歴博談議

国立歴史民俗博物館(通称:歴博)は歴史学・考古学・民俗学研究機関ですが、「魏志倭人伝」関連広報活動(テレビ番組)に限定しています。

2024年6月 2日 (日)

新・私の本棚 番外 NHK「誕生 ヤマト王権~いま前方後円墳が語り出す」1/4 三訂

私の見立て ★☆☆☆☆ 粗雑な仮説の粗雑な紹介 誤報 2021/03/28  改訂 2021/07/23 2024/06/02

*加筆再掲の弁
 最近、Amazon.com由来のロボットが大量に来訪して、当ブログの記事をランダムに読み囓っているので、旧ログの揚げ足を取られないように、折に触れ加筆再掲したことをお断りします。代わって、正体不明の進入者があり、自衛策がないので、引きつづき更新を積み重ねています。

〇 はじめに~NHK番組批判の弁
 今回は、NHK番組の批判ですが、下一の報道機関である公共放送NHKが、古代史分野一機関の粗雑な仮説を、十分検証せずに番組制作した点に批判の重点があります。以下、番組進行順に、即席の批判を積み重ねたので確認いただければ幸いです。(素人著作の批判とは別世界です)

〇NHK番組紹介~NHKサイトより引用
 私たちが暮らす日本という国はどのように誕生したのか。神話の世界と歴史的事実をつなぐのが全国に4700基ある前方後円墳だ。今、最新の科学技術を使った研究から、新発見が続いている。番組では最初に築造されたと考えられている巨大前方後円墳の「箸墓古墳」の謎の解明を出発点に、それを築いたヤマト王権が一体どのように誕生し、日本列島の姿を変えていったのかに迫ってゆく。出演:松木武彦(国立歴史民俗博物館教授)ほか

〇粗雑極まる「タイトル」設定
 この番組紹介を見ると、まず「前方後円墳が語り出す」と言う怪奇現象に驚き、チャンネルを間違えたかと思うのです。二千年前に造成され、半ば放置されていた遺跡が今、声を上げて語り出すなら、現代人が陰に隠れた子供だましのお化け屋敷です。河内の古墳群の近傍は、うるさくてしょうがないでしょう。いずれにしろ、公共放送が、教養文化番組として製作すべきタイトルではありません。
 どうも、当番組は、国立歴史民俗博物館(歴博)宣伝番組のようで、タイトルも持ち込みかも知れませんが、NHKは視聴者からの受信料で運営される公共放送ではないのでしょうか。妖怪が、しゃしゃり出てきたら、先ず、「名を名乗れ」というものではないでしょうか。
 以上のように不吉な番組紹介を越えて番組を視聴しましたが、特定の団体に奉仕する内容は目を覆わせるもので受信料返せと言いたいものでした。

 因みに、雑踏となっている先入観を離れてタイトルを見ると、「ヤマト王権」は、「前方後円墳」の萌芽と成長に伴って台頭したという主張だけであり、これは、遺跡、遺物に基づく多数の研究者の合議体による「実直な考古学考察」に連携しているので、特に異論を述べる筋合いはないのです。いわば、鉄壁のご高説なのです。
 ところが、『そのような「実直な考古学考察」定説を奔放に変形して、その萌芽を、倭人伝の描く三世紀にずり上げ、「ヤマト王権」の成長発端を、大幅にずり上げた無理がたたっている』のです。
 学界全体で築きあげた考察は、同様の過程を経て、つまり、同様の時間をかけて、同様の合議体で審議して、初めて改訂できるものではないでしょうか。 

〇 無批判、無検証の危うさ
 一番問題なのは、この番組には、従順な聞き役しか出てこないで、長々と「歴博」の勝手な(検証されていない)主張を無批判に踏襲することです。特に論敵「九州説」の主張を、勝手に代弁して揶揄していることは、公共放送による論争報道のありかたとして、論外です。よく言う(勝って当然の)独り相撲です。
 「歴博」と言うと公平な視点で運営されていると解されがちですが、多額の運営費用と有能な人材を投入して「纏向説」を高揚している「畿内派本山」と見えるのです。

 さらに言うと、番組が、世上論議が渦巻いているC14年代判定の「歴博お手盛り」の無謀な見解を無批判で採用するのは不穏です。本来、自然科学技術による客観的な判定であるべきものが、歪んでいると否定的に評されるのは、つまり「歴博」が存在意義をかけた独自判定で、念入りに判定者に圧力をかけたものと思われます。判定に要する最先端機器の、高額の運転費用を、意に染まない判定結果であれば、費用支払いに疑義を呈する、と言うか、次回以降の判定依頼を「考慮」するという言外の圧力は、むしろよく見かけるものであり、別に驚くものではないのですが、この事例では、ちょっとあからさまな形で露呈したようです。(安本美典氏の考察を参考にしていますが、自分なりに分析した物です)

〇 粗雑な科学見識、大時代の内部闘争
 ニューオンが「見えない素粒子」とは珍妙な意見で、「見える」素粒子などありません。子供だましでなく、「科学的」に述べて欲しいものです。
 「殴り込み」など、反社会的団体風言動がそのまま出回っているのは、「畿内説」陣営内の不穏な動きを暴露しています。そして、それを、視聴者にぶつけるのは、NHKの品性を疑わせます。チェックなしなのでしょうか。

〇 甘い判断
 因みに、松木教授は、軽く、箸墓が卑弥呼の墓なら、女王国は纏向しかあり得ない」と断じます。それ自体、軽率で非論理的な、無用の断言です。畿内説論者でも、箸墓は「倭人伝」に書かれている卑弥呼の墓ではないことが明確だから、むしろ、宗女「壹與」の墓であろう」とする論者が見えます。浅慮早計で、立脚点を間違えているようです。
 続いて、三世紀文献、中国史書「魏志倭人伝」に従えば「九州説」も成立する」とは、けったいな独善です。
 先の「女王国」誘致発言とともに、伝統の「倭人伝」改竄戦略から撤退、転進したのでしょうか。このあたり、自陣営の過去の発表との整合が審査されていないようで、さらに、番組司会者から過去番組との関連に対して何の質問もないのが、奇っ怪です。

