書いているが、前提不明の断定とする根拠は示されていない。「(裴松之は)目方や山勘で補注行数を決めたのでは」ないというが、鳥越氏は「目方や山勘で補注行数を決めた」とはどこにも書いていない。書いてもいないことによって批判することは当を得ておらず、批判の根拠にはならない。「裴松之が数倍の分量にして補注」(鳥越(2020)、p.74)したというのは、間違っているわけではない。裴松之の注によって、『三国志』は名著になったとする評価もあるくらいである。学術的批判であるなら、どの書の何ページに書かれているなど、最低限の書き方が必要であるが、それも欠けている

 論者は、鳥越氏当人でなく、「闇代理人」であるので、趣旨理解の前提となる教養の有無が不明なので以下、順に説明する。
 「題して」と言われるが、小見出しか。タイトルではない。「前提不明の断定で、用語不明瞭で学術書として大変不適当」との引用で、本書に「前提」論拠が読み取れなければ意味不明は明らかである。無理難題は、ご勘弁いただきたい。例えば、「用語不明瞭」というのは、学術論文である以上、「多い」「少ない」などと主観的・感覚的なことを言いたてずに、せめて、「パーセント値」などで数値化すべきだというのである。至って当然の意見と思うのだが、論者にとって「当然でない」というのであれば、典型的な無教養発言であるので、ここでご退席頂きたいものである。

 鳥越氏は「目方や山勘で補注行数を決めた」とはどこにも書いていない。

 との発言は、場の流れを見損ねているのであり、これは、反論を引き出すための「揶揄」であるから原文にないのは、当然である。「裴松之が数倍の分量にして補注」(鳥越(2020)、p.74)したと明確に示唆しているように、鳥越氏は、史書の価値は「分量」と相関関係があると明確に示唆しているから、映画のトラさんにしゃれめかして「つらい」と揶揄したのである。当然、「学術的」批判ではない。
 裴注の「貢献」は、見当違いの感想と思うので、同調する鳥越氏に揶揄したのである。なにしろ、裴注は、裵松之が苦吟して一字一字書いたものでなく、文献から貼り込んだのであるから、裵松之は、ほんの一汗の手間もかけていないのである。たとえば、魚豢「魏略」「西戎伝」は、魏略同時代善本から、「西戎伝」を、云うならば一冊丸ごと貼り込んだから、陳寿「魏志」に西域伝がないのに不満の読者は、じっくり読んでいただきたいとしたものである。大事なのは、字数でなく、文書の真意ではないだろうか。
 何しろ、「西戎伝」数千字というものの、大半、と言うか、全体は、当時未刊の後漢書「西域伝」と言うべきものであり、魏志「西域伝」として利用できたと思われるのは、精々数行程度に過ぎないのであるから、これでは、陳寿にして見れば、「魏志」に収録できないという感想に至るはずである。いや、「本気で読めばわかる」という事であり、曹魏の官人であった魚豢をもってしても、この程度の「西戎伝」しか書けなかったのであるから、陳寿が、薄っぺらな魏志「西域伝」を収録するに忍びなかったのは、自然に理解できるはずである。
 とはいえ、論者のように、二千年後生の東夷であって関連資料を読んでいない野次馬には、自然な理解は無理なのだろうか。いや、魚豢は、曹魏が、後漢から天下を継承したから、後漢の功績は曹魏の功績であるという趣旨で、魏略「西戎伝」を編纂したはずだが、已に、陳寿は、その意見に与していなかったのは明確であるから、深追い無用である。
 と言うことで、論者は、当方の書いた記事の真意を察する読解力がないのに、ここまで、感情的に反発していては、無根拠の誹謗、中傷と解されるから、ご注意いただくよう申し上げているだけである。

「裴松之が数倍の分量にして補注」(鳥越(2020)、p.74)したというのは、間違っているわけではない。

 当方は、「裴松之補注が本文に数倍」の量的な(フィジカル)言い分が間違いと言うのでなく、質的な(メンタル)言い分の指摘だけである。字数を数えず、内容で勝負しろといっているのである。論者は、鳥越氏の目方論が正しいというのだから、それは、それで聞き置くしかないのである。

『三国志』は名著になったとする評価もある

 とは、何とも困った「風評」頼りである。世間は広いから、どんな極端な意見にも、当人は数えないとしても、かならず、少なくとも一名、同調者がいるというのが、古来の名言である。と言うことで、いくら声を荒げても、拙論批判の根拠とならない。主観的な批評の一例では困る。言外におっしゃっているように、「陳寿『三国志』は、裴注以前にすでに名著だったとの同時代評価が歴然としている」のである。論者は、この下りで、当方に何を伝えようとしているのだろうか。

学術的批判であるなら、どの書の何ページに書かれているなど、最低限の書き方が必要であるが、

 文の趣旨/真意の斟酌は、文脈の理解が前提であるから、部分引用は誤解の元である。特に、文意の読みがもつれるときは、本項の工夫が必要である。論者が、そうした配慮を理解できないと主張するのなら、当方としては、そうですかというしかない。説論であるが、原文の読みかじりで、原文の真意を提示したとするのは、往々にして「最低」の論拠提示と見える。お互い、子供(賈孺)ではないのだから、ちゃんと合理的な発言に努めるべきではないか。

                               未完

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