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2024年7月 5日 (金)

新・私の本棚 河村 哲夫 講座【西日本古代通史】「邪馬台国論争のいま」Ⅰ 壹臺 1/2 再掲

 アイ&カルチャ天神 講座 【西日本古代通史】資料平成26年8月5日
私の見立て ★★★★☆ 沈着な道里論評    2020/09/22 補記 2022/08/29 2024/04/04, 07/05

*加筆再掲の弁
 最近、Amazon.com由来のロボットが大量に来訪して、当ブログの記事をランダムに読み囓っているので、旧ログの揚げ足を取られないように、折に触れ加筆再掲していることをお断りします。

〇はじめに
 今般、若干の事情があって、河村氏の講演資料を(有償にて)提供戴いたので、学恩に報いるために、以下、冒頭部分の批判を試みたものです。
 案ずるに、氏の本領は国内古代史分野にあり、以下引用する中国史料文献考証は、第三者著作から採り入れたものと思われますが、素人目にも、検証不十分な原資料を、十分批判せずに採り入れていると見えるので、氏の令名を穢すことがないよう、敢えて、苦言を呈するものです。
 なお、当部分は、氏の講演全二十四回のごく一部に過ぎない瑕瑾なので、軽く見ていただいて結構です。
 また、「邪馬臺国」が、実は、「邪馬壹国」を後漢書が誤解したものが引き継がれたものであったとしても、氏の講演、著作の全貌を些かも毀傷するものではないことは、ご理解いただけるものと考えます。あくまで、学術的な論証手法の瑕瑾を指摘しているだけです。

〇「邪馬台国か邪馬壱国か」
引用 第9回『魏志倭人伝』を読む
①倭の国々 1、『魏志倭人伝』

⑴邪馬台国か邪馬壱国か
①「邪馬台国」ではなく「邪馬壱国」が正しいとする説がある(古田武彦氏)

コメント これは古田氏の説でなく、「三国志」現存史料は、全て「邪馬壹国」(壱)との客観的事実を述べている。この「客観的事実」を否定して「邪馬台国」とする強固な論証は皆無である。原点の取り違えと見える。
 ちなみに、字形の混同を言うのに、略字を使うのは、もったいないものである。
 もちろん、一般向けの講演演題の用字は、制限があるのは理解しているが、ことは、歴史的文書の取り違いに関する学術的な論義であり、いずれか、初期の段階で、正字を提起して、以後正字で論議するのが、講演者の務めと見える。

引用 ・現存する最古の南宋(一一二七~一二七九)時代の『三国志』のテキストには「邪馬壱国」と記されている。
※陳寿が3世紀末頃に著した『魏志倭人伝』の原本そのものは失われている。

コメント 古代史書の残存原本は、例外無しに皆無である。取り立てて言う事ではない。
 ちなみに、「魏志倭人伝」は、陳寿「三国志」魏志第三十巻なる史書の巻末に近い一部分に過ぎないので、「原本」などと言い募るのは、失当である。

引用 ②その他の文献
『魏略』の逸文、『梁書』『北史』『翰苑』『太平御覧』などには、「邪馬台国」と記されている。

コメント 「魏略の佚文」は、氏の指摘の通り、原本でも正統な写本でもない。実見できる「翰苑」は、史書でなく、明らかな誤写/誤記山積の「断簡」、破損した資料断片であり、参照できる善本が存在しないから、正確なテキストであるかどうか検証できず、したがって信じることができない。
 これまで、「偽書」論は提起されていないが、いずれかの「書家」が、美術資料として想定復原した可能性も考えられるほどである。中国では、古典書を偽って覆刊することが絶えないが、「翰苑」断簡に対する史料批判は、どこまで行われているのだろうか。素人は、ものを知らないので、素朴な疑問を禁じ得ないのである。
 少なくとも、史料として評価するためには、文書校正によってあり得るテキストを復原した上で、「所引」史料として論ずるべきである。そこに書かれていると見える「魏略」佚文は、別系統史料と較正して、正確な原文を確認することができない。
 どちらの見地から判断しても、「翰苑」断簡であって、史料としては、考慮に値しないごみ(ジャンク)である。ジャンク史料に書かれていると見えるテキストは、棄却されるものである。

 「太平御覧」は、類書と呼ばれる「百科全書」であり、史書としての厳密な編纂がされていない。従って、低質の「史料」と言わざるを得ない。時代考証によれば、南北朝の分裂時代を統一した世界帝国「大唐」が滅亡したあとの「五代十国」の分裂期に、中国の後継を自負した王朝が、大唐分裂後に散乱した重要資料の集成を図ったものであり、数度の集成の果てに、全国統一を再現した宋(北宋)が、「太平御覧」として完成形としたものであるから、いずれの時代にどのような編集が成されたか不明の場合は、確たる信頼を置くことはできない。端的に言うと、「太平御覧」が所引した「資料断片」は、当時のどのような継承されていたか不明の「正史」の断片でなく、いずれかの時代に所引された「資料断片」の所引であると思われるから、所引の正確さは、問うべきものであって、問うすべがないと思える。
 結論として、「御覽所引魏志」は、「魏志」の正確な引用とみるのが困難と見える。

 「梁書」、「北史」は、公式史書と見なされているが、不確かな後世多重孫引きによる編纂と思われ、信ずるに足りない。少なくとも、厳密な史料批判によって、史料としての信頼性を検証した上で、俎上に列するべきである。