                                未完

新・私の本棚 番外 NHK「誕生 ヤマト王権~いま前方後円墳が語り出す」2/4 三訂

私の見立て ★☆☆☆☆ 粗雑な仮説の粗雑な紹介 誤報 2021/03/28  改訂 2021/07/23 2024/06/02

*加筆再掲の弁
 最近、Amazon.com由来のロボットが大量に来訪して、当ブログの記事をランダムに読み囓っているので、旧ログの揚げ足を取られないように、折に触れ加筆再掲したことをお断りします。代わって、正体不明の進入者があり、自衛策がないので、引きつづき更新を積み重ねています。

〇 「ヤマト」王権~「文化」の詐称
 ヤマト王権が、七世紀あたりに、律令制度を敷いたのは、遣隋使、遣唐使の持ち帰った知識によるものであり、従ってそれ以前には何も法制がなかったと見ているはずです。
 各地にほかの「文化」があったと誤解を述べますが、文字の無い世界に文書はないから「文化」はなく、単なる、風俗習慣です。その証拠に、文書記録が皆無で、何も伝わっていません。

〇 粗雑な列島展望
 さらりとごまかしていますが、筑紫、北九州に太陽の女神の信仰はなかったと言う主旨が述べられています。これほど重大な仮説をどさくさ紛れに開陳するのは、胡散臭い物がありますが、倭人伝に、「太陽の女神」は、一切登場しないのです。何を主張しているのでしょうか。

 そして、「列島最大」と言いますが、関東、東北はどうなっていたのか。いずれも重大な提言に説明がありません。仰々しい四千を越える墳丘墓の検証はなく、大半は「箸墓」論議です。奈良盆地内の他遺跡の考察も、ほとんどありません。まことに、胡散臭い自家製新説です。

〇 不穏当な「ルーツ」論援用
 箸墓の「ルーツ」が各地に窺えるとは、「職人を大挙拉致し、奴隷として駆使した」との主旨でしょうか。
 造墓は大規模な技術集団を必要とし、技術を結集しようにも、言葉の問題以外にも設計図が読めなければどうにもなりません。職人拉致談義は、「ルーツ」と言う(語源に戻ると、大変)不穏当な用語のせいばかりでもありませんが、「神がかり」よりは、まだまともな考察です。

〇 箸墓造営論
 箸墓は、石積みで覆われたとして、倭人伝で、卑弥呼の墓は、「冢」、つまり土饅頭であり、巨大なものは作れません。考証の齟齬でしょうか。
 王墓造成には、まず、候補地を決めて縄張りし、一大土木工事、それも、未曾有のものを施行しなければなりません。
 当然、多数の労力を長期間動員するので宿舎と食料が必須です。それは、国家として保有している官人、食料庫の他に設けなければなりません。期間中に必要な石材や材木を倉庫に貯めねばなりません。などなど、厖大、広大な建設現場が必要で、国家の中枢を離れたところに設けるものです。
 つまり、墳丘墓は、国の王宮などから、相当離れた場所に設けざるを得ないのです。王宮は、南の飛鳥や北の平城京あたりとも思えます。
 一部に、卑弥呼は、筑紫で君臨していましたが、晩年に畿内方面に移住し、そこで没して、墳丘墓に埋葬されたという「奇説」を聞いたことがあります。(「奇説」は、伝統的用法であり、褒め言葉です。念のため

 素人考えですが、こうした異論をすっ飛ばすとは、松木教授は余りに太平楽ではないかと思われます。それとも、良い度胸をしているのでしょうか。

〇急遽否定された武力統一
 ここで、松木教授は、従来の「定説」を覆して、ヤマト王権は、武力統一なしの合意国家と言います。学界を揺るがしかねない大転換ですが、纏向派は、いつ、どのような論議を経て、転進したのでしょうか。

 文書のない時代、列国が対話、談合するとしたら、話す言葉は不統一の筈であり、どうやって意思疎通し、合意ができたのか、合意の文書記録をどのように残したのか、まことに不思議です。近隣同士なら、日頃の近所づきあい、口頭対話で折衝が進められますが、離隔していて季節の挨拶しかできなければ、当然疎遠であり、まして、往来しようにも片道数ヵ月かかっては、新年の挨拶も粗略になりがちで、いつまで経っても、ほぐれる一方で固まるはずのない天下です。
 いや、そもそも、当時の交通事情を想定すると、遠隔地の国と喧嘩することも、同様に困難なので、中国戦国時代の秦国の取った「遠交近攻」の政策が賢明なのです。文書通信があり、街道での往来が容易であった先進国でも、隣り合っていればこそ喧嘩して争うことができたのです。
 「合意」と称して諸公は騙せても、配下は国益を損なう合意に納得しないはずです。武力で威圧しなくては、手前勝手な契約を押しつけることはできないのです。
 古代、漢武帝が、西域諸国の服属を求めて、百人規模の使節団を各地に送り込みましたが、服属どころか、使節団を一度ならず皆殺しにして、高価な手土産を奪い取った例が珍しくないのです。武力無くしては「説得」できません。

                                未完

新・私の本棚 番外 NHK「誕生 ヤマト王権~いま前方後円墳が語り出す」3/4 三訂

私の見立て ★☆☆☆☆ 粗雑な仮説の粗雑な紹介 誤報 2021/03/28  改訂 2021/07/23 2024/06/02

*加筆再掲の弁
 最近、Amazon.com由来のロボットが大量に来訪して、当ブログの記事をランダムに読み囓っているので、旧ログの揚げ足を取られないように、折に触れ加筆再掲したことをお断りします。代わって、正体不明の進入者があり、自衛策がないので、引きつづき更新を積み重ねています。

〇 空疎な「広域」観 
 つまり、互いに十分知り合えない「疏」状態では、広域国家も広域連携も幻想であり、飾り立てても空疎です。最近まで、畿内は「野蛮な」周辺地域と交流がなくて平和だったとの説が聞こえましたが、空耳だったのでしょうか。

〇「倭国乱」の真意~後漢書「大乱」の放棄
 むしろ、健全なのは、倭人伝に「倭国乱」とあっても、実際に戦ったのではないとする見解です。これに対して、当ブログの守備範囲外ですが、記紀に多数見られる戦闘や殺戮の記事は、全て虚構というのでしょうか。

