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2026年1月12日 (月)

新・私の本棚 丸地 三郎 『邪馬台国所在地の解明 その1:魏志倭人伝の史料批判』3/8 2026

 「邪馬台国所在地の解明」江戸時代以来、300年間の論争の終焉 日本古代史ネットワーク 2025/10/25
私の見方 星四つ ★★★★☆ 泰然として手厚い書法  2025/10/29, 12/03, 2026/01/12 

*加筆再掲の弁
 最近、Amazon.com由来のロボットが大量に来訪して、当ブログの記事をランダムに読み囓っているので、旧ログの揚げ足を取られないように、折に触れ加筆再掲したことをお断りします。代わって、正体不明の進入者があり、自衛策がないので、引きつづき更新を積み重ねています。

◯引用とコメント 承前
因みに、日本の歴史学会では、魏志倭人伝の時代とそれに併行する時代の古事記・日本書紀の「神話の時代」は、「歴史学者の取り扱うべき対象では無い」として、取り扱っていない。…その時代を単独で取り扱って来た日本考古学会の元会長の記したストレスを示す「探せない」との記述は、重く受け止めるべきであろう。

1-2「魏志倭人伝」から邪馬台国の位置は読み取れない?
学門の世界の外に、ネット上でも邪馬台国論は行われているが、こんな指摘がされている。https://wajinden.com/の記事を引用する。
「魏志倭人伝」から邪馬台国の位置は読み取れない?
明治43年(1910年)に…白鳥教授、…内藤教授がそれぞれ、邪馬台国の所在地を九州、畿内と唱えて以来100年あまり、…論争があった。しかし結論はでない。なぜかというと、史料をそのまま素直に読むと、その位置ははるか太平洋の沖に行ってしまうのである。…
魏志倭人伝に記されている行程は下記の通りである。
→投馬国南へ水行20日
→邪馬台国南へ水行10日、陸路1月
総距離(帯方郡→邪馬台国):12,000里
以上のように、.大塚…氏…も、ネット…論者も、魏志倭人伝の旅程・行程の記載通りにしては、邪馬台国にたどり着けないとしている。

コメント 要するに、当業界で、百人百様の誤解を抱いていることの典型二例を示されたのであり、何かを示唆するものではない。
 在野の論者には、堅実な文献解釈によって原文「解釈」の着実さを誇示している面々がいらっしゃるのであるが、一方、読みかじりで思い付きを搔き鳴らす安直な提言は、件数は圧倒的に多いが、重きを置けないと思われる。
 それにしても、混沌とした様相を通観したつもりの伝統的な業界通念と思うのだが、「史料をそのまま素直に読むと、その位置ははるか太平洋の沖に行ってしまう」との暴言は、伝統に囚われない客観的な視点で置き換えていただきたいものである。現代読者の「素直」は、史料の本意を外しているとみるのが、妥当な「反省」と見えるのであるが、通観の誤謬は、百年経っても糺されないのである。
 と言って、丸地氏の提言である「倭人伝に示されている行程」は、素人目には、いかに至芸とは言え、屈曲を極めた曲芸と見えるのである。当時の読者が、魏志巻末の蛮夷伝である「倭人伝」の読解に、このような至芸を示したとは思えないのである。

*「普通の解釈」の見当外れ
 また、ここに引用された解釈は、算用数字横書きの拙策を含め、原文に込められた、当時として、当然、自明の数値記述の解釈に失敗していて、「普通」の解釈の誤謬の定位、継承を示していると見える。「普通」が、(あまね)く通用するという意味としても、通用しているのが、千年後生の無教養な東夷に限定されている以上、中国文献解釈では通用しないのである。

 特に、「普通」の解釈と自称して、伊都国到達に続く三ヵ国を羅列解釈し、そのあとに、「邪馬台国」を繋ぐだけで収まらず、「水行十日、陸行一月」を同国への前提とみるという、伝統的な曲芸解釈を取り込んでいるので、自動的に混迷が深まる仕掛けとなっているのだが、当該論者の解釈を、大塚氏の諦念に加勢するとのつけ込みであり、まことに残念である。自動的とは、大抵は誤解されているが、要するに主体的に自ら動かすというのが、正しい意味なのである。由來である英語の(Automatic)が、既に、Autoの本意(自ら)を離れて誤解されているから、これは、日本人独特の誤解ではないが、ぼやきたくなる所である。

 岡田英弘氏が苦言を呈しているように、「倭人伝」は、三世紀の中国史官が、当代きっての筆耕で書き上げたものであり、二千年後生の無教養な東夷が、教養の乏しい浅知恵で、普通に読み解ける可能性は、希少なのである。「可能性」自体、ほぼありえないことの表現であるから、「希少」となれば、ほぼないことなのである。
 と言うことで、斯界の泰斗大塚氏とネット論者を一緒くたにしているが、それでは、大塚氏が初学の徒と同等の理解力しかないと決めつけているのであり、不適当ではないかと危惧する。よくよく考えていただきたいのであるが、その根拠として書き出されているのは、原文の正統な解釈でなく、お手軽な読みとりでしかないのであるから、一緒くたに落第していると見えるのである。
 ここで踏みとどまって、それは、当初の読みとりが稚拙なからではないかと、自問していただきたいものである。

1-3水行十日・二十日を地図上に図示
旅程を連続的に捉えるケースの外に、榎一雄氏の発案した「放射線説」(放射読み)との解決策も示されているが、…解決策は見えない。

コメント ここまで加担していた「ケース」(Case 事件、事例、症例の意味か)に、榎氏の解法、いわゆる「放射」説(「放射線」ではない)が付け足されているが、榎氏の提言の時代的限界で、総行程と解すべき「水行十日、陸行一月」を伊都国からの部分行程とされているので、また一つの不合理な解釈となっているのである。創唱者の早計を、延々と辿るのは、榎氏として、大変不満と思うのであるが、どうだろうか。
 ちなみに、そのような早計は、当時、古代史史料で、道里の最後に総道里を所要日数で締めくくる先例がないとする見識が、史学界で支配的であったことによるものと見える。(上田正昭氏の否定論が知られている)しかし、「倭人伝」の道里記事は、日数記事を並記するという点で誠に異例であるから、「読者」の理解を助けるために、総日数「都水行十日、陸行一月」と明記したという丁寧な解釈は、先例を必要としないのである。異例に先例がないのは常識である。

 要するに、別に、提唱者の榎氏を偶像視するのではなく、あるいは、論敵として打倒するのでもなく、氏の提言を契機とする客観的な一解釈として評価提唱いただきたいものである。

                                未完

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