今日の躓き石

権威あるメディアの不適切な言葉遣いを,きつくたしなめるものです。独善の「リベンジ」断固撲滅運動展開中。

2021年10月14日 (木)

今日の躓き石 「Go To」トラベルの愚劣さ~「ネーミング」が露呈した勘違いの再現か

                              2021/10/14

 今回の題材は、政府関係者諸兄の「言葉」の貧困を歎くのであり、政策としての手違いは「命名」の勘違いに、誰も気づかないことから来ているのではないかと思うのである。ご自愛いただきたいものである。諸兄が躓けば、何千、何万が、ずっこけるのである。

 今回は、再開に先立って、観光地の皆さんが呼びかけている報道を見て、これは、黙っていられないと感じたのである。
 皆さんの気持ちは、「いらっしゃい」と言う趣旨である。言うまでもないが、観光旅行に出かけるには、何ヵ月も前から用意して、予約するものだから、今日発表して明日から観光客がやってくるものではないしそれでは、食材の手配も、何も間に合わないので、政府の公式発表を待たずに、先駆けて呼びかけるしかないのである。

 これに対して、「Go To」は、政府関係者が市民に向かって、どこか「よそ」に行ってしまえと英語の命令文を号令しているのであり、決して「行きましょう」、「行ってください」と言うものではない。ちゃんとPleaseを付けなさいと習わなかったのだろうか。
 因みに、「いらっしゃい」と呼びかけられて応えるのは、「Go」でなく「Come」である。合わせて、英語不勉強の上塗りである。

 昨年7月の個人的経験から行くと、大阪からは、何とか会津に行けたのだが、多数派の東京人は、折角早めに予約を入れて、家族共々楽しみにしていたのに、都知事の突然の「自粛」命令で足止めされ、大量のキャンセルが出て、各地の人々は、とんでもない被害に遭ったようである。誰かが「行け」と命令しておいて、別の誰かが「行くな」とは、困ったものだと感じたものである。

 繰り返して言うと、観光地にとって手痛いのは、時間と手間をかけて、予約を受け、食材や働き手を用意したところへの、どたキャン「土壇場キャンセル」である。これは、一種の社会悪である。個人として、こんな悪事に手を貸すことはできないのである。おかげで、昨年10月以来、ほぼ、キッチリ足止めである。

 以上、政府の施策は、最高学府を最高の成績で修了した秀才軍団の輝く叡知と勤勉な労苦の賜物と思うのだが、今回の「Go To」ドタバタに関しては、落第生の答案を見ているようで痛々しいのである。人は、失敗から学んで「ノウハウ」を画策するのだが、素人の苦言も参考にして欲しいものである。

以上

2021年10月12日 (火)

今日の躓き石 都市対抗二次予選 二枚看板のダブル「リベンジ」の悪習

                           2021/10/12

 本日の題材は、毎日新聞朝刊12版スポーツ面、「10日のスポーツ」ページである。昨日は朝刊のない月曜日で一日遅れの報道である。それはそれとして、紙面ど真ん中に汚い言葉が二度登場して呆れているのである。これなら、この面をちぎり取ってお返ししようかと言うほどである。

 1発目は、選手談話めいた引用符入りで「ちょっとしたリベンジ」と自慢たらたらに言い崩しているが、言葉としては最悪の汚い言葉である。選手の失言を晒し者にして、全読者にぶちまける記者根性は、さもしいと言いたい。記者のいたずら心が紙面に並べた暴言は、決して取り消せないのである。

 2発目は、地の文で、宮城石巻の球場に登場した角高出身投手は、依然として災害復旧途上にある石巻に何の恨みがあってか「リベンジ」宣言したことになり、記者の出身県は知らないが、災害を免れた秋田角館に汚い言葉を塗りつけて、これもさもしい言い方である。
 記者自身に地域偏見がないとしたら、宮城と秋田の間に県対抗の対抗心、差別意識でもあるのだろうか。随分深刻である。選手にカウンセリングは、必要ないのだろうか。いや、記者も抜かさず。