〇 「文化」「伝統」の蹉跌
 「文化」と「伝統」と言いますが、「伝統」は、先祖以来の氏族構成に従う「王位」継承を言うのであり、また、文字のない「文化」の融合などあり得ないのです。

〇 気象学「新説」の暴走
 続いて、突如、気象学ご託宣ですが、標本採取場所の気象災害は、妥当な見解でしょうが、広域災害を断じるのはどうでしょうか。
 ヤマト盆地が災害を受けにくかったとは不思議です。盆地は、降水量が少ないものの、東の山並みからの急峻な渓流で、多雨期には、出水、氾濫があったと推定されます。その意味では、大型建物を高床にしたのはもっともですが、一般人の住家は、どう水害対策したのでしょうか。
 いや、唐古・鍵遺跡のように、二世紀にわたって環濠が維持されていたとする見方は理解できるのですが、纏向に広域の環濠は見当たらず、用水路が目立つだけです。
 して見ると、近隣の唐古・鍵遺跡などの伝統考古学に基づく時代考証も必要ではないでしょうか。ヤマト盆地に、纏向しか無かったわけではないはずです。
 古道「山辺の道」は山腹を等高線で結び纏向扇状地に降りてないのです。巨大な湖沼の存在した低湿地が、次第に乾燥したのは、雨量が少なかったからではないのでしょうか。要するに、ヤマト盆地の時代推移すら、手軽に説明できるものではないと思うのです。

 因みに、余り語られないのですが、奈良盆地を南下して、吉野方面に進むと、冬季の寒冷は厳しく、纏向から赴いて越冬するのは、無理なのです。中には、吉野の高台に「吉野宮」を見る幻視客がいますが、高台で一段と厳しい寒冷地であり、纏向人は、冬季、屋内でも水がめが凍り付く気候に耐えられないと考えます。
 南に向かうと気候が温暖になると決め込んでいては、万事地図次第で、地に足の着いた時代考証が、根っからできていないのです。「歴博」は、土地勘一切無しで、地図上の線引きで迷走する事例が多発しているのですが、関係者は、誰も現地確認していないのでしょうか。

〇 天下中心幻想
 ヤマト盆地は、「交通の要」であったと言いますが、四囲を山並みで守られた「壺中天」(まほろば)という古来の見方は、どうなったのでしょうか。纏向付近の世界観であって、飛鳥や平城京付近は、山並みに近いので、隔離された感じはさほどではないかも知れませんが、いずれにしろ、全体として、固く閉ざされた環境と見た方が、当時の「まほろば」秘境的世界観として適確なような気がします。

 いずれにしろ、河川交通が無いに等しく、陸上交通も、街道網が発達していたとは見えないし、あったとの立証が試みられていない以上、壺中天が「交通の要」とは、 言いたい放題のホラ話のように聞こえます。言うだけなら、「自由」で「ただ」ですから、言いっぱなしにしたのでしょうが、公共放送の教養番組の場なのをお忘れなのでしょうか。NHKは、一切、番組内容を審査しないのでしょうか。

 大規模な研究組織に研究員が多数いれば、中には、自説で全組織を支配するような極端な思い付きを述べ立てる方もあるでしょうが、織全体で構築、維持してきた考古学理論全体の整合性は、吟味しないのでしょうか。
 古来、新説の99㌫は、思い付きだけで根拠を持たない「ごみ」説に過ぎないのです。長年の定説を転覆させるような「新説」は、千年に一度でしょう。

 「日本」の前史時代を終えた時代、河内側からの峠越えの物流が至難で、大和川遡行も不可能事であったので、淀川・木津川水運に至便の平城京を設営したのを見落としています。さらには、平城京建都の最中に、北の木津付近に水運に適した恭仁京を設営しようとしています。奈良盆地が、交通至便というのは、空文だったとわかります。

 どさくさ紛れにも程があって、纏向から大阪湾に通じる大運河などという極大幻想が出回っていて、その一点だけで空論とわかります。傾斜地に運河を設ける絵空事は、不可能事と明らかです。実験不要の自明事項です。また、当時の河内平野は、奈良盆地から流入する大和川と南河内から流下する石川が合流後直ちに分岐展開して北に流れ、安定した「水運」など不可能だったとみられます。

〇 東京一極集中の弊~時代錯誤依存症
 ここで、松木教授は、纏向は現代の東京のような「首都」と言い張ります。またも神がかったようですが、時代錯誤の塊です。
 現代の東京は、法治国家であって、統治機構が集中していて、企業本社が集中し、離島も含め遠隔地に及ぶ全国から、人材に加えてカネや資源が流入してくるのであり、別に自然現象ではありません。
 そのような現代社会機構と歴史の霞の彼方の古代纏向の仮想政権は、どこが共通でしょうか。不思議です。聞き役から、当然質問がありそうですが、台本にないのでしょうか。

 纏向には、当然、文書記録も法秩序もなかったのです。「国家」を運用するために財務機能はあったとして、通貨制度がないのに、どう計算して帳尻を合わせたのでしょうか。どこに、警視庁や高裁に相当する司法機関があったのでしょうか。法はなくても罪と罰はあったのでしょうか。とても、類推できるものではありません。

*首都の由来 2024/06/02
 「首都」の語義解釈もいい加減で、当時にあっては、と言うか、言葉として通じたとしても、精々大きい「街」に過ぎないのです。
 あるいは、各地に存在する「都」(まち)の、頂点に立っているに過ぎないのです。陳寿「三国志」魏志によれば、後漢末の混乱を経て、転々と天子の居処が移動したために「国都」が乱立したのを整理するために、雒陽が「首都」であると宣言した故事があるのですが、松木教授は、中国史に対して無教養なのでしょうか。
 素知らぬ顔で、現代語を持ち込んで、時代錯誤を引き起こしているのは、中国古代文書の教養に乏しい纏向説の論議に良く見ますが、それにしてもまずい手口です。

〇 「一都会」再現
 いや、現代語と言っても、若者言葉では、「都」は、大きな街(まち)の語感になっていると聞いています。俗に言う、「人、物、金」を、磁石が「鉄くず」を吸い付けるように集めているとも見えます。実は、太古、「都」とは、「人、物、金」が一ヵ所に都(すべて)会する集散地、「一都会」という意味だったようですが、いわば、言葉が先祖返りしているようにも見えます。

