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2024年7月 3日 (水)

新・私の本棚 番外 ブログ記事 makoto kodama「古田案は水行主体の行路でも成り立つのか?」再掲

 邪馬台国探訪 makoto kodama「古田案は水行主体の行路でも成り立つのか?」2023-02-05
私の見立て ★☆☆☆☆ 論旨混沌、意図不明             2023/02/11 補充 2024/07/03

*加筆再掲の弁
 最近、Amazon.com由来のロボットが大量に来訪して、当ブログの記事をランダムに読み囓っているので、旧ログの揚げ足を取られないように、折に触れ加筆再掲したことをお断りします。代わって、正体不明の進入者があり、自衛策がないので、引きつづき更新を積み重ねています。

◯始めに
 勝手な言いがかりと言われないように、(ほぼ)全面引用です。教育的指導のための資料利用は、著作権の対象外です。
 しつこく言いたてるのは、氏の論説が、論拠不明の勝手な弾劾/言いがかりになっていると思われるからです。
 自説を高言するとき、言葉遣いに慎重であるべきなのは、当然ですが、特に、第三者を糾弾するなら、不明瞭な言葉遣いは、とことん避けるべきです。お釣りがタント返ってくるからです。

*引用とコメント
引用 
Makotokodama

コメント 滅多に見られない「非凡」でしょうか。出典不明の県境入り白地図なども、三世紀に存在しないので、とことん無意味です。
 末羅国~投馬国が万余里、図で帯方郡~末羅国と同様に意味不明の表示ですが、由来は不明です。主張した人間を批判すべきです。
 末羅国~邪馬台国 陸行一月、二千里は、根拠の無い思いつきであり、論外です。

 薩摩国、都万国は、当記事の議論には無意味です。未知の南西諸島に投馬国を置く思いつきは「非凡」な神がかり/言いがかりで、問題外です。

引用 古田案(邪馬台国へ至る南水行十日陸行一月の起点を帯方郡に置く)の場合、
古田氏の言う魏使団に韓国内や対馬と壱岐内を陸行させる説は前回指摘した如く、一切成り立ちませんが、この発想を使った説には他に魏使団に韓国内を陸行させず、上の図のように、水行主体に邪馬台国への道程を辿る説もあります。

コメント 「案」か「説」かは別儀として、ここで読み取れていたのに、後ほど失念するのは、奇怪です。
 第一書『「邪馬台国」はなかった』で「邪馬台国」を否定した古田氏に「邪馬台国」と言わせるのは、前回同様、随分難儀です。
 古田氏は、魏の官吏でないし、二千年過去の「魏使団」に「陸行させる」ことはできず、他の論者も同様です。いや、論者の中には、地図上の行程は、実際の行程を示したものでなく、概念に過ぎないと称している例もあります。氏は、誰のどの図示を理解の上で引き写しているのでしょうか。
 ちなみに、古代史史書で「魏使団」の使用例は見つからなかったので、意味不明の現代東夷の「造語」として扱うことになるのですが、氏の独創であれば、無断使用をお詫びします。なお、方位、縮尺の不明もあって、何の役にも立たないものと思量します。
 「道程を辿る」とは、重ねて意味不明です。氏の独創であれば、無断使用をお詫びします。「上の図」は、単なる概念図であり、現代地図の連携は存在しないので、「辿る」などと言うのは、なにかの誤解でしょう。
 又、倭人伝道里記事を「魏使団」の実道程と見る「仮説」は、古田氏ならずとも、大半の論者に共通して同意していて、ほぼ定説と化しているようですが、倭人伝を丁寧に考証すれば分かるように、単なる早計の勘違いで無効な臆測です。「倭人伝」の記事は、それこそ、郡から伊都国までの「道程」を「文字」だけで示したものであり、概念図どころか「イメージ」も関係ないのです。
 と言うものの、古田氏が主張していない「発想」を、お手盛りで古田氏に塗りつけるのは無茶ですよ。 

引用 しかし、この説の場合には、投馬国へ至る南水行二十日の起点を何処に置くかが問題となります。

コメント 誰がどこで唱えたか分からない、勝手な思い込みと見える「説」の論義は無駄です。投馬国に至る行程の始点は、榎一雄説は伊都国、古田説は不弥国と立説しています。この場の思いつきとは、格が違うのです。
 又、以下で自認しているように、 古田氏の言う「水行十日、陸行一月」は、投馬国に関係ないので何の「問題」も成立しないので、「解答」は存在しないのです。つまり、貴論は、勿体振っていても、実質の無い空文であり、全体として空振りです。大丈夫ですか。

引用 
仮にその起点を邪馬台国と同じ帯方郡に置いたなら、帯方郡―末魯国が水行十日だから、末魯国―投馬国は残り水行十日となるが、帯方郡―末魯国と末魯国―投馬国は同じ萬余里だから、投馬国は沖縄辺りに置かざるを得なくなり、薩摩国(鹿児島)や都万国(西都)のような、九州本土内に置くことはまず不可能です。

