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2024年7月 8日 (月)

新・私の本棚 小林 行雄 神と神を祀る者 ムラからクニへ 11/11 再掲

 日本文学の歴史 第一巻 神と神を祀る者  昭和42年5月10日刊
 ムラからクニへ  執筆者 小林行雄 (1911年8月18日 - 1989年2月2日 文学博士)
私の見立て 全体 ★★★★☆ 学識芳醇 当コラム ★☆☆☆☆ 多々認識不足 2016/08/12 補充 2024/07/08

*加筆再掲の弁
 最近、Amazon.com由来のロボットが大量に来訪して、当ブログの記事をランダムに読み囓っているので、旧ログの揚げ足を取られないように、折に触れ加筆再掲したことをお断りします。代わって、正体不明の進入者があり、自衛策がないので、引きつづき更新を積み重ねています。

*更なる余談
 以下、更なる余談である。あちこち探し回っていると、ぞろぞろと余談が流れよってくるのである。言うまでもなく、随想であって、何かを主張する意図で書き留めたものではない。

*倭国温暖 常春の楽園
 「倭人伝」で、亜熱帯かと思わせる温暖さが強調されている点については、「東夷伝」の史料としての構成を見るべきである。遙か、扶余、高句麗、韓と続いているが、概して寒冷地である。三韓南部は別として、「東夷伝」の読者になじみ深いのは、西域、匈奴、烏丸の居住地の乾燥、そして、高句麗、楽浪、帯方の冬の厳しさと思われる。

 半島から南へ三度の渡海で到着した倭国は、それまでの韓諸国と異なり、一年を通じて温暖であり、夏の暑さは、むしろ、華南の湿潤な亜熱帯風土を思わせると言いたかったのであろう。

*追記 2024/07/08
 このような温暖で湿潤な風土であれば、日射に恵まれていることと併せて、水田耕作でそこまでの諸東夷に比べて格段に豊富な収穫を得られる風土を示唆しているのである。「理科」の授業で教わったはずであるが、植物は、降り注ぐ陽光から得られる熱エネルギーによって、大気中の二酸化炭素と灌漑水を結合させて炭水化物として固定していて、その成果が稔りとして収穫されるのであり、陽光と水は、稔りの源と認識されていたのである。

 そのような豊穣さは、倭国の戸数に示されている。戸数の多さから知れる人口の多さは、農業収穫の多さの反映で有り、倭国は豊穣の地と頌えているのである。東夷伝に「方里」として示されている各国農地面積を見ていくと、「高句麗」や「韓国」の農地の希薄さが示されていて、大海の中之島、「洲島」である「対海国」、「一大国」すら、それぞれ、これら大国の十分の一程度の「方里」を示していて、それでもなお、農地に乏しいと歎いているのだから、「伊都国」以降の本土諸国の豊穣さが甚大と見えるのである。

 こうした水田稲作の効用は、それまでの中原人の常識では不毛の辺境とされた「蜀漢」や「東呉」の豊穣さに通ずるものがあったのではないか。「三国志」で描かれる中原諸勢力の抗争では、元々さほど豊穣ではなかった土地柄に対して、農民の徴兵による耕作放棄が進んでいて、備蓄まで費消するような食糧不足が講じて、戦闘継続を不可能にするほど、飢餓が蔓延していたのを思い起こす。

水野 祐 評釈 魏志倭人伝 (雄山閣 新装版 平成十六年)
 水野氏の考証によれば、倭人伝風俗記事の区分は、定説では難があって、誤解を招いていると提唱している。
 其南有狗奴國、男子爲王、其官有狗古智卑狗、不屬女王。自郡至女王國萬二千餘里。男子無大小皆黥面文身。自古以來、其使詣中國、皆自稱大夫。夏後少康之子封於會稽、斷發文身以避蛟龍之害。今倭水人好沈沒捕魚蛤、文身亦以厭大魚水禽、後稍以爲飾。諸國文身各異、或左或右或大或小、尊卑有差。計其道里、當在會稽東治之東。其風俗不淫、男子皆露紒、以木綿招頭。其衣橫幅、但結束相連、略無縫。婦人被發屈紒、作衣如單被、穿其中央、貫頭衣之。種禾稻、紵麻、蠶桑、緝績、出細紵、縑綿。其地無牛馬虎豹羊鵲。兵用矛楯木弓。木弓短下長上竹箭或鐵鏃或骨鏃。所有無、與儋耳硃崖同。
 要するに、この部分は、後年、帯方郡使が、南方の狗奴国の踏査を行った際の報告書を、従前の倭国記事に挿入したものであり、その際の手違いにより、自郡至女王國萬二千餘里の直後に挿入したため、二千年後生の東夷に理解しがたい事態になっているが、文脈の流れは、明確だというのが、水野氏の意見である。つまり、この部分は、南下して温暖の地に至ったものと見える。