〇 王者葬列幻想
王の死にあたって、各地から多数が参集したといいますが、それほど多数の人間が、どのようにして、一斉に旅することができたのか説明がありません。どんな方法で告知して、期限厳守で出席を命じたのでしょうか。このような場合、遅参は死罪と決まっていましたから、何をおいても参集したことになるのですが、そのような「葬制」を、どんな仕掛けで押しつけたのでしょうか。

 三世紀当時、街道未整備で、従って、満足な宿舎はなく、宿舎がなければ食料や水はありません。現地調達としても、何を対価として賄い、物乞いせずに辿り着けると想定していたのでしょうか。焼き物のような器物は、町々の市での順送りで「一人歩き」して長距離移動しても、人は、日々何かを食べて、日々歩かなければなりません。そのような「犠牲」を、どんな仕掛けで押しつけたのでしょうか。

 三世紀当時、遠国からの参集者に過大な負担を押しつけないとしたら、各地の沿道では、公務の旅人には、無償で食事を与え、宿所を供じるとしなければなりません。どうやって、それを補償したのでしょうか。そもそも、太古、道の宿などあったのでしょうか。何しろ、遠隔地もあるので、沿道を通じて、そのような制度を維持するのは、当時としては、厖大な負担になるのですが、なぜ、負担を強いられて、反抗しなかったのでしょうか。

 三世紀に、国家制度の裏付けがある、宿駅の完備した古代街道が各地に通じていて、公務の旅人は、身一つで移動できた」と主張されるなら、是非とも証拠を示していただきたいものです。

                                未完

新・私の本棚 番外 NHK「誕生 ヤマト王権~いま前方後円墳が語り出す」4/4 三訂

私の見立て ★☆☆☆☆ 粗雑な仮説の粗雑な紹介 誤報 2021/03/28  改訂 2021/07/23 2024/06/02

*加筆再掲の弁
 最近、Amazon.com由来のロボットが大量に来訪して、当ブログの記事をランダムに読み囓っているので、旧ログの揚げ足を取られないように、折に触れ加筆再掲したことをお断りします。代わって、正体不明の進入者があり、自衛策がないので、引きつづき更新を積み重ねています。

〇 虚構の葬列~絵空事で済まない考証
 いや、(予定していない)逝去で、急遽工事に着手しても、墳丘墓の造成には五年、十年かかるから、参列者の準備期間はあったでしょうが、遠隔地から、手弁当、つまり、道中の食料を背負ってやって来て、帰国の途は、どうしたのでしょうか。
 三世紀に、参集する人々一人一人を、そのような命がけの旅に駆り立てたのは何なのでしょうか。それぞれ、故郷では、そこそこの地位にあったもののはずです。何のために、何を求めて、半年、一年、家族を放棄して、異国に出向くものでしょうか。それでも、万難を排して生きて帰国しなければならないのです。

 これほど壮大な儀式を、手順書なしにしてのけるのは人間技と思えません。いや、番組ではCGによって軽々と壮大な儀式を描き出していますが、ご自分で手書きで、全人物を描き込んでみれば、絵空事を見せるのも、結構労力を要することがわかるはずです。各人が肉体を備え、故郷に家族のいる生きた人間であれば、絵空事どころではないのです。
 文献がなくても、各人の労苦は、容易に想到できるのではないでしょうか。

〇 「お墨付き」漫談
 ここで、纏向論者から「お墨付き」の比喩が出ましたが、文字も紙もないので、書き付けの「お墨付き」はあり得ないし、江戸時代ではないので武家諸法度などは無く、「お墨付き」には、何の裏付けもありません。「お墨付き」の類いの漫談は、そろそろ卒業して欲しいものです。いつまでも、留年を重ねて、すねかじりをされては、天下に迷惑を流すのです。

〇 「ネットワーク」漫談
 ここで「ネットワーク」なる時代錯誤が持ち出されます。聞き手の質問がありませんが、古代史論で何を言いたいのか理解に苦しみます。なぜ、問い返さないのでしょうか。聞き手は、たっぷり説明されて、丸ごと理解したのかも知れませんが、古代史に興味を集中している視聴者には、何もわからないのです。

 簡単に考証すると、「ネットワーク」のそれぞれの「節」は、送られてきた情報とエネルギーがあって生存できるのです。道路がなく文書がないと、全て、有能な使者の「野駆け」頼りであり、物品の輸送も、人手頼りです。と言うことで、「網細工」は実現できません。漁網であれば抜け放題です。
 要は、各地勢力は、まばらに点在していただけで、密接な連携などできたはずは無いという、冷静な理解が必要です。
 むしろ、「点と線」と、松本清張氏の名作のタイトル(著作権?)に抵触する、古典的な比喩が出てくるのです。古代史分野では、時代を問わず、「ネットワーク」は禁句にしたいものです。

 何がどうだったのか、皆目わからない古代の様相を描くのに、自分でも理解できていないカタカナ言葉を使うのは、二重の時代錯誤です。
 そんなたわごとは、少なくとも、古代史論議では、ご勘弁頂きたいのです。借り物の言葉は、早く貸し元に返して、自分の理解した言葉で語るべきです。自分のネタで漫談してほしいものです。

〇 華麗な画餅
 松木教授は、締めくくるように、見てきたような借り物の纏向絵図を持ち出しますが、ここまで丁寧に説いてきた考古学の道筋を無視して、怒濤の虚像を描くのです。ご自分で考証したのでもないのに、無検証、無批判なので借り物なのです。
 因みに、古来、「画に描いた餅」、「画餅」の比喩があります。空腹を抱えた身に、食べられない画餅は、ご勘弁いただきたいのです。いくら、きれいに描いても食えないものは食えません。まずは、ご自分で味見してから、視聴者に勧めたらどうでしょうか。