 およそ、国際的な報道などあり得ないと偏見を抱いて、地方予選の記事のチェックに手抜きがあったとしたら、殊更都市対抗野球を侮辱したことになるので、敢然と告発した。どんな面でも、毎日新聞の基準は変わらないと思うからである。

 こうした汚い言葉は、断固撲滅すべきである。野球関係者には、染みついた悪習かも知れないし、地方によっては、口癖になっているのかも知れないが、それなら一段と撲滅しなければならない。次世代に、悪い言葉を押しつけないよう、指導者の皆さんにも、暴言廃止を問いたいところである。

 全国紙には、悪しき言葉を完全に撲滅する使命があると思うのである。

以上

2021年9月26日 (日)

今日の躓き石 「引きこもり」を内輪から責める「社会的距離症候群」の迷妄

                              2021/09/26

 今回の題材は、NHK定時ニュースなどで報道されている、その道の「権威」のトンデモ発言である。以下、この記事は、「権威」と「世間の人」の隔絶を歎くのである。

 まずは、素人目にも、権威が、世間の人が心の中でその言葉に対して抱いている「イメージ」なるもの(やや言葉の意味が不確かだが、漠然たる「印象」のことか)を、なぜ正確に把握できたのか不思議である。権威の使命は、「引きこもり」と捉えられている人たちの心を確かめるのが、本来の道ではないのだろうか。ここでは、世間の人の誤解を調査し、病根を摘出したことになる。的外れではないだろうか。
 あえていうなら、権威は、そのような堅固な見解を固めるまでに、全国調査でもしたのだろうか。何人に聞いて何人がそう答えたのだろうか。今回の発言には、そのような見解に至った根拠(データ)が示されていない。

 次は、「引きこもり」と言う平易な日本語すら(権威によると)「誤解」してしまう世間の人に、長々と漢字が続く新語を提案して、正確に、つまり、権威の思っている意味と同じ意味で覚えてもらえると思っているのかという疑問である。
 世間の人は、権威を基準にすると、当然、教養のほどが違うので、同じ理解ができないのではないかと懸念するのである。言葉が通じなければ、何を語っても伝わらないのではないか。誤解以前の問題である。

 そう思う背景は、権威が回天の妙策と言うつもりで持ち出したのか、「ソーシャルディスタンス」なる、世に蔓延るにわか作りのカタカナ語の剽窃である。

 また、「社会的距離症候群」なる解決策は、劣悪この上ないのである。以下説くように、「社会的距離」なるにわか作りの造語は、劣悪な産物であり、そうした言葉と「症候群」を繋いで、何を言いたいのか不明である。

 正直言って、COVIT-19(「コロナ」は、トヨタ自動車の主力車の商標であり、病原体の愛称として口に出すのは恥ずかしい)蔓延防止ということで、一部の高名な提唱者が間違って唱えたカタカナ語「ソーシャルディスタンス」が、定説となって出回っているが、これは、ある種の「距離」を言っているだけで、そうした距離を「置きなさい」と言うメッセージは、一切こめられていないので、明らかな誤用なのだが、引っ込みがつかなくなったせいか、強引に意味をこじつけて出回っているのである。いや、これは、一部政治家や都道府県知事の浅薄なぶち上げのせいであって、権威に責めはない。

 と言うことで、権威は、にわかに、「社会的距離症候群」なる熟語を持ち出して、先に挙げたはやり言葉と大変紛らわしい「ソーシャルディスタンシング」なる、正しいが、まず世間の人に理解されない言葉を持ち出している。
 また、ここまで紛らわしいと、商品名だったら、商標権侵害、文学作品であれば、剽窃、パクリである。世間の人の信用を無くすことは、間違いない。用語の権利関係の確認はともかくとして、だれも、この言葉の「パブリシティ」効果について、まじめに考えなかったのだろうか。一度世間に出てしまうと、取り消せないし、訂正も効かないのである。仲間内でダメ出ししないのは、良くない習慣である。誰かが、率直に意見すべきではなかったかと思えて、まことに、勿体ないのである。

