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2024年7月27日 (土)

新・私の本棚 番外「魏志倭人伝」への旅 ブログ版 1

邪馬台国研究の基本文献「魏志倭人伝」とその関連史書を探求する Author:hyenanopapa 2024-06-28
私の見立て 当記事限定 ★★☆☆☆ 即断の書き捨て         2024/07/01, 07/27

*加筆再掲の弁
 最近、Amazon.com由来のロボットが大量に来訪して、当ブログの記事をランダムに読み囓っているので、旧ログの揚げ足を取られないように、折に触れ加筆再掲したことをお断りします。代わって、正体不明の進入者があり、自衛策がないので、引きつづき更新を積み重ねています。

◯はじめに 古田史学論集批判のしっぽ
 当記事は、長年健筆を振るうブログ主(hyenanopapa 以下、筆者)の健在を示すが、筆勢まかせの即断に苦言を呈する。読み囓り論難批判の姿勢を示すため引用を掲載することを、くれぐれもご了解いただきたい。

 『古代に真実を求めて26集』を読む 谷本茂(前半部は、圏外として割愛)
7世紀、九州王朝説の立場から裴世清が訪れた先を九州王朝とする人々は、どういうわけか〝裴清の道行き文〟に触れようとしない。その最後に【既至彼都】と書いてある以上、この文の解釈は避けて通れないはずなのに、である。
 [中略]【又東至一支国又至竹斯国又東至秦王国】この文をどう読めば竹斯国が俀国の都と解釈できるのか?「邪馬壹国の史料批判」(松本清張編『邪馬臺国の常識』所収p162)で、『太平御覧』所引『魏志』の「又南水行・・・」の記事について「もう何の見まちがう文章に書き改められている」と。[中略]
 【又東至一支国又至竹斯国又東至秦王国】は「何の見まちがうこともな」く順次式に読むのだ!と古田氏は仰ってます。竹斯国は単なる通過国―
 よって、九州王朝の都は竹斯国にはありません!

◯コメント 乱文御免
 筆者は、古田氏の失言に執着していて「九州王朝」偏愛とも見える。ちなみに、古田氏が氏の著作外の呉越同舟松本清張編『邪馬臺国の常識』 で主張したのは史料解釈の基本原則である。
 『「倭人伝」道里記事解釈で文法論が言われるが、肝心なのは記事文意であり、(例えば)大部の類書「太平御覧」の編者は、自身の見識で文章を整理している』との指摘(大意)であり、これを正史蛮夷伝として編纂された「俀国伝」に押し付けるのは、古代史官ならぬ古田氏の文意を理解できていないと見える。(『邪馬臺国の常識』は、古田氏にしてみたら到底賛同できないタイトルであるが、 松本清張氏の知遇により、あえて火中の栗を拾ったものと見える)
 筆者は、古田氏の「主張」を、都合のいいところだけ読みかじりして、手頃な「読み」を造作し、自作自演で俎上両断していると見られかねない。別に古田氏に限ったことでは無いが、古代史書の解釈は、「読み」「書き」の個人の脳内への情報の入出力段階で、手違いが出るものであり、まして、脳内での理屈づけにも、勘違いはつきものであり、あまり、ぱっと見の「思い込み」に振り回されないようにしていただきたいものである。
 何れにしろ、「俀国伝」に関する古田氏の論考批判は、古田氏が自説著作を重ねたものを批判するものであり、筆者の愛読書に偏ることなく、要するに、適切な出典・文脈を、自身の責任で選ぶべきものと思う。ここは、筆者にして、ずいぶん粗雑である。

*「竹斯国比定」の否定
 筆者は、竹斯国は単なる通過国筆者の価値判断を強引に押し付けるが、「魏志倭人伝」での伊都国「到」着との明記を通過国と読み替えるのと同様であり、とは言うものの、はなから否定はしないで、根拠不明としておく。
 筆者は、『その都(みやこ)が「竹斯国」にない』と断定したが、暗に初出の「秦王国」に比定したかとも見える。ともあれ、筆者は根拠を示さず結論を投げ出していて粗雑にみえるが、言わぬが花であろうか。確か、著者は「九州王朝」を否定しているはずなのだが、ここで、どんでん返ししているとも見える。