〇 冷静な時代考証
 最後に、横合いから良心的な意見が提示されて、巨大墳丘墓は、設計図が必須であり、設計図を駆使できる共通基盤が不可欠であるとしています。墳丘墓に実寸図面は使用できませんし、実現には、当時としては厖大な縮寸計算か、現場での作図が必要です。当然、幾つかの技術者集団が巡訪して、できる限り口頭で技術移管したと思うのです。もっとも、文字も紙文書も無い時代、「設計図」は、どこに書かれたのでしょうか。
 考古学分野で、実際のあり方を踏みしめていた森浩一師の実直な論議はどこに消えたのでしょうか。長年の纏向派の論議の基盤を覆す、掌を返すような転進は無残に見えます。

〇 古典派考古学希求
 ここまで控えていましたが、「纏向博士」と時に揶揄された石野博信師は、多年に亘る考古学学究から得た広範、多岐の遺跡、遺物に根ざした考察が根底にあり、確たる考察に裏付けられた信念を感じさせましたが、今回聞いた松木教授の歴史浪漫に漬け込んだ「浪漫派」論議は、浪漫溢れる巨大な「ヤマト王権」誕生の三世紀幻図に引き摺られて、理念無くして意見が動揺し、素人には信じがたいのです。

〇 無目的なブレゼンテーション
 それにしても、この番組を、一人舞台、独り相撲としたのは、誰に向けた提案(プレゼン)なのでしょうか。少なくとも、当方は、こんなメシは食いたくないと思うのです。
 ひょっとすると、過日の「邪馬台国サミット2021」で、不振であったことに対する「意趣返し」でしょうか。それなら、物量主義でしてのけた華麗な「プレゼン」でなく、検証と試錬を重ねた丁寧な論議が必要ではないでしょうか。それは、NHKが論じるべきではないでしょうか。

 善良な視聴者、納税者としては、「金返せ」と言いたいところです。
                                以上

2024年4月 2日 (火)

新・私の本棚 NHKBS「古代史ミステリー 第2集 ヤマト王権 空白の世紀」 1/2

私の見方 ☆☆☆☆☆ 果てし無い浪費の泥沼 豪勢な金継ぎ骨董 2024/03/27       2024/04/02

◯番組紹介引用
詳細
古代史の謎を解くカギ「空白の4世紀」に何が!?“国宝級の発見”東アジア最大の「蛇行剣」や前例なき「盾形銅鏡」が明かす驚きの技術革新。史上初の統一国家「ヤマト王権」の力の秘密は?韓国で見つかった“謎の前方後円墳”。風雲急を告げる東アジアの動乱。危機に挑む「倭の五王」の秘策は?宿敵・高句麗との激闘の行方は?最新科学や実験でダイナミックな戦略を徹底検証。私たちの国のルーツに迫る壮大なミステリーの幕が開く

◯はじめに
 毎度の苦言だが、「ルーツ」なるカタカナ語は深刻な誤解を抱えている。
 この語句をタイトルに綴った名作文学は、アフリカで平和な暮らしをしていた男性が、邪悪な奴隷商人に拐帯されて家族から切り離され、アメリカ南部の綿花プランテーションの奴隷労働を終生強制されたが、その子孫が、アフリカの土地で先祖の故郷を発見し、親族の子孫と会合する大きな物語であり、アメリカの奴隷制度の忌まわしい歴史を伝えているから、安直な転用は「不適切」と言える。
 それとも「私たちの国」は、異境から誘拐され到来したとしているのか。

*継ぎ接ぎ細工
 それはそれとして、今回のお話は「空白の四世紀」と称して史料の無い事態であって、空白のキャンバスに大胆な絵図を描いているから、せいぜい、夢物語なのだが、乏しい遺物証拠に、新作を大胆に継ぎ接ぎして、大層な絵物語を提供しているが、制作者の想像力貧困/無教養が眼について寒々とした。

*劉宋幻想
 言い古された南北風土差であるが、南朝領域では騎馬疾駆できないので、高句麗蛮族が南下しても戦力にならない。また、北魏は高句麗の西にあり、長年抗争の果てに、高句麗が臣従したから、とても友好関係とは言えない。
 東呉孫権政権は、大型海船で数千の兵を遼東半島まで送ったが、劉宋は、中原の長安、洛陽の奪還を図った北伐で国力を消耗していて、百済救援どころではなかった。ちなみに、西晋滅亡時、百済に遺臣が亡命して、政権高官となっていたから、百済は「法と秩序」が整った、東夷随一の文明国になりつつあった。
 番組から隠されていたが、倭国は、宋朝に百済支配権を請求して拒否された。百済は、劉宋の親交の深い重要属臣でもあり、倭国の支配圏を認めるなど論外だった。なお、高句麗は、もとより不和とは言え、北魏に形式的に服属していたのである。

 とはいえ、当番組の描いた図式は、地図錯誤とあわせて、無残な時代錯誤と言える。

*高句麗南下の戯画
 高句麗は、黄海岸「制海権」を握って、遼東半島から中国東莱への交易を独占しようとしたが、嶺東荒れ地、新羅領域制覇を目指したのではない。そもそも、小白山地に遮られているので「東アジア動乱」など夢でしか無い。

*「倭讃」談議
 それにしても、中国の天子に対して「倭讃」と称するからには、「親魏倭王」金印か同等の印綬を提示したはずである。常識的には、既に南方で再興した司馬晋、東晋に遣使していたはずである。その時点では、新羅道内陸行と旧帯方郡と山東東莱の渡船が健在で、さほど困難な遣使では無かったようである。

 このような前提から、古田武彦氏は、「邪馬壹国」王統が「倭国」に順当に継承されたとみて、「九州王朝」の基礎としたものである。すくなくとも、中国史書の論理から、そのような推定を否定するのは相当困難と見えるが、当番組は、素知らぬ顔でとぼけているのである。勿体ないことである。

                                未完

新・私の本棚 NHKBS「古代史ミステリー 第2集 ヤマト王権 空白の世紀」 2/2

私の見方 ☆☆☆☆☆ 果てし無い浪費の泥沼 豪勢な金継ぎ骨董 2024/03/27       2024/04/02

*遺物の謎
 当番組で、盾型櫛と銅鏡は、それぞれ発掘遺物が示されたが、「詳細」で壮語された「盾形銅鏡」は、ついぞ見当たらなかった。不思議である。

*虚言連発
 それにしても、秘策」や「戦略」など、厳重に秘匿されたはずの軍事機密が、ぞろぞろ提示されるのは奇異である。誰が、なぜリークしたのだろうか。
 ちなみに、蜀漢宰相となった諸葛「臥龍」亮が、流浪の君子劉備に提示したという「天下三分の計」戦略は、陳寿が蜀志に収録したから、何れかの時点で公開されたのだろう。一方、『国内史料に見えない「倭の五王」』の「戦略」が、どのようにして制作者の知るところとなったのか不明である。