 それはともかくとして、ここまでの流れでは、世間の人が、ご高説の漢字熟語を見ても、カタカナ発音を聞いても、英語を見ても、権威の思いは、何も伝わらないのである。覚えてもらえなくては、泡沫(うたかた)となるだけである。

 正直なところ、「引きこもり」現象を誤解しているのは、NHKの諸番組を含めたメディア側の諸兄の短絡的理解である。家庭内にありながら、ドアに鍵をかけて、家族にすら替えを見せない、いわば、極端な事例を番組で取り上げるから、世間の人に定説となっているように、権威に誤解されるのである。いや、今回のNHKの報道は淡々としていて、当事者意識は見られないが、普通に読めば、誰が責められているのか、うっすらわかるのではないか。

 それはそれとして、話題の原点に戻ると、「引きこもり」は「閉じこもり」でないことは、世間の方はご存じの筈である。
 だって、昔から、「没交渉」と言うように、そうした生き方はあったのである。

 例えば「引きこもりがち」とでも言えば、世間の方に、たやすく理解されると思うのである。そうした核心に向かって、若者言葉で言えば、「ガチ」勝負すべきなのである。物事の核心から目を背けて、自分独特の言語宇宙に逃げてはいけない。自己陶酔してはいけない。
 どうか、権威には、自分で作った金剛石の「から」を出て、世間に出て世間の人の言葉を聞いて、その思いを察して欲しいものである。
 そうしなれけば、権威の高邁な思いは俗耳に伝わらないのである。

以上

 

 

2021年9月21日 (火)

日本文化の誤解を歎く 将棋の「クイーン」談義に苦言 再掲

                       2019/05/21 補充 2021/09/21

 本稿は、毎日新聞デジタルサイトの連載コラムに関する意見です。時折参照されることがあるので、少し書き足してみました。

 日本文化をハザマで考える  第4回 変わりゆくチェスと将棋の「クイーン」
          2019年5月21日 11時52分 Texts by ダミアン・フラナガン

 当該コラムの位置付けについて考えましたが、いろいろ誤解されている点について、率直に異議を呈するのが誠意の表れとみて、以下のように、苦言を申し上げるのです。

□「日本」に国王なし
 まず、「日本」には、古来、国王はないので、「国王」の配偶者としての「女王」はなかったのです。ないものが、広く通じることはないのです。

 「日本」は、国名が成立した八世紀以降であり、それ以前、「日本」の無い時代、文書記録の整っていない三世紀の中国の歴史書によると、男性の国王を女性が継いだ時、「女王」と呼ばれたようですが、それにしても男性の国王の配偶者を「女王」と呼んだ形跡はありません。

 因みに、「日本」が文字「文化」を学んだ中国では、女性が君主となることはなく、また、君主は、歴代「皇帝」だったので、国王の配偶者を「女王」ということもなく、「女王」と言う漢字言葉の理解には、難点がつきまといます。(唯一の例外は、唐代の「武則天」ですが、例外があるということは、通則の邪魔にはならないのです)

 ご承知のように、古代、「日本」の君主は、「天皇」であり、配偶者は「皇后」であって「女王」ではなく、皇太子以外の男性王族を「王」と呼んだ際、女性王族を「女王」(じょうおう)と呼んだようです。これは、本来、「娘王」(じょうおう)だったのかも知れません。現代語でも、「女王」の発音は、「じょうおう」であって、「じょおう」ではありません。よく聞いてほしいものです。

 して見ると、「日本」には、「クイーン」に相当する呼称は、一切なかったようです。たまたま、漢字で、「女王」と書かれても、その時、女性君主を想定した可能性は、まずないということです。

□将棋の素性
 以上、筋の通った説明を試みましたが、世間に通用している理解とは異なるとしても、世間の大勢の誤解、勘違いを放置していると、このようになるという見本にもなっているように思います。その点で、この記事が何かの警鐘になれば幸いです。

