新・私の本棚 丸地 三郎 「魏志倭人伝の検証に基づく邪馬台国の位置比定」 再掲 1/2
魏の使節は帆船で博多湾に 2012年6月 2020/06/03 再掲 2023/01/12 2024/07/29
私の見立て ★★★☆☆ 玉座の細石(さざれいし)
*加筆再掲の弁
最近、Amazon.com由来のロボットが大量に来訪して、当ブログの記事をランダムに読み囓っているので、旧ログの揚げ足を取られないように、折に触れ加筆再掲したことをお断りします。代わって、正体不明の進入者があり、自衛策がないので、引きつづき更新を積み重ねています。
〇はじめに
当記事は、氏の個人サイト「日本人と日本語 邪馬台国」掲示のPDF文書であり、筆者の自信作のようなので、丁寧に読ましていただきました。正直、つまらない誤字、誤記があって評判を落とすのです。氏の台所事情もあるでしょうが、十年近く放置されているのは残念と思われます。
〇記事の旗印 匹夫の暴論にあらず
氏の「倭人伝」論議の基本方針は、陳寿「三国志」魏志第三十巻に収録された「倭人伝」を基点として、考察を進めている点です。
*古代「浪漫」派の台頭と蚕食
「倭人伝」論で。大変しばしば見かけますが、三世紀中国史料に対する門外漢が、「日本」古代史論を手に「倭人伝」論に侵入し、「史料批判」と称して古代「浪漫」を保全するための雑多な(泥沼)改竄の押しつけがあり、むしろ、俗耳には、学界世論の多数を占めて見えます。
国内史料は、原本どころか権威ある公的古写本も見当たらず、「貴重な」現存写本を踏み台の「推論」が出回る「史料観」が「倭人伝」に波及するのに暗澹たる思いを禁じ得ません。まるで、異国の「トラ」さんのツイッターです。
数を言えば、または、権威から言うと、そのような見当違いの暴論が史論を蚕食し、無批判な追従も盛んですが、氏は、そのような喧噪と無縁です。
〇苦言の弁
ただし、それはそれ、これはこれ、氏の勘違いと思われる事項は、氏に対する敬意の表れとして、率直に指摘するものです。
⑴半島沿岸帆船航行の不合理
氏は、なぜか、郡から倭までの行程の大半を占める韓半島行程を帆船沿岸航行と決めていて、当ブログ筆者が推進する陸上行程説に反対なのです。これは、二重、三重に不合理です。
つまり、「郡の官道が海上経路であった」とする不合理と「沿岸を帆船航行できた」とする無謀な仮定が重畳して、混乱を招いています。
氏は、文献に依拠して、三世紀黄海東部に帆船が出回っていて、帯方郡はそのような帆船を未知未踏の倭国航路に仕立てたと見ています。
大胆不敵で、当分野で氾濫する暴論の類いですが、どんな船舶も、現代でも、未知の海域では、水先案内人が不可欠です。(海図、羅針盤があってもです)
隋唐代使節は、月日を費やして浮海し航路開拓したと報告したから、三世紀には未踏海域であったとの証左です。
氏は、帆船の未踏海域進出例として、バスコ・ダ・ガマをあげていますが、重大極まる偏見史観です。ガマは、「インド/アラビア/ペルシャ商船が、千年以上に亘り運用していたインド洋航路と港湾を侵略奪取した掠奪船団」の先駆けてあり、氏の史論の枕にふさわしい/似つかわしい先例と言えないのです。
*沿岸魔境
半島西南部は、岩礁、浅瀬の多い多島海であることから、操舵の不自由な大型の帆船は入り込めませんでした。地元海人の水先案内と、それこそ、船腹に体当たりして進路を誘導する「タグボート」先駆の漕ぎ船でなければ/あっても難船必至だったから、事情通の青州船人は、帆船で南下する無茶はしなかったのです。つまり、現地の小振りの漕ぎ船なら、すり抜けられても、「大型の帆船 」は、船底や舷側が破損したものと思われるのです。つまり、沈没しないまでも、浸水して航行不能になったものと、容易に推定できます。
*確かな船足
「倭人伝」の對海国/一支国条で、「乗船南北市糴」と書かれているように、それぞれの港から南北の隣り合った海港まで運航する便船に荷を積んだのですが、明らかに手漕ぎ船です。また、区間一船でなく、多数往来のはずです。当時、代替手段がないので活発でした。
*両島の繁栄~人身売買妄想~巷の風評
両島は、農産物不足を南北運送の船賃や関税で補い、相当潤っていたはずです。特に、對海國は、狗邪韓国で、市(いち)を立てて多大な利益を得ていたので、對海館なる倉庫管理部門を置いていたはずです。
因みに、そのような考証を怠り、「島民が人身売買で食糧を得た」なる醜悪な妄想を、公開の場で述べる「大愚者」がいますが、万が一、人を売って食を得る事を前提とすると、早晩、両島は年寄りばかりの廃墟となるのは子供でもわかります。そして、両島が荒廃すれば行船は寄港地を失い、交易は途絶します。そのような事態にならないように、「倭人」の市糴は運用されていたと見るべきです。
そうした子供でも不合理と見抜ける成り行きを想定するとは、両島関係者は随分見くびられたものです。古代史の俗説でも「極めつきの妄説」ですが、恥知らずにも現地講演でぶちまける人がいたのです。
古代人を侮るのは、ご自身を侮っていることになります。ご自愛ください。
いや、これは、氏に関係ない巷の風評ですが、念のため、付記しているものです。
未完