*書かれざる偉業
 それにしては、「倭の五王」南朝遣使の不朽の偉業が、国内史料に記録されてないのはなぜだろうか。無理やり「外交」したのなら文書記録が大量に残るはずである。広開土王碑をネタにした海外派兵も同様である。それほどの大事業が、国内史料に何も記録されていないのは、なぜだろうか。
 制作者は、同時代、王の高官に単数、または、複数の中国人がいて、国書起草以外にも記録文書の整備にもあたったと見ているが、なぜ、記録継承がなかったのか不思議である。「倭の五王」の墳丘墓に墓誌がなく、厳密な記録もないのは、なぜだろうか。中国人が「史官」として臨んでいれば、絶対起こりえないのである。

*「島泉丸山陵」の奇観
 ついでながら、有力天皇陵とされている「島泉丸山陵」が、「前方後円墳」で無いのは新作空撮までもなく公知である。なぜ、そのような不確かと見える比定が、NHKの教養番組に注釈無しにまかり通るのだろうか。不思議である。

*記録の不在
 国内権力にしたら、重要な史実が国内史書に記録されてないのは、権力継承がなかったからではないか。反逆者が滅ぼされれば、公文書は全て破壊されるのがならいである。暴力的な政権交代が秘されたのだろうか。

*学芸会ごっこ
 今回は、史料紹介が乏しく遺物も断片的であったためか、埋め草に、戦闘シーン、中国/高句麗/倭国王宮の寸劇など、とんだお芝居の蒸し返しが連続している。衣装、セリフ、舞台装置が、卑彌呼時代以来のベタベタの使い回しであり、まるで、学芸会寸劇で傷ましい。そう言えば、唐突な「専門家」寸劇も、名出し顔出ししているのに、棒読み風で勿体ない。「薄謝」戦術なのかな。

*不思議な胡服騎射
 画面に提示された高句麗の騎馬軍団は、弱弓「流鏑馬」で不思議である。当たれば痛いだろうが、馬上から打てる矢の数は知れている。まして、すれ違いざまとなれば、的を捕らえて打てる数は限られている。敵だって弓矢をもっているから、騎馬武者でなく、馬を狙い撃てば、まず外れっこないはずである。もちろん、「歩兵」は盾も持っているし、更に言うと、ご自慢の鉄甲槍部隊に対して効くのであろうか。「矛」と「盾」の故事もあるくらいである。

◯まとめ~金継の無理
 いや、結局、当番組は、三世紀の「倭人」が、「巨大墳丘墓」政権と「倭の五王」政権を歴て、九世紀の平城京に続いた』との主張だろうが。滑らか(Seemless)な推移でなく、経過部分が穴ぼこなので、繋げるために、新作物語の破片を埋め草としてつないで、隙間を漆金箔の金継ぎした苦心の作と見えるが、「金継ぎ」の妙技でも、わずかな破片の大胆つなぎの無理は癒やされていない。
 要するに、大騒ぎして見せても、何も立証されていない虚夢のようである。

 公共放送が、このような法螺話、与太話を、多額の制作費を投じて制作し、堂々と公開するのは、誰の「戦略」に従ったのか不明だが、後生(若者)に負の継承とならなければ幸いである。

                                以上

2024年3月31日 (日)

新・私の本棚 NHKBS「古代史ミステリー 第1集 邪馬台国の謎に迫る」  1/10 改頁

私の見方 ☆☆☆☆☆ 果てし無い浪費の泥沼 底なしのてんてこ舞い 稚拙な弥縫の流沙 2024/03/18, 03/28

 先ずは、NHKが公開している番組案内である。
 あまりひどいので、視聴前に別記事で一報したが、実際に番組を見たら、下には下があるの体たらくで、率直に苦言を呈するものである。

-番組案内の引用である。
古代史ミステリー 第1集 邪馬台国の謎に迫る
初回放送日: 2024年3月17日
 私たちの国のルーツを解き明かす壮大なミステリー!古代史の空白に迫るシリーズ第1弾。謎の女王・卑弥呼の邪馬台国はどこにあった?発掘調査と最新科学が突き止めた新事実を紹介。人骨やDNA分析から見えてきた激動の東アジア。「三国志」に秘められた卑弥呼のグローバル戦略とは?最強の宿敵・狗奴国とのし烈な争いの結末は?未知の古墳のAI調査や大規模実験で徹底検証!日本の歴史を変えた卑弥呼の波乱万丈のドラマを描く!
-番組案内の引用終了である。

◯はじめに
 当番組は、古代史報道は「創作より奇想天外」であるという一例である。NHKは、与えられた虚構(ロマン)画像化の使命が達成困難なとき、何処かから予算を取り付けてでも、途方も無い虚構画像を作成すると経営的に決断したようである。かくして、NHKの制作陣は、投下費用をそれぞれの制作班に振り替えて、放送芸術の持続的発展を期したようであるが、以下に示すように、報道ならぬ「ロマン」は、学術的裏付けの乏しい「プロパガンダ」と化し、教養/報道番組の域を脱した浪費となっていて、このような費用支出を正当化するのは、至難と見える。会計監査をどう言い逃れするつもりかは知らない。
 すくなくとも、当方は、会計監査を業としていないので、諸説紛々たる古代史論で公共放送が「一説」に偏重したことをどのように正当化するかに、多少の興味はあっても知りたいとは主張しない。
 以下、番組を流し見しながら、速報/速評を試みたので、誤解/事実誤認があれば指摘いただきたい。また、再放送で確認いただければ幸いである。