 将棋は、遅くとも、12世紀の鎌倉時代には到来していたようですから、その時点で、今回のコラムにあるように、元になる「チェス」類似の競技に、クイーンは成立していなかったということで、クイーンは来日していなかったのです。

*中将棋にクイーンなし
 今回念を入れて調べたところでは、中将棋には、「クイーン」の、日本語で、国王の配偶者なる意味を書いたコマはないのです。確かに、チェスのクイーンの動きに相当する「奔王」という駒はありますが、とても女王とは見えません。

*将棋に王将なし
 そもそも、先ほど上げたように、日本には、王を君主とする制度がなかったので、「キング」を「王将」とすることはないのです。

 大事なことは、王は君主であって将ではないので、王将は、君主の部下になります。女王なる駒を王将と共に並べたら、王将は女王の臣下、女王が盤上の君主となり、理屈に合わないこととなります。

 少し丁寧に説明すると、俗に「王将」と言いならわしているものの、これは誤解の産物であり、本来、中国で「金」(将)「銀」(将)と並べた財宝の中央に鎮座する至上の財宝を「玉」(将)と考える方が、筋が通るのです。
 かくして、将棋の配置を見ると、香 桂 銀 金 玉 金 銀 桂 香と高貴な財宝を並べているのです。

 つまり、将棋は、チェスと異なり、財宝を取り合う知恵比べであって、戦争ゲームではなかったと見えます。戦後、皇室で将棋が愛好されていたことからも、そのように思うのです。

 と言うことで、将棋には、本来、男王も女王もないので、ないものが浮上することはないのです。

□生き続ける中将棋
 それにしても、1930年代、京都で中将棋の伝統が絶えたというのも、関係者には気の毒な誤解で、実際は、大阪中心に連綿として継承されているのです。Wikipediaによれば、将棋界のレジェンド 故大山康晴氏(15世永世名人)が、数少ない継承者だったとされています。

 いや、英文には、単にwasと書いているので、その時点で中将棋があったと言うだけで、伝統の終焉を意識させる「までは」は、軽率な誤訳かも知れないのです。「伝統が絶えた」のなら、had beenと書くものであり、多分、余り英語に通じていない人の仕業でしょうか。

□無形文化遺産の維持
 最後に、伝統的なゲームの勝手なルール変更について異議を申し述べます。

 将棋は、少なくとも、十七世紀初頭以来伝統を受け継いでいるものであり、今日も、多数の人々によって愛好されています。将棋とは、ゲームであり、それを愛好する人々の共通の財産なのです。

 それは、ゲームのルール、駒の名称にも及んでいて、
個人が勝手に変えることは許されないのです。それは、チェスでも同様と思います。

□「不法」の意義
 書かれているように、チェスと違うルールのゲームを作ってチェスだと言ったら、それは、チェスではイリーガル(Illegal)、つまり、「違法」なのです。現代に到っても、チェスのインターナショナルマッチは、国と国の威信をかけた争いであり、それこそ、細かい振る舞いまで厳重に規制されるものなのです。気ままなルール変更など、もってのほかです。

 当コラムの著者は、タイトル付けの無神経さに加えて、こうした大事な点が理解できていないようなので、きつく釘を打たせていただきます。
 それにしても、「変わりゆく」と決め付けられている「チェス」と「将棋」からは、当記事以外、反論はないのでしょうか。

 この世界には、個人の我が儘で壊してはならないものが、沢山あるのです。

 因みに、将棋が「本将棋」と呼ばれるのでわかるように、将棋の駒を使った挟み将棋や山崩しに始まり、衝立将棋などの変則ルールの将棋が多く知られていて、また、興味深い新種が生み出されていますが、「本将棋」は不変なのです。

 よろしくご理解の上、賛同いただけたら継承いただきたいのです。


 以上、特に参考文献は挙げませんが、それは、このような断定的な意見を公開する際に、ご当人がなすべき義務と思うからです。いい加減な思い付きを叱責するのに、労力を費やすだけでも十分なので、後は、ご当人が調べるべきものです。もっとも、特にコメントも質問もないので、全国紙に載った記事は、そのまま定着するということなのでしょうか。