*地図の思想 Google Map利用規程遵守
 当地図の追記が不明瞭である。利用規約を遵守し、ご自愛いただきたい。

*不適切な引用作法
 時代錯誤、お手盛りの「地図」掲示に関わらず、本論論義は断片佚文で句読点は無い。古田氏の発言ともども文脈を読みちぎって食い散らかしているので、筆者ほどの見識の方にして、誤解を避けられず、何とも不用意と見える。ご自愛いただきたいものである。

 「俀国伝」で、「魏志倭人伝」公式行程の未詳部分、(山東半島東莱以降。狗邪韓国、対海国不通過)一支国以西と竹斯国以降が補充されたのであり、「倭人伝」既出部分は、自明のこととして「倭人伝」依拠しているので、重複を避けていると見える。文林郎裴世清は、職掌柄、史書書法に厳密であるが、後生読者は隋書「俀国伝」だけ読んで迷走しているように見える。いや、遡って「倭人伝」道里記事の読解にも、かなり難があると見えるが、当書評の圏外である。

◯私見披瀝
 言葉を足すと、竹斯国が「倭人伝」到達地伊都国である』のは、「裴世清とその読者に自明である」ことから、「倭人伝」で不詳の秦王国などが、「余傍」のついでで書かれたと見える。筆者は、特段の根拠が無いままに、裴世清一行が竹斯国を通過して、さらに東進し、海岸から渡海した」と即断した」と見える。筆者は、さらに(又)臆測に耽って「道行き文」不記載の長途海行を図示された要するに、いずれも「俀国伝」には書かれていないと見て取れるはずである。筆者は、脳内の隋書「俀国伝」を幻視しているのだが、それを自覚していないのである。
 結論を急かずに、ユルユルと文意を追えば、そのように一刀両断できないのに気づいて頂けるはずである。筆者ほど博識の方が、臆測にどっぷり浸かっているのを自覚すること無く、事ごとに断定を急ぐのは不用意と見える。

                               以上

追記 2024/07/27
 肝心な意義を書き漏らしていたので、以下、追記する。
 氏は、勝手に、読み囓りの手管で「短縮改竄」しているが、丁寧に引用すると、以下の文脈が関連していると見るべきで有る。「又東至一支國又至竹斯國又東至秦王國」は、文などでは無く、断片であって、これだけで、文意を解するのは、子供じみた読みかじりである。氏のために、軽率を惜しむものである。
 ちなみに、行番号、句読点と改行は、文意を考慮したものである。
 1.又東至一支國,
 2.又至竹斯國,
 3.又東至秦王國,其人同於華夏,以為夷洲,疑不能明也。
 4.又經十餘國,達於海岸。
 5.自竹斯國以東,皆附庸於俀。

 氏は無頓着に書き飛ばしているが、ここは、1-4 行程記事四段と5 結論が書かれていると見るものではないかと思量する。特に、5.で「自竹斯國以東」とまとめているのは、2 で倭都への行程を括っているから、3 秦王国(風聞)、4 十余国を経て海岸、即ち海港に至るという報告は、落ち着いて読解していただければ、付け足しに過ぎないと理解できるはずである。ひょっとして、氏は、「又東至一支國又至竹斯國又東至秦王國」まで食い千切って、以下は無視したのだろうか。それなら、軽率の誹りを免れないと見るのである。

 言うまでもないと思うのだが、5「自竹斯國以東,皆附庸於俀。」と総括しているのは、近傍の4 「秦王國」と5 「同國から海岸に至るまでのこれも近傍の無名の十餘國」であって、あくまで揃って竹斯国の東の近隣諸国と解すべきなのである。どうやら、裴世清は竹斯国を離れていないと読むのが、同時代読者にとって自然なのである。

 当ブログでの「倭人伝」道里行程記事解釈は、とうに、確固たる結論に達していて、郡から倭に至る行程は、伊都国で完結していて、「邪馬壹国」は、伊都国の近傍にあり、郡からの使者は、伊都国で使務を終えている、それが、倭人伝の真意である、と確認しているのであり、現代風に言うなら、九州島の北部、かつ中央部にとどまっているというものである。
 倭人伝に書かれている内容を強引に引き伸ばして東方に行程を延伸するのは、原文改竄しかないという意見である。

 ここで、原文改竄する視点であれば、隋書俀国伝でも、竹斯国が到達点と認めることはできず、東方への海上行程を捏ね上げねばならないのだろうが、それは、壮大な創作であり、隋書俀国伝文献解釈とは無縁の衆生と言わざるを得ないのである。

以上


 

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