◯各論
*誤解で導かれた虚報の世界開幕
 導入部で示される「邪馬壹国」と原史料を表示しつつ「ヤマタイコク」と発音する詐話紛いの手口と、勝手に「倭人伝」記事を解釈して、「邪馬台国」を「海の中」との決めつけたのは、まことに胡散臭い出だしである。
 ついでに言うと、「倭人伝」は、正史に明記された自明の史料名で、中国史学界で通用している。NHKには公共放送としての自尊心がないのか。
 三世紀古代史談に、無神経に「日本」と称して不吉である。NHKは、三世紀に九州で自立した「邪馬台国」が、八世紀に纏向地域を包括して「日本」と長大したと本気で信じているのか。「諸説あり」では済まないと思う。
 国内史学では、「偏見」を避け、「日本列島」なる中立概念を提起している。
 NHKには報道者の良識は無いのだろうか。

*「大規模な建物群と厖大な人物群」の壮大な時代錯誤
 堂々と開陳される大規模な建物群と行き交う厖大な人物群の時代錯誤、拙劣な虚構「画餅」に恐れ入る。建物は、南北線基準だろうか。時代に先駆けて、瓦葺きと見えるが、この時代、どうやって瓦を焼き上げ、どう足場を組んで葺き上げたのか。次世代から、絵空事と言われない堅固な「画餅」を望むものである。

                                未完

新・私の本棚 NHKBS「古代史ミステリー 第1集 邪馬台国の謎に迫る」  2/10 改頁

私の見方 ☆☆☆☆☆ 果てし無い浪費の泥沼 底なしのてんてこ舞い 稚拙な弥縫の流沙 2024/03/18, 03/28

*巨大瓦屋根の不思議
 ぱっと見であるが、降水の多い土地で雨仕舞い不備の大型建物は持続できたのだろうか。雨樋や排水口はどうしたのか。「画餅」批判が嫌いなら考証すべきである。なぜ、このような百年ものの大型建物を築けたのに、飛鳥時代は、二十年持たない萱葺きや板葺きに堕したのか。
 「虚構」は、専門家が、最先端の設計技術と工学技術を駆使し、途方もない費用を確保して細部に到るまで考証するはずが、なぜ使い回したか。困ったものである。
 毎年投入される多額の研究開発費は、このような虚構構築に費やされているのか。全国各地で考古学研究に勤しんでいる研究者に報いるべきではないのか。

*無謀な傾斜地運河
 虚構と言えば、これまでにも、奈良盆地三輪山麓の水量の乏しい渓流に、動力駆動の閘門無しに実現困難な傾斜水路運河を大々的に描いて見せて、あきれたものであるが、この手の病(やまい)は、草津の湯でも癒やしがたい(Die hard, Die harder, Die hardestか)ようである。
 要所で、女王が、高度な建築技術が偲ばれる宮室にあって、史料記事に反して多数の臣下を従えて胡座するのは、史料に反する大嘘である。公共放送たるNHKには、「フェイク情報」の拡散防止に努める良心はないのだろうか。

*不可能な銅鐸粉砕
 巨大銅鐸を瀬戸物のように粉砕するのは、既に「石野博信氏主催のレプリカ銅鐸破壊実験」で不可能と実証されたのをご存知ないのであろうか。NHK番組で堂々と公開されているから、知らないはずはないが、今回は、粉砕可能なレプリカを高度な技術で作成したのであろうか。

*年代鑑定の錯誤
 「遺物の年代鑑定が、一年単位で特定できる」というのは、素人騙しの言い逃れに過ぎない。予算申請時には、お役人に通じたろうが、素人眼にも誤魔化しに過ぎない。「年輪は一年単位」で形成され、データ解像度の限界となるという事実を、もって回って述べただけである。とんだ恥かきである。
 こうした、年代鑑定は「ヒューマンエラー」の積層に依存している。「科学はウソをつかない」と言っても、それは、観測結果の単純な表明に限定される。現実には、「結果」がスポンサーの意に沿わないと以後の依頼が途絶えて、収入源を喪う恐怖があるから、研究機関は、薄氷を踏んでいるが、蛮勇を持って「馮河」など怖くないというのだろうか。所望の結果が出せない鑑定者は排除しろという天の声が聞こえそうである。

*お手盛り鑑定の悲劇
 それにしても、ここで示されたのは、私利私欲でなく、また、研究機関の党利党略でなく、古代史学の不朽の基礎となる「結果」の獲得であれば、強引な結果誘導のない客観的研究成果批判が必要かと、素人ながら思う。

*百年遺産の願い
 常識であるが、「いかなる権力も不滅ではなく天命を喪えば下野する」のが、歴史の教えである。その際に、回示された「年代鑑定」は、素人目にも、見え透いた「底意を暴露されて批判の的になる可能性がある」のは当然の理である。その時、関係者は、「記憶・記録に無い」と弁明し、改竄の責めは実務担当部門の担当者に降りかかる。何処かで聞いた気がしたら空耳である。
 くれぐれも、後世の批判に耐える業績を画していただきたいものである。

                                未完

新・私の本棚 NHKBS「古代史ミステリー 第1集 邪馬台国の謎に迫る」  3/10 改頁

私の見方 ☆☆☆☆☆ 果てし無い浪費の泥沼 底なしのてんてこ舞い 稚拙な弥縫の流沙 2024/03/18, 03/28

*年輪年代鑑定の奇蹟
 木材年輪「年代鑑定」で三世紀のものと特定されたというのも、画面で見る限り確定的でなく、テレビドラマなら「一致率」何㌫というところが、数字は出せないのだろう。朗々たる箸墓古墳の年代特定は精々臆測である。
 かくのごとく巨費を投じた「でっち上げ」は、積年の赤字財政に喘ぐわが国で、貴重な国費を割いて巨費を投じた造作であり、途方も無い浪費と見える。これもまた、各地で地道な発掘を展開している方達に、大変失礼である。

*華麗なる「邪馬台国」~ 幻想の太古
 「女王共立」は年代物のお粗末な作り話で、粗雑である。なぜ、各国代表団が、史料に言及のない、おそろいのお仕着せ/制服か、意図不明である。
 いや、卑弥呼の衣装、髪型は、根拠のない幻想で、年齢設定も、虚構である。どんな「専門家」の時代考証にのか、公開頂きたいものである。