以上

2021年9月 8日 (水)

今日の躓き石 パラ閉幕、続く毎日新聞「リベンジ」蔓延の負の遺産

                            2021/09/08

 本日の題材は、毎日新聞大阪朝刊12版スポーツ面の輝かしかるべき記事であるが、乱暴な大見出しで、大変残念、と言うか、選手の顔に泥を振る無残な記事になっている。でかでかと、「リベンジ」宣言して賛美しているのは、何とも、血なまぐさいのである。

 本来、毎日新聞の良心が、このような無残な報道を抑えるはずなのだが、当記事では選手が晒し者になっている。恐らく、年若い、世間知らずの選手が漏らした談話を、未熟な記者が勘違いして見出しにしたのだろうが、なぜ、誰も止めなかったのだろうか。全国紙編集部に、良識ある校閲者がいないはずはないと思うのである。

 日本のスポーツ界では、負けを屈辱とし、復讐を誓う汚らわしい言葉を美談に勘違いする悪しき習慣が蔓延しているように思う。つまり、一部指導者が、そのようにけしかけているのである。
 だから、個々の選手が、何も知らずに忌まわしい言葉を口にすることはあるだろうが、良識ある毎日新聞が、悪しき言葉を蔓延させて、後世に伝えるのは、何としても、避けて欲しかったものである。

 少なくとも、毎日新聞には、随一の全国紙としての品位があると信じているのだが、こう取りこぼしが多いと、次第に信頼が失われるのである。校閲しない紙面など、届けて欲しくないものである。

 わかりきったことだが、「リベンジ」は、血なまぐさい報復であり、太古以来、各宗教の教えで厳重に禁じられている。ところが、背教者が蔓延させ、継承しているのである。世に絶えないテロは、報復の連鎖である。少なくとも、毎日新聞社が気づいていないはずはないのだが、なぜ、紙面から消えないのだろうか。これでは、日本人は、復習賛美者の集団になるのである。

 今回、未来あるアスリートの業績と今後の努力に、泥と血糊を塗りたくった報道は、何とも、おぞましいのである。毎日新聞は恥を知るべきである。

 是非とも、少なくとも、毎日新聞の紙面から「リベンジ」が永遠に消え、その背景として、一人一人の記者が報道現場で、選手達に親身になって、この呪わしい禁句の撲滅を指導する姿を見たいものである。言葉は、どの時代にも本来の意味を知らないものが、無残に乱していくものであるが、全国紙は「言葉の護り人」となって、悪質な言葉の蔓延を防止して欲しいものである。

 このブログの一連の記事は、燃えさかる山火事に、柄杓で手桶の水を振りまくにも及ばない無力なものかも知れないが、それでも、言わずにいられないのである。

以上

2021年9月 4日 (土)

Windows 11 Insider Previewのアップデートで一部に不具合 解決策記事訂正あり

                         2021/09/04
 本件は、Windows 11 Insider Preview利用者の一部の問題に過ぎないので、大半の読者には関係無いと思うが、まあ、当ブログ筆者のような該当者には、主力機が操作不能、回復策不明という大変困った事態なので、何かの参考になればと言うことで、ご報告する次第である。

 本件は、当家で、YouTube動画の処理を任せている主力機2台が同時に発症して、何もできない事態になり、大変困った、迷惑な、実害のあるトラブルであるが、数日とたたない間にWindows Insider Blogに実行可能な対策が掲示されているのに気づいて、なんとか回復できたのである。

 但し、タスクバーが表示されず動作が不安定な状態では、ブラウザーの呼び出しも操作も不安定、同記事が呼び出せず、コピーペーストができないために、誤入力の訂正を繰り返したので、レジストリーエディターを起用する方法を模索したのであった。因みに、当対策は、タスクマネージャーからCmdを呼び出すので、タスクバーが不安定でも確実に操作できた。

 続いて、国内サイトITmedia PC USERに、掲題記事が掲示されたのであるが、Windows Insider Blog記事の翻訳紹介に加えて、レジストリーエディターを起用する対策が掲示され、当方の考えに図星だったので、サブ機に適用し回復したが、記事に誤記があったので、下記指摘しておく。