計其道里、當在會稽東治之東とあるように、
「女王国からさらに南下した道里を加算すると」と言う判断が示されているのは見逃せないところです。また、風土、風物が、儋耳硃崖同、と評されるように、瘴癘の風土を示しているのも見逃せないと言える。

 続いて、「倭地温暖」で始まる本来の風俗記事が続くが、火を通していない食采、生菜が書かれている。中原では、西方から流下している川水の生活排水による食材汚染は、非加熱調理は、論外だったのであり、日常、火気のない生菜は、とても、瘴癘のものではない。また、香辛料を用いないのでは、生菜の劣化は、足速であったと見えるのである。それでも、要するに、手早く食べてしまえば問題ないという風土であったことが示されている。つまり、瘴癘に至らない「温暖さ」であったと見えるのである。

 総じて言うと、女王国から南下すると暑熱の土地柄であるとか、西方に会稽東治の故事の史誌を感じるとかも、奈良盆地では、とても感じ取れないものと思量される。

 按ずるに、小林氏が依拠した「倭人伝」解釈は、単に字面を追うだけの皮相的な解釈であり、僅かな掘り下げで、不都合さを露呈するものと思われるが、一切掘り下げないで、難局を駆け抜けているものと見える。

以上

*献上品と下賜品
 これも珍しいことではないのだが、執筆者は、景初の初回遣使の成り行きについて解説する際に、「献上品と下賜品とは、右のように量・質ともに、はなはだしくふつりあいである。それは魏が大国の威勢を誇示しようとしたものか、あるいは、呉に対抗するために東辺の無事を願って、日本の懐柔をねらったものか、その真意は『魏志』の撰者も明らかにしていない。」と慨嘆して、量・質ともに、はなはだしくふつりあいとご高評を戴いているが、古代に於いて、弱小な蛮易と中華大国との価値観は、まったく隔絶したものであり、はるか後世の第三者、つまり、二千年後生の無教養な東夷がとやかく言うべきものではない。「夜郎自大」の故事を別にすれば、大国の威勢は、誇示しなくても、来訪者が目を開いていれば、いやでも見て取れるのである。
 大体が、当時の朝貢に対する下賜物としては、「卑弥呼個人への贈物」なる、初回貢献限定の大量の下賜物を除けば、異例な厚遇ではないと考えるものである。もちろん、当時の貨幣価値でどうかなど、二千年後生の東夷には、わかるはずもないのだが、中国人の感じる価値の数倍、数十倍、...に感じられたのではないか。

 それこそ、中国側にすれば、「奇貨居くべし」。大当たりすれば、何百倍の見返りもある、大変な効果となったのではないか。いや、それにしても、天下最大の富裕極まりない超大国が、遠東萬里の貧乏蛮夷に賄(まいない)して懐柔しようとしたとか、零細な蛮夷に、天子すら一撃を憚る南方の大国東呉に一撃を期待するとか、滅相も無い話ではないか。皇帝には、秀才揃いの有司が控えていたのであり、二千年後生の無教養な東夷に揶揄われるような愚行はありえないはずである。
 先賢の名家が、そんな下らないことを書き立てるのは、小林氏の晩節を貶めるものではなかったかと、危惧するのである。

 宝物ともいえる財貨物が列記されているものの、ことさらに新規制作したものではなく、宮廷の宝物庫の在庫処分であったはずである。別記事に書いたように、当時の魏朝財政は、稀代の浪費癖を発揮した第三代曹叡の暴政で、破綻寸前の火の車だったという。何しろ、新宮殿の造成に、首都の官人を動員するなど、掟破りの暴挙に勤しんだことが書かれているのである。戦時下に於いて、新宮殿の飾り物に使わなければ、武器制作に欠かせないはずの青銅(金)であるから、大量の新作銅鏡に浪費することなどありえなかったはずである。天子が蛮夷に饗応して百枚の銅鏡を新作するなど、到底ありえないのである。
 とにかく、このあたりの機微は、これぐらい言い尽くさないと、二千年後生東夷の現代人にわかるはずはないのである。

 言うまでもないが、皇帝の詔書は複写できても、天子の「真意」は、表明も記録もされないから、いくら史官が望んでも、いや、偉大な後世人が望んでも、わからないものは書き残しようがないのである。率直なところ、余計なお世話である。

 先賢に対して、大した言い様と憤慨される方もあるだろうが、変に遠慮して、当たり前のことを言わなかったために、このような不適切な放言として後世に伝わってしまったのであり、身辺のどなたかが、是正されていたらと思うだけである。

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