*喪われた出版物の伝統
 制作費は「透明化」していただきたいものである。往年のNHK特番は、付随出版物が豊富で、大判図版共々大変勉強になったが、近来、手抜かれて大変不満である。公共放送出版物の伝統は「荒城の月」になったのか。

*貴人参集の戯画
 「専門家」のご意見がないので、各国国主が、どこからどのようにして参集したか分からない。月に一度の参賀は必須だが、街道未整備で馬車交通が存在しないから貴人も徒歩往来であり、他人事ながらまことにご苦労である。

*壮大な「纏向」大国
 いや、三、四世紀に、各国邑(村落国家)が北九州に集中との想定なら別だが、当番組が示唆する壮大な「纏向」起点の長距離統治は、文書通信がなく街道未整備で、どうやって「古代国家」を維持したのか。

*生けるレジェンド
 古人曰く、「ローマは、一日にして成らず」社会の基礎構造(インフラストラクチャー。同時代のローマ帝国の制度を言うもの)が、皆目未形成では、「纏向」大国は、画餅/紙風船/張子の虎/砂上の楼閣/逃げ水と言われても、一切反論できないのではないか。一部で揶揄されているように、そこには、生ける「レジェンド」であった「纏向遺跡国家」が存在していたのか。

*幻想の雒陽首都
 それとも、以上は一視聴者の早合点で、堂々と展開されたのは「邪馬台国」で無く、曹魏雒陽首都であろうか。誤解を誘う無惨な手法では無いか。
 曹魏創業当時の雒陽は、曹魏文帝曹丕の再建活動があっても後漢末の廃都/破壊の跡を残していた。時代考証するなら、三国鼎立の戦時下に明帝曹叡のご乱行で、至る所で新王宮建設が進んでいたはずである。現場には官吏である「お役人」が多数駆り出されて、首都は、混乱していたはずである。明帝没後、新王宮建設は撤回されたが、画面で示された整然たる有り様は不審である。
 この画餅は、当番組の主題確保に、どう貢献しているのだろうか。

*「タイムカプセル」詐称
 土中から発掘された遺物を「タイムカプセル収蔵」と放言しているが、気密恒温状態でない「タイムカプセル」とは物知らずの素人の妄想と見える。出土物は、泥中で大気中の酸素との接触が、少なかったと見えるに過ぎない。認識不足(Ignorance)は回復不能、つまり、致命的(fatal)である。

                                未完

新・私の本棚 NHKBS「古代史ミステリー 第1集 邪馬台国の謎に迫る」  4/10 改頁

私の見方 ☆☆☆☆☆ 果てし無い浪費の泥沼 底なしのてんてこ舞い 稚拙な弥縫の流沙 2024/03/18, 03/28

*暴露されたタイムカプセル
 せめて、「纏向遺跡」で実例のあった大型建物遺跡の一隅の土坑の泥の底であれば、内部対流してなかったろうから、一千八百年を経ても、ほとんど外気を呼吸していなかったろうが、ここにずばり開封された。
 密閉と見えても、温度気圧の変動により呼吸して、周辺に纏わる大気の吸排は否定できない。一日の呼吸が極小でも、一千八百年間の呼吸の積み重ねは、影響無しとは言い切れない。今回の出土遺物は、表層近くと見えるし、遺物を密閉容器に収めた様子は見えない。まことに暢気である。

*纏向遺物の悲劇
 関係者は忘れたかったろうが、NHKオンデマンドで公開の「特番」は、纏向遺跡発掘で貴重な時代遺物である大量の桃種を埋蔵位置/深度を特定しないまま、貴重な付着物を無雑作に一括洗浄しているのが記録されている。
 多年の積層か一度ないしは数度の祭礼で一括投棄されたか判別できず、時代関係は一切不明である。出土資料の管理が等閑(なおざり)なのは勿体ない。考古学の遺物記録鉄則を失念した暢気なものである。後年高度な化学分析に供しても、遺物史料の信頼性に対する不信を拭いきれない。

*華麗な女王像
 女王は、共立後徐々に権力を掌握したと云うが、自身の領域を持たない軍事的、経済的に無力なものが権力を揮えるわけがない。確実なのは、調整役である。肝心の「魏志倭人伝」に女王権力など書かれていない。関係者の雨の夜の創造物か。諸国王と言うがそのようなことは書かれていない。
 当番組は、「女王」隣席の御前会議をでっち上げていて、史料無視で話がボロボロである。頑固/堅実な考古学は崩壊したのか。

*「狗奴国」幻像
 狗奴国反抗で番組の示唆する宏大領域が内戦状態に陥るとは信じられない。
 当番組は前方後方墳を根拠に、狗奴国が東方まで展開した巨大国家との奇説に組みしているが、文献根拠が提示されていない臆測である。

 確実なのは、墓制が異なれば葬祭儀礼が異なり他と和しないだけである。何かの流行で葬祭儀礼が「革新」され、銅鐸が一気に廃棄され、巨大墳丘墓が棄却されたと無責任に言うが、無教養で無知なものの放言である。

 葬祭儀礼は、古代国家の「伝統」根幹であり、また、現在の権力者の権力の根幹である。子々孫々の維持に全知全霊を傾けるから、祖礼を「流行」で廃棄するなど有り得ない。無教養で無知なものは、ことを宗教的とし、果ては迷信と蔑視するが、学界はそのような暴言を早速撲滅していると信じたい。

*長征幻想
 狗奴国との間に、「日本列島」を広範囲に蓋う抗争など不可能である。一部異説陣営が、古代の世界観の「乱」を望んで、恣意に満ちた解釈に勤(いそ)しんでいる。誰が考えても、道なき道を延々と徒歩移動し、野営を重ねた果てに果敢な武闘(campaign)は、とても持続できないものである。
 幸運に恵まれて遠征先で勝利したら、来た道を米俵と傷病兵を担いで延々と帰国するのだろうか。死者がいなくなって農業生産が害される。凱旋しても、遠路を担いで還った米俵など、ほとんど腹の足しにならない。もし、負け戦だったら、悲惨の極みである。敗軍の将は、斬首ものである。
 水田稲作で、春秋の植え付け、収穫時は共同作業できたが、夏場は各戸の人力頼りであるから、徴兵軍事行動は自滅行為であり、地域の指導者は、消極的であったはずである。

                                未完

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