Windows 11 Insider Previewのアップデートで一部に不具合
 タスクバーが「無応答」に(解決策あり)

 まず、最初の下記1-8は、Windows Insider Blog記事の翻訳紹介である。

**引用/訂正**

  1. キーボードのCtrl+Alt+Deleteキーを押す
  2. 出てきた画面で「タスク マネージャー」をクリックする
  3. 「詳細」ボタンをクリックする(簡易表示の場合)
  4. 「ファイル」をクリックする
  5. 「新しいタスクの実行」をクリックする
  6. テキストボックスに「cmd」と入力して「OK」をクリックする
  7. コマンドプロンプトが表示されたら「reg delete HKCU\SOFTWARE\Microsoft\Windows\CurrentVersion\IrisService /f && shutdown -r -t 0」と入力してEnterキーを押す(コピーアンドペースト可)
  8. 再起動したら再度ログインする

 コマンドプロンプトが苦手(不安)な人は、5番目の手順まで進んだら以下の手順を試してみてほしい。

  1. 「このタスクに管理者特権を付与して作成します。」にチェックを入れる
  2. テキストボックスに「regedit」と入力して「OK」をクリックする
  3. 「HKEY_CURRENT_USER」フォルダを展開する
  4. 「Software」フォルダをクリックして展開する
  5. 「Microsoft」フォルダをクリックして展開する
  6. 「Windows」フォルダをクリックして展開する
  7. 「Microsoft」フォルダをクリックして展開する
  8. 「CurrentVersion」フォルダをクリックして展開する
  9. 「IrisService」フォルダを右クリックする
  10. 「削除」を選択する
  11. 削除に関するダイアログボックスが出たら「はい」をクリックする
  12. ウィンドウを閉じる
  13. PCを再起動して再度ログインする

**引用/訂正終わり** 

 一行入力で処理完了する対策は、明快であるが、当のPCのブラウザーで所定の記事を簡単に表示できない、つまり、コピー/ペーストできないときは、今回対応したように、別の被害を免れたPCで表示した文字を長々と書き写すので誤記が出る。どこが間違っているか、指摘がないのでよくよく照合するしかない。

 代案のレジストリーエディター操作で危険と感じるのは、10で結構登録項目の多い「IrisService」フォルダーを全削除する所で、ほんとに良いのかと、一瞬思うだけである。

 と言うことで、7の処理は勘違いで紛れ込んでいるが、項目が見当たらないので実行できず、仕方なく、『レジストリの「HKEY_CURRENT_USER\Software\Microsoft\Windows\CurrentVersion\IrisService」フォルダを削除 』するから、この一行は余計であるとわかるのである。
 指定項目が無いとわかったら、一行命令を確認の上、8を実行すれば良い。

 これまで、WindowsUpdateの不調の際は、最悪、Updateを取り消して、対策が出るまで待てば良かったのであるが、今回は、立ち往生という新手のトラブルで、誠に難儀したのである。

以上

2021年8月17日 (火)

今日の躓き石 NHKに望まれる「美しい言葉」垂範 「リベンジ」撲滅に力を

                        2021/08/17

 今回の題材は、「スポーツXヒューマン」「”誓い”のメダル………」と題するオリンピック体操競技に関するドキュメンタリーの再放送である。

 ここで讃えたいのは、選手達の努力の尊さとともに、それを冷静に報道するNHKの心意気である。選手は、目指すのは、技術の完璧さだけで無く、「美しさ」だと聞こえた。

 ところが、それを、視聴者に伝えるはずの大事な番組で、選手が漏らした「リベンジ」のこの上なく汚い失言を、そのまま取り上げているのは、まことに勿体ないと思うのである。これでは、選手個人の暴言の記録を「永久保存」、「無限拡散」してしまうのである。
 選手達は、目前の体操演技の向上に専心していて、口に出している言葉が世間にどう受け止められるか、考えが行き届いていなくて、周辺の指導者も、気づかないのは無理の無いことだが、世界一の日本語を持ち合わせているNHK関係者が、何も選手の言葉の「美しさ」の向上に寄与していないのは、困ったものである。