コメント 何か、しきりに呪文を唱えていますが、それにしても、「邪馬台国と同じ帯方郡」とは、これまた「非凡」です。「起点」は、南北どちらに置く想定なのでしょうか。「末魯国―投馬国は同じ萬余里」ですが、 「同じ」筈はないので、自説として主張するには論拠が必要です。

 倭人伝全道里 都合「水行十日、陸行一月」の「水行十日」は、狗邪韓国~末羅国三度渡海で満腹で、これ以上消化できません。少し説明すれば小学生でも分かると推定される理屈です。(実際に「ピカピカの」小学一年生に問い掛けたら「わからん」と返事があるでしょうが、ここは、そういう言い方ではないのです)全道里の勘定に入っていない投馬国を、ここに投げ出しても解決しません。

引用 いずれにしても、邪馬台国へ至る南水行十日陸行一月の起点を帯方郡に置く説は、古田氏が単に自説に都合良く距離を合わせる為に思いついただけと思われ、何の根拠もない説なのだから、どう頑張っても成り立ちようがありません。


コメント 根拠が読み取れないのは、視力の問題なので不問とします。理解することができないのなら、自白して受刑すべきです。
 「古田案」と矮小化しながら「説」とは「猛省」したのでしょうか。
 古田氏の動機はご推察通り(と思われ)でも、動機の否定は論争上無意味です。
 「何の根拠もない説」に荷担して、「頑張って」いるのは、偉業というか功徳というか。

引用 
つまり、深く考えもせず、単に自説に都合が良いからとして、安易にこの考えを自説に取り入れている論者の方々は、猛省する必要があると思うのであります。

コメント 自分の論説に都合の良い知恵を採り入れるのは、誰でもすることです。考えが深いか浅いかは、他人の知ったことではないのです。ご自分の頭のハエを追うべきでしょう。
 とはいえ、無数とも見える各説の論者の「自説」を一括で断罪できるとは、神のごとき明察です。いつ、万巻の書を読破したのでしょうか。
 全体に情感豊かな書き飛ばしで文章が泳いでいますが、論義は論理的に進めたいものです。「猛省」は、当人の勝手ですが、仮に「する」と感じたら、し過ぎることはないのです。
 当稿が、手厳しく皮肉になっているのは、凝り固まった思考をほぐせるように熱いお灸を据えているのです。不謝(鍼灸治療に謝礼は不要)。

                              以上

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コメント

兒玉眞さん
 具体的に明確に書かないと理解できないとの苦情ですので、失礼ながら逐行、上塗りします。
>投馬国への道程は南水行二十日ですよ。
 子供の落書きではないので、倭人伝の蒸し返しは「意味不明/意図不明」としておきます。
>この起点を(仮に)帯方郡に置いた場合、帯方郡から邪馬台国が水行十日陸行一月なら、帯方郡から末魯国迄の一万里が水行十日となります。
 投馬国行程の起点を帯方郡に置く議論は、当方指摘に、一切関係ありません。「末魯国」は、倭人伝に一切無し。
>(注;この説では対馬国と壱岐国島内の陸行は里程に含まれません。)
 どの説のことか分かりませんが、「対馬国と壱岐国(の???)島内の陸行」などと言うものは、倭人伝に明記も示唆もされていません。
 別の説は分からないので、おっしゃっている意味が、まるで理解できないのですが、失礼でしょうか。
>つまり、残りの水行十日は末魯国から投馬国となります。
 一行ごとに動揺されては、ついて行けません。『何が「つまり」かわからない』と明言してもいいですか。
 投馬国行程は、水行二十日と明記されているのですが、原文を改竄する趣旨がわからないと言ってもいいですか。
>人の説を非難する前に、御自分でもよ~く考えてからにしてください。
 当方記事を激しく、口を極めて弾劾されていますが、「非難」してないので「猛省」不要です。
 僅かな文字数で、貴兄の激論の端っこに疑念を投げかけただけで、貴説には指一本触れていません。
>もし私の説が判り難いと言われるなら、あなたの書き込みの方が遥かに理解困難です。
 今回記事は、念入りに、具体的に、誤字、誤記、勘違いを、明確に、露骨に指摘/批判しているので、もう一度読み返してください。
 そりゃ、自分で自分の説がわかりにくいなどとは思わないでしょうが、他人は、そうは思わないと考えたことはありませんか。
 当方は丁寧に早合点されないように推敲しているので、貴兄の『書き込み』と同列では、『侮辱』です。
 それとも、貴兄は、『「理解困難」な記事を、理解しないまま非難する』「自爆」が趣味なのですか。
 同時代日本人の素人の意見が理解できないなら、三世紀中国人の書いたことを理解できないのも無理ないことです。

以上

投馬国への道程は南水行二十日ですよ。
この起点を(仮に)帯方郡に置いた場合、帯方郡から邪馬台国が水行十日陸行一月なら、帯方郡から末魯国迄の一万里が水行十日となります。
(注;この説では対馬国と壱岐国島内の陸行は里程に含まれません。)
つまり、残りの水行十日は末魯国から投馬国となります。
人の説を非難する前に、御自分でもよ~く考えてからにしてください。
もし私の説が判り難いと言われるなら、あなたの書き込みの方が遥かに理解困難です。

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