 考慮に足る後世史書は、先行する諸家後漢書に依拠した笵曄「後漢書」本紀、列伝部、「本体部」である。但し、「東夷列伝」倭条は、依拠した原史料が不明であり、「本体部」と同列に見ることはできない。
 笵曄「後漢書」「西域伝」は、確たる史料が想定できる安息国、及びそれより以西の辺境に関して、造作を行っていることが明瞭であり、それ以外の「本体部」と同等の信頼を置くことができないものと思われる。

引用 ※これらはいずれも現存する南宋時代の『三国志』よりも成立が古い。

コメント 「三国志」は、「南宋時代」の新規著作ではなく三世紀に編纂された史書であり、どの参考資料よりも「成立が古い」。

 各資料/史料の現存刊本は、いずれも、南宋以降のものである。概して、南宋紹興年間に開始された古典書復刻大事業で、順次全面的な校訂、版刻を行ったのであり、言わば「同期生」である。
 その時点で絶滅していた「翰苑」は、例外で、由来不明の原本は疾うに消失していて、唯一、ただ一個だけの「断簡」が混乱した状態で生存しただけである。
 このあたり、苦し紛れの理屈づけが混乱して、誰かが、何か、素人臭い勘違いをしたようである。そして、言いだした以上、頑強に固執しているように見受けられる。
 そのような他愛ない勘違いを、無批判に継承していては、見識を疑われるだけである。

引用 ③したがって南宋時代の『三国志』が、台を壱と誤植してしまった可能性が高い

コメント 南宋時代の『三国志』 、つまり、「三国志」の南宋刊本は、ページごとに木版を彫っていて、活字植字ではないので、「誤植」つまり、近現代の出版産業における活版職人の活字拾い間違いは、原理的/物理的にあり得ない。もちろん、「三国志」に人格はなく、自分で自分を植字することもない。「頭上注意」である。
 二種刊本のうち、「紹興本」は、南宋草創期の紹興年間に、天下最高の衆知を集めて、北宋末の大動乱で全滅した北宋刊本を『刊本から起こされた数種の」良質の写本』をもとに復元して、言わば、決定版と言える「本」を確定し、南宋の官営印刷工房を駆使して刊行したものである。
 南宋刊本の木版を彫った刻工は、少なからぬ数の実名が残されていることでわかるように、南宋代の天下最高の専門職人であり、誤刻が露見すれば厳罰に処されるから、万全を期して厳重に校正したのである。

 以上に示した南宋刊本の際は、大勢の専門家が作成した決定稿をもとに、刻工が正確無比に木版を彫ったのであり、無謀な誤写は、もし、発生したとすれば、北宋刊本以前と見るしかない。ただし、それ以前の写本は、陳寿遺稿/決定稿を写本して西晋皇帝程に上程して嘉納され帝室書庫に収蔵されて以来、時代時代最高の人材を結集して写本を継承したものであり、それら写本は、繰り返し照合して、誤写の発生を極限まで減らしていたものであるから、凡そ、史書の写本継承に於いて、最善のものであったと見られる。

 巷説は、【三世紀に「三国志」の上程後、誤写が発生した、つまり、百五十年後の范曄「後漢書」で見る「邪馬臺国」が、後に改竄された】というようである。
 笵曄と同時代の裴松之は、皇帝の命で、当時帝室で所蔵していた「三国志」の校訂と付注に取り組んだのである。
 東晋南遷時の混乱で三国志原本に不安があったのかも知れないが、まずは、帝室所蔵以外の上質写本をも呼集して、原本を基準として、校正したと見える。「上質」写本に、無残な改竄があれば、摘発され、是正されたはずであるが、裴松之は、そのような異常事態を一切述べてない。つまり、南朝劉宋代、「三国志」原本は、ほぼ、完全無欠であったと見るべきである。

引用 ※そもそも「臺」と「壹」は字形が似ている。『魯魚の誤り』という言葉があるが、両者は誤植の起きやすい字といえる。

コメント あくまで、時代最高の写本が、素人臭い手口で行われ、校正されていなかったという仮定を持ち込んだ「タラレバ」の憶測でしかない。因みに、誤写の可能性が二千分の一であって、「倭人伝」を通じて一字程度であっても、氏が、官制写本工程の綿密さを想定することなく、漠然と「起きやすい」と憶測すれば、それは、神がかりで「起きやすい」のであろうか。意見は人によって異なるものであるが、氏は、誰に学んで、この意見を「伝言」板に書き残しているのだろうか。繰り返すが、事は、近代の印刷工房の植字工の手違いという「誤植」問題ではない。「現実」に即して判断すべき事項と思われる。

 因みに、正史の写本、刻本は、厳格に実施される国家事業であるから、「誤認されやすい」字は、関係者が、一段と厳重に確認するので、むしろ、誤認は発生しがたい。当然、自明であるが、無視されている事が多い/大半/事実上全て、であるので、念押しするものである。

 但し、「正史」官制写本工程以外の緩やかな写本は、氏が指摘するように誤写は「稀少であっても絶無ではない」から、むしろ、列挙された史料の所引、つまり、抜き書きによる編纂に使用されたものが、「魏志」の正確な写本であったという証拠はない」、つまり、国宝であった「原本」から直接写本/所引する以外、信頼性の低下した通行写本に依存するから、所引された簡牘が編集者の手許に届いた時点で、誤写が発生している可能性は、極めて高いと見るものではないか。

 そのように拙(つたな)い憶測を根拠とした「証拠」に基づいて、現に存在する南宋刊本に現に書かれている文字を否定するのは、相当な検証を経た「証拠」に指示されない限り、非科学的な恣意に過ぎない。

                                未完

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