 NHKの番組の言葉遣いは、全国民のお手本であり、はるか後の世代まで影響を残すのである。公共放送としてのNHKには、そこに出てはならない言葉があると理解いただき、世間の忌まわしい流れ、病害蔓延を堰き止めて欲しいのである。

 毎回繰り返すので、あごがくたびれるのだが、「リベンジ」なるカタカナ語は、英語に根ざしていて、英語では、血なまぐさい復讐を意味し、世界に渦巻くテロリズムの根強い源泉になっているのである。そして、報復、復讐のくり返しは、世界に悲惨な出来事を繰り広げ、繰り返すから、「リベンジ」は神の手に委ねて人は恨みを晴らすな、と言うのが、古代オリエント、メソポタミア文明に元を見いだせる世界宗教の根本的な戒律である。

 どうか、NHKの番組から「リベンジ」が絶滅し、番組の取材過程で、NHK関係者が、これほど大事なことを習っていない人々の心に、「リベンジ」を口にしない「美しい」心を広げるように望みたいのである。

 後世に「美しい」言葉が残るように望むものである。

以上

2021年8月15日 (日)

今日の躓き石 無責任な毎日新聞の高校野球報道 「リベンジ」クラスター発生か

                         2021/08/15

 今回の題材は、毎日新聞大阪朝刊14版のスポーツ面、高校野球選手権大会報道の囲み記事である。

 まず、「因縁の対決」とは、恐れ入った。この場所に、深遠な仏教用語を持ち出すのは、どんな神経なのだろうか。高校野球の対戦は、「前世からの因果の報い」という主旨なのか。今回の記事で言うと、両校の対戦と勝敗は、仏の計らいで運命づけられているとでも言うようである。一度、どんな思いで書いているのか、説明戴きたいものである。記者は、仏僧として得度しているというのだろうか。それにしては、後が続かない。普通は、「偶然の一致」と、宗教色を避けて笑い飛ばすはずである。

 そして、ひょっこり、選手談話として、再戦は偶然ではないと信念が吐露され、続いて忌まわしい「リベンジ」が飛びだし、記者は、堂々と宗旨違いのコメントを取り上げているのである。別に、選手には、仏の計らいに恨みはないだろうし、まして、ここにキリスト教で禁じられている復讐を持ち出されても、仏様には、何ともできないのである。
 もちろん、高校野球で、個人的な復讐心で、相手をぶっ殺すなど、言うものではないのである。

 毎日新聞には、全国紙としての品格はないのだろうか。

 どうして、「リベンジ」のような汚い言葉を聞き咎めもせず、モロ出しで報道して、蔓延、拡散に尽くすのだろうか。選手も、何も知らずに口走った汚い「禁句」を、このように全国報道されてはたまるまいと思うのである。

 一読者として、毎日新聞には、世の悪しき言葉、悪しき妄想を滅ぼすことに尽力してもらいたいのであるが、記者諸氏は、「リベンジ」クラスター振興に力を尽くしているのだろうか。

 死ぬだの、殺すだの、やられたらやり返すだの、暴力志向の言葉は、昭和で、いや、せめて平成で終わりにして、遠慮無く絶滅させて欲しいものである。いや、スポーツ界だけでも良いのだが。

以上

 

2021年8月10日 (火)

今日の躓き石 毎日新聞が暴く野球界の米国蔑視「リベンジ」押しつけ

                                2021/08/10

 今回の題材は、毎日新聞大阪朝刊14版スポーツ面の野球金メダル賞賛記事である。『64年の「侍」』云々と題されている。つまり、記事の視点は、64年東京五輪の公開競技で、来日チームとダブルヘッダーを戦った証人が、力及ばなかった敗戦と今回の金メダルに至る精進を対比しているのであるが、当然、傲慢な勝利者談話ではない。

 野球は、「日本の風土で生まれて、日本で発達し、それを日本人指導者が世界に広げた」のではなく、正岡子規の逸話で示されているように、明治時代に米国人から習ったものであり、以来、一世紀にわたって、米国に勝つことを目標としていたように思う。遙かに高嶺を仰いで、目標としていたと思うのである。
 今回の記事も、自分たちが及ばなかった境地に遂に達した後輩の栄光に感動しているものであり、決して、勝って当然とは思っていないのである。まずは、そう思って読み進むのである。

 しかし、当記事は、最後に大きく暗転して、そこまでに醸し出した「美談」を泥沼に突き落とすのである。別に、物知り、訳知りの毎日新聞社記者に、こんな無法なオチを付けて貰いたくて、毎日新聞を購読しているのではないのである。

 思うに、米国チームメンバーは、大半が、敬虔なキリスト教徒である。子供の時から教え込まれた世界観では、「リベンジ」は、神に逆らう罰当たりな言葉である。米国チームに、キリスト教徒が口にしない罰当たりな言葉の汚名を着せるのは、許しがたい暴言ではないか。一度、毎日新聞社の校閲部門には、よく考えて欲しいものである。

 要は、「リベンジ」暴言であるが、今回は、一段と深刻である。今後のオリンピックで、野球が復活したとき、敵は、仕返しを企むから、返り討ちにしてやれとけしかけているのである。いや、それを、日本語で言うならともかく、英語由来のカナカナ語で「リベンジ」と言うから、事態は深刻なのである。まず、知る限り、明治時代に「リベンジ」のように、意味の通じないカタカナ言葉を持てはやす蕃習はなかったから、当時、米国人から習った言葉ではないはずである。

 むしろ、今回の米チームは、メジャーリーグ選抜ではないから「本気」ではない、次は、「ドリームチーム」で金メダルを奪還すると見ているのであり、勝った気になって気を緩めるな、と言うことのようであるが、日本チームだって、メジャーリーグに属している名選手は参加していない。お互い様と、素人は思うのである。また、勝った相手に、おまえ達は、遊び半分の二流だと言い放つのも、大人げないと思うのである。毎日新聞記者の誘導尋問に引っかかって、暴言を漏らしたようにも見えるのである。

 つまり、これは、事実の報道を離れ、ジャーナリズムが勝手にこね上げて、64年の侍に塗りつけた傲慢な世界観を、このような形で全国紙紙面に書き立てているように見えるのである。
 少なくとも、未来ある若い読者に、このような形で、忌まわしいことこの上ない暴言の悪疫を蔓延させるのは、全国紙の務めを果たしていないのではないか。
 いや、いくら全世界を「滅菌」して暴言の撲滅を図っても、一個の菌が生きのびて世に出れば、たちまち増殖して、全世界に蔓延するのである。毎日新聞の威力である。

 いつまでたっても、気を緩められないのである。

以上

 

2021年8月 7日 (土)

今日の躓き石 野球金メダルに泥を塗ったNHKアナの米チーム侮辱の「リベンジ失敗」発言

                          2021/08/07

 今回の題材は、NHKGの実況放送で、ケームセットの後のNHKアナウンサーの暴言である。

 相手チームが『準決勝で負けた「リベンジ」もできなかった』と手ひどい侮辱を浴びせたのである。この発言を英訳して相手にぶつけたら、憤激を買ったと思うのである。アメリカ人は野獣ではないし、大半は敬虔なキリスト教徒である。子供時代から、リベンジ(revenge)は、神の固く禁ずるところだと教えられているから、不信心者の日本人に言われたら怒り心頭の筈である。

 負けたときに、下手とか弱虫とか根性無しとか、侮辱する言葉はあるが、今回は、徹底的である。言葉のプロであるNHKアナが、公共の電波でそのような「放送事故」もの発言をしたのは、まこと嘆かわしい。

 もちろん、折角の勝利に、味方からどっぷりの泥を浴びせられた日本チームメンバーの気持ちも、傷ましいのである。

以上 

 

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